被災者の血圧を遠隔モニタリング 高血圧による循環器イベントを減らす
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◆被災者の4人に1人が血圧180mmHg超
震災から3週間後、大船渡へ入った自治医科大学医療支援チームが、支援活動の際に測定した血圧記録を見てみました。すると、4人に1人が血圧180mmHgを超えていたのです。これはすぐに何かしらの介入が必要だと感じました。
宮城県海岸部地域の中でも南三陸町は、津波によって町の医療機関がほぼ全壊で、当時南三陸診療所の内科医であった西澤匡史先生(現・南三陸病院副院長)が、町内最大の避難所で慰労コーディネーターに獅子奮迅の働きをされていました。そこに、クラウドコンピュータを用いた遠隔血圧モニタリングシステムである災害時循環器疾患予防支援システム(DCAP)の導入を提案したのです。
◆災害時循環器疾患予防支援システム(DCAP)とは?
このシステムに参加している患者さんは、避難所に設置した血圧計に自分のICカードをかざして血圧を計ります。その血圧計で計測された血圧と脈拍データは、自治医科大学に送られてくるので、解析し、ハイリスク患者を抽出して現地にいる西澤先生へ報告します。西澤先生は、ハイリスク患者を優先的に治療介入できるという仕組みです。
このシステムのおかげで、脱水症状を起こし血圧が急激に下がってしまった女性に早急に介入することができたという例もありました。
それから5年、避難所が閉鎖された現在も、家庭血圧計を用いて約350名の血圧モニタリングを継続しています。
◆季節変動幅を最小限に抑えることに成功
血圧は寒くなるにつれて上昇する季節変動がありますが、震災1年後はその季節変動が見られませんでした。それだけ心的ストレスが大きかったということです。2年目になると、初めて季節変動が現れました。そこで11月が、高血圧コントロールのための薬の処方が最も多かったです。
2013年、震災から3年目は、薬の処方が最も多かったのは、10月でした。つまり、継続してデータを取っているため、過去のデータをもとにより迅速に季節変動に対応することができたのです。その結果、3年目以降は血圧を120mmHgで維持することができています。
◆救急搬送数も半減
さらに、継続して遠隔モニタリングをしていた結果、循環器イベントによる救急搬送数にも変化がありました。
震災前の南三陸町では、救急搬送数480件のうち、10%にあたる48件が、循環器イベントによるものでした。しかし、過去のデータを用いて血圧の季節変動に早期介入していった結果、5年間で循環器イベントによる搬送が全体の4.5%にまで減らすことに成功しました。
◆遠隔モニタリングの可能性
このように遠隔で血圧をモニタリングするシステムは、医療過疎地においても、循環器イベントの減少につながります。また、高齢社会ではいかに入院を防ぐかが重要です。その点においても、このシステムは有効であると考えています。
私は、過去のデータを用いて循環器イベントを予防することを「予見医療(Anticipation medicine)」と呼んでいます。IT技術が発展したからこそ可能になった予見医療を、さらに多くの地域に広げるべく、医療機関や診療所を提携して進めて行きたいと思っています。
参考文献
Nishizawa M, Hoshide S, Okawara Y, Matsuo T, Kario K. Strict Blood Pressure Control Achieved Using an ICT-Based Home Blood Pressure Monitoring System in a Catastrophically Damaged Area After a Disaster. J Clin Hypertens (Greenwich). 2016 Jul 11. doi: 10.1111/jch.12864. [Epub ahead of print]
医師プロフィール
苅尾 七臣 循環器内科
自治医科大学循環器内科学講座主任教授
兵庫県生まれ。1987年自治医科大学医学部卒業。1989年、兵庫県北淡町国民健康保険北淡町診療所に赴任。1996年より自治医科大学循環器内科学講座助手、2000年より同講座講師、2005年より自治医科大学COE(Center of Excellence)及び、循環器内科学講座教授。2009年より現職。その他、コーネル大学医学部循環器センター・ロックフェラー大学Guest investigator、コロンビア大学客員教授、ロンドン大学医学部Cardiovascular Science研究所客員教授、上海交通大学医学院客員教授を歴任。2015年より自治医科大学地域医療循環器先端研究開発センターの主任教授も務める。