AI医療機器で現在、国から承認を受けているのは21品目(2022年10月31日現在)、この中でまだ診断に保険点数がついた事例はnodocaだけ。機器の性能、開発の経緯、資金と仲間集めについて開発者であり医師である沖山先生にインタビューした。
―”nodoca“ は、どのような医療機器ですか?
nodocaは、AIを搭載した咽頭撮影カメラです。医療機器として治験を行って、国の認可を取っています。カメラ部分は、咽頭撮影に特化して開発したもので、口腔内の炎症や腫脹の程度、様々な濾胞、発赤、小丘疹などが写ります。目視で見れるよりむしろ、高解像で撮影してパソコンの画面で大きく見た方が色々な所見が見えたりしますね。AI部分は、2年間かけてのべ100施設での多施設共同研究を行って、50万枚以上の咽頭画像のデータベースを作り、それを元に機械学習をさせて開発しました。
nodocaのAIが解析する対象は、咽頭の画像だけではなく、咽頭痛や咳の有無、バイタルサインなどの問診情報や臨床所見も含みます。これらも含めてAIがトータルで解析し、判定するのですね。
医療機器としての承認と、またnodocaを用いた診断が保険適用を受けた疾患の第一弾はインフルエンザです。AI医療機器は現在、国から承認を受けているのが21品目(2022年10月31日現在)なのですが、この中でまだ診断に保険点数がついた事例はnodocaだけです。
nodocaは、電動歯ブラシくらいのサイズのカメラです。毎回ディスポーサルのカメラカバーをはめて撮影しますので、都度滅菌消毒したりイソジンに浸したりする必要はありません。こんな感じの咽頭写真で、単純化して言うと、AIが診療情報を加味しながら咽頭画像を解析し、その場で判定結果を返してくれます。
治験データからの成績は感度76パーセント、特異度88パーセントです。臨床では早期受診者の偽陰性が問題になることがしばしばありますが、イムノクロマト法(迅速検査キット)と比較すると、こんな感じのグラフの分布になってます。AIは発症早期ほど感度が高く、途中から晩期の感度はイムノクロマトと同じかイムノクロマトの方が多少上回るように見えます。
―沖山先生は、離島での臨床経験からも「医療×AI」で何をするかを考えたと思いますが、どのように事業ドメインを決めましたか?
「医療×AI」の業界を見た時に、CTやレントゲンといった画像診断は、AIの学習に必要なデータが世の中に大量に存在するので、GoogleやAmazonのような巨大IT企業が大病院と提携するのに任せた方がいいと思っている自分がいました。医療が発展すれば良いのであって、自分たちより得意な人がいる領域はむしろ積極的に任せたい。でも、データベースが存在しなくて、医師による臨床現場でのデータ集めが一歩目となる領域については、医師自身が動かないとこのままではスタートしません。
AIの多くは高額なため大学病院から広がって、深く専門的な疾病に対してソリューションを提供していました。逆に開業医・クリニック向けのAIというのは、これまでほとんどなかったんですね。アイリスが取り組んでいきたいのは「身体所見」の領域のAI支援で、専門診療科よりも一般内科、大学病院よりも開業医が主な想定現場です。南鳥島や波照間島など、島に自分一人しか医師がいない環境で医療に従事してきた自分としては、やはり視診・聴診・触診などフィジカルの領域に対して価値を広げていきたいという思いがあり、また、わざわざデータベースづくりから始めなければならないこの領域を進めている人も世界で稀だったので、心が決まりました。
ここまでで創業から5年経ち、今年4月に初めてのプロダクト“nodoca”が医療機器として承認を受け、12月からはnodocaを用いた診断が保険適用開始となります。
―リンパ濾胞をインフルエンザ診断に使うことは、いつから知っていましたか?
研修医の頃だったと思います。2000年代に入ってインフル濾胞が論文になっていて、面白いなって。いち臨床医として、クリニカルパールと呼ばれるような診断学の知見には美しさを覚えますし、暇なときは所見百科事典のようなサパイラ(『サパイラ 身体診察のアートとサイエンス(医学書院)』)を頭から通読したりしていました。濾胞の特徴的所見は気になっていて、しかしながら臨床医としてはうまく使いこなせている自信が持てていなかったので、自分がAIを使って医療機器を作ろうと思った時にも、この徴候はAIが活かしやすいものなんじゃないかと、つながった感じです。
―医療機器開発の道のりはどのように進みましたか?
AMED(日本医療研究開発機構)が出してる『サクセス双六』という医療機器開発のマップがあります。
メーカー視点で作られたこのマップでは、医療機器を開発しようと決意するとまず、どんなニーズがあるかを医師に確認するところから始まります。そしてそれを達成するどんな技術があるのか、どれくらいの市場価値や市場規模があるのかを調べる。コンセプトを決めたら、本当にそれができるかどうか技術開発し、場合によっては特許も先に取っておくべきだよね、とマスが進んでいきます。
次に、薬事戦略、保険戦略を立てる、これも大事ですよね。保険適用されないと、なかなか事業化は難しいので。
そして改善・改良。実際に僕らの取り組みを振り返っても、トライアンドエラーの連続でした。今のnodocaカメラは、社内的には第6世代のカメラなんですよね。こうしてカメラを開発した後、非臨床試験を経て、治験を行い、安全性と有効性が確認されれば製造販売が承認されます。
保険収載されて、販売が始まった後は、どんどん改良していく。ただここまで来てもなお、「販売戦略が的外れで振り出しに戻る」、なんていうマスがあります。このような開発全体の過程を『サクセス双六』は結構ちゃんとよく表しているんですよね。振り返ってみて、確かにこれ全部そうだなって、実感するところがありました。
ざっくり基礎研究、製品開発、治験検証みたいなフェーズに分けてくと、一般的には新医療機器の開発って、最低でも大体10億円はかかってしまいます。こういった資金繰りの話なども、病院に居たときには想像のつかないものでした。
―医師がものづくりをする際に大変だったことは、どのようなことでしょう?
社内の仲間に怒られちゃうかもしれないんですけど、僕も一番最初は、エンジニアって言ったら、物作りのハードウェアか、プログラマーだろうって、2-3職種くらいにしか区別できていなかったんですね。でも自分たちでやってみると、ハードウェアと言っても、メカ系、光学系・レンズの専門家や、回路・基板の専門家は違いますし、デザインもまた別の職種。当たり前ですよね。医者だって、外から見ると内科と外科と小児科プラスアルファくらいにしか見えないことがあると思いますし、全然理解が浅かったなと今振り返って思います。
薬事っていう言葉も同様に、QMSと呼ばれる品質保証のジャンルが1つのスペシャリティとしてありますし、保険収載の戦略を立てるところや臨床試験の企画遂行なども、それぞれ1つ1つがプロフェッショナルな領域です。それ以外にも医療・薬事で10領域くらいあるんじゃないかと社内では言っています。
実際に機器をつくるプロセスそのものも大変です。カメラ1つ作るのも、設計図面を引くのは社内でやった上で、レンズメーカーさんに「こういう仕様のレンズを納品してください」、他の製作所に「ディスポーザブルのカメラカバーはこういう形でお願いします」とそれぞれに発注し、それぞれの製造所が作ったものを我々が取りまとめるんですけど、精緻な図面があれば、それにもとづいて組み立てて完成、という訳ではないんですよね。お願いした通りに作ってもらったものを集めても、組み立てて初めて発見される課題が必ずある。みんなで集まって話し合わないと解決しないんじゃないかと思って、お願いしていた会社や工場の皆さんに1度、中間地点に集まってもらってみんなで会議をやりましょうと無理を承知でお願いしました。
当然ですが、「いや、アイリスさん、本気で言ってるんですか? 我々が他の製造業者と直接話し合いするなんて、業界慣習的にないです」って言われてしまったんですけど「nodocaというプロダクトの未来をみなさんと一緒に作っていきたいと考えています。そのためには、みなさんの協力が不可欠です」と頭を下げてお願いし、集まってもらいました。
1番時間も費用もかかったのはAIの学習データ収集で、多くの先生方にご協力いただいて、累計で1万人の患者さんを対象とした臨床研究を遂行しました。レントゲンなら病院にある何万人のデータを使わせてください、とお願いできるのかもしれないですけど、咽頭画像は誰も持ってない。なので自分達が作ったカメラを貸し出して、「これで、先生方のクリニックの患者さん、100人分の咽頭を撮影してもらえますか」と、それぞれの院長先生に協力を仰ぎました。
院長先生も普段の診察で忙しいですし、何より大事な患者さんに、名前も聞いたことないベンチャーの臨床研究に参加してもらうお願いをするのには、抵抗がありますよね。なので、直接ご依頼できるクリニックには現地へ行ったり、あるいは僕がアイリスの創業とnodocaの開発に込めた想いをご説明する動画を作って、治験コーディネーターの方々経由で忙しい先生方にも見て頂いたりなど、なるべく顔が見えるコミュニケーションを心がけました。結果的に延べ100の医療機関の先生方にご協力いただき、大変感謝しています。これは、自分が医師でなければ話を聞いてもらえなかったんじゃないかと思います。
インタビュー後半では、医師が医療機器開発をどのように考えるかを中心に、ここに来るまでのリアルとこれからの展開についてインタビューした。
―医師がこのような医療機器開発をやるべきだと思いますか?
医師だけでなくていいとは思うんですけど、でも、医師がやらないと進まないところもまたあると思います。
医療機器開発が始まるときのよくあるケースや動機づけは3パターンくらいに分かれるのでしょうか。1つは患者体験。「私は元患者として大変な体験をしたので、二度と同じ体験をしなくて済むように何とかしたいです」という動機。2つ目は、これ自体は別に悪いことではないのでしょうけれど、「市場原理に則り、儲かるから」という動機。
その2つの動機以外には、医師が特に強く持つ、「医療/医学の進歩に貢献したい」、「自分が目指す未来の医療を実現したい」という動機があると思います。この動機一つで様々な苦難を乗り越えられるだけの覚悟や気構えが持てる人が多くいるのも、また医師の特徴だと思うので、少なくとも、医師がスタートアップにコアメンバーとして入っていることで大きく進むことは大いにある気がします。
―医師は誰でも、臨床の中でAI化して起業できると思うアイデアを数多く持っていると思うんですね。そこをそのまま突っ走るのか、企画段階で先行きを考えるのか。どのタイミングで、ある程度の全体像をイメージしていましたか?
難しい質問ですよね。やはりどっちもあると思います。さっきのAMEDの『サクセス双六』ではないですけど、最初に薬事戦略と、保険適用の道筋はイメージしておかないと、本当に頑張って誠心誠意やったのに、法律改正しない限り無理ですと行き止まりになっちゃうことがあるんですよね。熱意だけではできない。机上の計算だけでもできない。どちらも必要で、そのためにチームがあるのだと思います。
―起業後に素晴らしいメンバーを集めるために心がけていたこと、重要なことを教えていただけますか?
これはアイリスを立ち上げてから実体験を通じても学んだことなのですが、良い人が良い人を呼んでくれる姿を本当にこの4年間見てきました。優れた人同士は「類は友を呼ぶ」理論でどんどん集まってきて、集まれば集まるほどさらに重力のように求心力も増していくっていうポジティブフィードバック・ループがあると思うんですよね。
最初は当然大変でした。ベンチャーでやろうとすると、やっぱり人やナレッジや経験集めが、1番ハードルが高いところでした。医学的知識は問題ないんですよね。僕も医師だし、社内に医師が何人もいるので。ただ、物を作る、ハードウェアエンジニアは特に大変でした。それこそ中高の卒業アルバムとかを見て「この人今何やってるんだろう。この人、そういえばソニーに行くとか、オリンパスに行ってるとか言ってなかったかな。ちょっと声かけてみようかな」とか、そういったところから人集めって始まってたんですね。
あとは、最初にアイリスを立ち上げたころに受けたアドバイスで、今でも影響を受けている言葉があります。
「沖山さん、大事なのはノウハウじゃないよ。それよりも、その経験を持っている人を知っているかどうか、『ノウフー(know who)』だよ。どんなに沖山さんが頑張ってハードウェアの勉強をしてエンジニアになったり、AIを勉強してプログラミングをできるようになっても、全部を自分で見て考えることはできない。それよりは、その業界で生きてきたプロにどれだけ仲間になってもらうか。一緒にやれるか。その方が早いし、大事だよ」と。
僕が日赤出身で、共同創業者の加藤さんが厚生労働省出身。あとはIBM出身のCTOの福田さんなど、うちではウェブサイトでメンバーを一人ひとり紹介しているのですが、その道のプロフェッショナルがよくここまで集まって来れたなと思う気持ちもありますし、また、若くして人と違う視点や想いをもって入社してきて、アイリスという場で日毎に成長している人もいます。
―どのような知見や経験、特性を持つ医師が医療機器開発に適合してるのでしょうか?
はい、医師が医療機器開発に携わる場合、さっきのサクセス双六の20マスのどこに関わるかっていう話だと思うんですよね。フルタイムで臨床医をやりながら治験や臨床研究に関わるっていうのが1番シームレスな関わり方だと思います。研究協力医師として参加するっていうのが階段のワンステップ目と、次に研究主導医師になるというのも、多分、研究計画書とかも書くでしょうし、IRB(倫理審査委員会)を通したりとかになると思うんですけど、それが多分ツーステップ目だと思うんですよね。
―次は、インフルエンザのリンパ濾胞以外にも臨床医の匠の技を同じようにA医療機開発できる可能性はありますか?
もちろんです。僕らも、インフルエンザという病気そのものだけを何とかしたくて集まった会社というわけではなくて、身体診察として暗黙知化している貴重な医師の技術は、AIで支援することでより深みと広がりが産まれると思っています。口腔内所見と問診で診断しやすい疾病は、溶連菌や伝染性単核球症、あるいは感染症以外にも口腔癌がありますし、あるいは膠原病由来や動脈硬化といった血管の変化も、実は粘膜越しに透見する血管像から検出することができると考えています。CTやレントゲンと違って、視診とか聴診とか触診はまずデータベースがないので、データ化っていう手間のかかるプロセスがあるんですよね。本当に未開拓な領域だらけだなっていう感覚があります。
―他の質問はお金に関してですね。VCとかから資金調達したりとか、人件費をどうやってやりくりしたかっていうことなんですけど?
売り上げは今まさにこれから初めて立つ会社なので、ここまでは国の科研費と、またいわゆるベンチャーキャピタルからの資金でやってきました。
会社経営の上で資金面は土台ですし、創業期から常にプレッシャーもあるところですが、こういったところでこそ救急医として命と向き合ってきた体験が活きているし、自分の強みだと感じています。目の前で亡くなってしまう方を何人も見てきましたし、医師であれば皆さん近い経験があるかもしれませんが、ご遺族から「自分の家族だったとしてもというくらい、精一杯やったと胸張って言えるのか」と詰められるようなこともありました。そういった、自分や家族の命を目の前にしたときの本当に逃げることができない、立場は違っても互いに真剣な者同士で向き合うしかないという体験はすごくシビアですし、しかしそこで一切手抜きをせず、自分の持てる力と意思を最大限発揮し続けて来たところには自負をもっています。会社経営のプレッシャーとは種類が違って比べられるものではありませんが、自分の中で重圧と向き合う姿勢、そして真摯に向き合い続ける姿勢は、そこで身についたものだと感じています。
―医療機器開発だと自分で仲間を探していくケースと、インキュベーションする会社を頼るケースもあるかと思いますが?
例えば、国立国際医療教育研究センターNCGMは、月1回、産業界と臨床シーズを結びつけるオープンな会をやっています。医師とメーカーが同じ会議に出て、「こういう機器が欲しい」「うちならできる」とやり合うのは素敵な場だと思います。
あとは、ベンチャーキャピタルも色々なプログラムをやっています。ビジネスピッチコンテストみたいなのもあって医師1人でエントリーしても、チームビルディングを向こうから提案してくれる。そういう入口も少しずつ増えてきたなっていう気がします。
僕らも最初は、日本生命がやってるアクセラレーションプログラムに応募したんですね。そのプログラムのおかげで丸の内のシェアオフィスを初期に使わせてもらえたり、大変有難い機会でした。
―各エキスパートを集めて、ドリームチームを作っておられますが、逆に臨床とAI双方に強いバックグラウンド持った医師エンジニアに今後活躍の場はあるでしょうか。医師×エンジニアですね。
そういう方はすごいですよね、エンジニアと共通言語を持てるっていうのは強みだと思います。また、次にどちらを目指すのかという視点もありますよね。AIも分かる医師として価値発揮するのか、医療がわかるAIエンジニアとしてやっていくのか。両方80点の人よりも、どっちかが120点の人の方が求められる場所は多いと思うので、大きな会社においては、共通言語は持った上でどちらかに振り切るというのも手だと思います。逆に初期のスタートアップだと、両方ができる一人の人というのは価値が高いです。
―PMDAの審査過程1年っていうのは、日本が長いんですかね、海外だともっと短いとかどうですか?
デバイスラグっていう用語があり、海外では認可されてるけど日本の審査が遅いというものが、10年前くらいから問題視されていました。今は日本の審査スピードも世界標準になっていると言われます。
―今後どういうような展開になるか教えてください
そうですね、nodocaで集まってきた知見やデータを、どうやってオープンにして皆が解析していけるか、そこは結構大事だと思ってます。僕らも自分たちの今後の開発のためにデータを使いますが、オープンにする部分も作りながら医療界全体であるべき姿を模索していきたいです。『アトラスさくま(丸善出版)』っていう医学の教科書があるんですけど、様々な疾患の咽頭画像ばかりひたすら写真集的に載ってるんですよ、このように咽頭画像の世界一のライブラリーとしてオープン化すれば、いろんな人が研究できる。そして、その中から医療/医学を進歩させる発見が出てくる。そういう未来が目指すところです。
―最後に沖山先生の方から、nodocaの紹介とメッセージをお願いします!
AIは、どんどん進化して成長していくものなので、nodoca(https://nodoca.aillis.jp/)とアイリスのこれからをぜひ応援ください!インフルエンザの検査はイムノクロマト法もnodocaもどちらも同じ保険点数(305点)で、検体採取が不要なので小児患者さんからの安心感や、また、鼻腔スワブでのくしゃみや咳による飛沫飛散を避けたいという医療機関から「口腔内撮影だったら良いね」と言ってもらえることもあります。あとは判定結果が撮影後にその場で出るので、検査の合間に患者さんの待機時間が無いというのは院内のオペレーション上、効率的だと思います。
nodocaは医師同士で育てていく医療機器だと思っています。現場で僕らの予期しないところで活用してもらい事例が増えていけばいいなと思いますし、また、僕らのように未来の医療機器を開発する医師が増えていけば良いと、心から思っています。