おなかを壊しやすい人は、太りやすい?
記事
この論文は、読んだ瞬間「あーこれ誰かに話したい!」と思ったものです。
突然ですが、おなかを壊しやすい方は、通称「メタボ体型」になりやすいと思いますか?
魅惑の中年階段を登り始めると、周囲で「メタボ」の話が聞こえ始め、おなかまわりを気にしだしますよね。「メタボリック・シンドローム」になる方は、たくさん飲み食いして、消化管系が強い、というイメージがあるかもしれません。反対におなかを下しやすいと、栄養吸収が減って、痩せている方が多いのではと思うかもしれません。
先日、消化器界でそれなりに由緒ある雑誌に、驚きの結果が載りました。しかも対象は私たちと同じアジア人(韓国人)です。
内臓脂肪型肥満はIBSになるリスクと関連する
Visceral Abdominal Obesity Is Associated With an Increased Risk of Irritable Bowel Syndrome
Am J Gastroenterol 2015;110:310-319
対象
・健診で腹部CTを撮影し、研究同意を得られた336名。
・IBS 67名(女性 61%)、健常者 269名(女性 45%)
・共に平均年齢50歳前後
方法
・腹部CTで「内臓脂肪」と「皮下脂肪」を求めた
・BMI、ウエスト長も測定
・上部内視鏡で逆流性食道炎の存在を確認
結果
・IBS群の方が、内臓脂肪 ↑、内臓/皮下脂肪比 ↑、ウエスト ↑
・内臓脂肪量とウエストサイズが、それぞれIBSの危険因子
・IBSの下痢型、便秘型、混合型のうち、下痢型が上記を満たした
あらら、IBSの方がメタボになりやすい?
一般的なイメージとは違い、どっしりとおなか回りがある人の方がIBSであったという結果。実際、前記事(アルコールとおなかの関係)でもご紹介したように、おなかを壊しやすい方の食事量・内容は、普通の人と大きく変わらないことが多々報告されています。
ただ、この論文の平均BMIは IBS群25.65 kg/m2、健常者群 23.69 kg/m2 と日本人平均と比較するとはるかに高いです。また平均ウエストサイズも、IBS群 182 .7 cm、健常者群 162.7 cm と一瞬目を疑ってしまうくらいでした。
ちなみに日本でのメタボリック・シンドロームの腹囲基準は下記の通りです。
・男性 85 cm 以上
・女性 90 cm 以上
健診参加者が対象とありますが、どのような職種、生活習慣をもった集団かは不明です。かなり体格が良い方が多い印象なので、例えばオフィス系なのか、自営業なのか、経営者が多いのか、主婦が多いのか、など興味があります。
この研究では、内臓脂肪型肥満がIBSのリスク因子とも述べています。一般に、IBSの2/3は若年で症状が始まります。この論文では参加者の平均年齢が50歳前後と非常に高いため、内臓脂肪との関連について、多々重なってきたストレス関連ホルモンなどの影響なのか、運動量の差があるのか、もしくは他の要因があるのか、今後のさらなる研究に期待です。
腹部CTによる脂肪計測方法。左→内臓脂肪、右→内臓+皮下脂肪。右図-左図=皮下脂肪
(上記論文Figure 2より。journal permission 済)
なぜ、お腹を壊しやすくても痩せないの? 内臓脂肪がつくの?
この部分はまだ明らかにされていません。筆者らは、内臓脂肪から放出されるサイトカイン(炎症関連物質)が腸を刺激したり、内臓脂肪自体が腸を圧迫したりするためではと述べています。また、糖質、低繊維質の食事が多いため腸内細菌叢への影響についても触れています。
この論文には書かれていませんが、大腸での急激な電解質の変化や腸を動かすことによるエネルギー消費が生じることで、糖新生が活発になり、体のエネルギー代謝が変化します。腸の中でタンパク質、糖、脂質、水分など多彩な物質の消化吸収がたえず行われており、それらの工場が働く際にエネルギー供給が、全身のネットワークを介して調整されています。
体が備えた本能?
IBSは、危険を感じた際に「逃げる」本能と、現代生活とのミスマッチによって生じている、との説があります。「おなかを壊す」ことが、生命の危機、もしくは生存本能を刺激するのだとすれば、栄養を無駄遣いせず貯めこむ方向に向かうのも、わからなくもありません。
そうは言っても、やっぱり脂肪は体に貯まらないほうがいいですよね。暖かくなってきたし、運動でもしようと思う今日この頃。心も体も軽くいきましょう!
医師プロフィール
田中 由佳里 消化器内科
2006年新潟大学卒業、新潟大学消化器内科入局。機能性消化管疾患の研究のため、東北大学大学院に進学。世界基準作成委員会(ROME委員会)メンバーである福土審教授に師事。2013年大学院卒業・医学博士取得。現在は東北大学東北メディカル・メガバンク機構地域医療支援部門助教。被災地で地域医療支援を行うと同時に、ストレスと過敏性腸症候群の関連をテーマに研究に従事。この研究を通じて、お腹と上手く付き合えるヒントを紹介する「おなかハッカー」というサイトを運営。また患者の日常生活課題について多職種連携による解決を目指している。
【おなかハッカー】