スポーツによる脳震盪、気をつけるべきことは?
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フィギュアスケートグランプリシリーズで他の選手と衝突し、倒れこんだ羽生選手。その後も包帯姿で演技を行い、感動を呼びましたが、この判断は正しかったのでしょうか?
2014年11月8日、中国上海で行われたフィギュアスケートのグランプリシリーズ第3戦男子フリーの直前練習中に、羽生結弦選手が他の選手と衝突する事故がありました。その後、羽生選手は包帯を巻きながらも演技を遂行し、2位となりました。けがを押しての演技に、「金メダリストの意地だ!」「感動した!」など賞賛の声があがりましたが、これは本当に賞賛するべきことなのか、スポーツドクターであり脳神経外科医である立場から解説したいと思います。
結論から言いますと、「絶対にダメ」です。羽生選手の「出場したい」という心意気は賞賛されるべきですが、周囲の人たちは強制してでも出場をさせるべきではなかったと考えます。
フィギュアスケートは意外とスピードが出ているもので、最高時速は30キロに達することもあるそうです。その勢いで衝突したり、氷にたたきつけられたりした場合は、まず2つのことを想定しなければなりません。
(1)頭へのダメージ
(2)首へのダメージ
です。個別に解説していきましょう。
(1)頭へのダメージ
頭を強くぶつけたときにクラクラっとした経験があると思います。それがいわゆる脳震盪(のうしんとう)です。脳震盪は外部から受けた衝撃により頭蓋骨に囲まれた脳が揺らされて起こります。直接頭をぶつけていなくても、大きく首をふられて頭が回転するような状況で起こることがあります。
脳震盪は、相手との接触が多いラグビーやアメリカンフットボール、格闘技だけでなく、どのようなスポーツでも起こり得ます。2013年12月、日本脳神経外科学会ならびに日本脳神経外傷学会は「スポーツによる脳損傷を予防するための提言」を公表しました。
1-a. スポーツによる脳振盪は、意識障害や健忘がなく、頭痛や気分不良などだけのこともある。
1-b. スポーツによる脳振盪の症状は、短時間で消失することが多いが、数週間以上継続することもある。
2-a. スポーツによる脳振盪は、そのまま競技・練習を続けると、これを何度も繰り返し、急激な脳腫脹や急性硬膜下血腫など、致命的な脳損傷を起こすことがある。
2-b. そのため、スポーツによる脳振盪を起こしたら、原則として、ただちに競技・練習への参加を停止する。競技・練習への復帰は、脳振盪の症状が完全に消失してから徐々に行なう。
3.脳損傷や硬膜下血腫を生じたときには、原則として、競技・練習に復帰するべきではない。
http://jns.umin.ac.jp/cgi-bin/new/files/2013_12_20j.pdf
日本ラグビー協会は、脳震盪の対策を盛り込んだガイドラインを発表しています。このガイドラインは、レフリーがポケットに携行できるようにしてあり、どの競技でも活用することができます。
http://www.rugby-japan.jp/about/committee/safe/concussion2011/guideline.html
また、最近注目されているのがセカンドインパクト症候群です。最初に頭痛や吐き気だけの軽微な脳震盪を起こし、数日から数週間後に再度頭をぶつけるなどした場合に、死に至るような脳の腫れを起こすことがあるのです。ですから、脳震盪を起こした場合の競技復帰は、医師の診断を受けて慎重に判断されなければなりません。
(2)首へのダメージ
今回の事故では、救護スタッフの手際の悪さが気になりました。羽生選手の倒れ方をみると、首の骨を折っている可能性があるので、すぐにでも駆けつけて首を固定しなければなりません。脊髄が損傷している場合、少しでも動かしてしまうとどんどん悪化してしまうおそれがあるので、じっと固定する必要があるのです。
大会運営責任者は、メディカルスタッフの充実と外傷への迅速な対応を徹底して、再発を防止してもらいたいと思います。
医師プロフィール
菅原 道仁 脳神経外科
四谷メディカルクリニック 院長
1997年 杏林大学医学部卒業。国立国際医療センター脳神経外科、1999年 国立病院東京災害医療センター救急救命科、2000年 医療法人社団北原脳神経外科病院に勤務し、2007年には同病院副院長と海外事業部部長を兼務する。2013年より 四谷メディカルクリニック 院長を後継し、プライベートドクターシステム、エイジングリカバリー医療、ダイエット医療、低身長治療にも取り組んでいる。