医学教育と住民啓発でなかまを作る
先生の現在の活動を教えてください。
福井県の最西端に位置する人口約1万800人の高浜町で、「福井大学地域プライマリケア講座」を開いています。高浜町は他の地域と同様に、家庭医療に特化した医師の不足や、住民の地域医療に対する理解不足に悩まされてきました。そこで、地域医療教育の推進と、住民・行政・医療が協働できるシステムづくりに取り組んでいます。
地域医療教育としては、「地域の医師は、地域が育て、地域が守る」をテーマに、町内の医療・福祉事業所などと連携して、地域そのものを体験できる研修プログラムを開催しています。2014年度は、学生79名、初期研修医50名、後期研修医2名の計131名が高浜町のプログラムに参加してくれました。中でも「夏だ! 海と地域医療体験ツアーin高浜」には、全国から多くの医学生、研修医が集まりました。
プログラムの参加者が増加しているのは、これらの研修を通じて地域の生活を感じ取り、地域医療の楽しさを知ることができるからだと思います。高浜町内で臨床研修を受ける研修医や、後期研修修了後に町内で勤務を継続する人も出てきていて、成果も着実にあがっています。
住民・行政・医療の協働システムづくりにおいては、地域医療の中心は住民であると考えて、住民活動を積極的に支援しています。当初は私自身が住民への啓発を行っていましたが、医師という立場からの呼びかけには全く反響がなく、限界を感じました。住民が住民に呼びかけることの重要性を実感しましたね。
以前勤めていた兵庫県立柏原病院では、地域のお母さんたちが「小児科を守る会」を立ち上げ、積極的に活動していました。そのことを思い出し、高浜町でもそのようなサポーターの会を作りたいと思ったのです。2009年7月に開かれた第1回高浜町地域医療フォーラムで、住民参加型の主体的な活動について話をして声をかけたところ、15名の方が集まってくださり「たかはま地域医療サポーターの会」が立ち上がりました。
主婦やサラリーマン、自営業の方、患者さんのご家族など、医療に関わったことのない方から、看護師やケアマネージャーなどの医療・介護関係者まで、さまざまな方がこのサポーターの会に参加しています。活動方針は、住民自身が地域の主役として地域医療のためにできる事を考え実行すること、住民・行政・医療の架け橋を担うことです。
サポーターの会の活動を開始して6年が経過しましたが、ここまで続けてこられたのは、「無理しない」「批判しない」「あきらめない」を活動3原則にしていることが大きいと思います。会に入ったら必ず出席しなければならないというような精神的負担がメンバーにかかると、長続きしません。旅行のように出かけたり、飲み会を開いたり、楽しみを感じられる活動もしていますし、医学教育とのコラボで研修医の先生にプチ健康講話をしてもらい、医療の情報も伝えています。ここに参加すれば楽しくて情報も得られるというところが、長続きしている秘訣です。
家庭医療の面白さとは?
地域医療教育の中では、何を大切にされていますか。
ベースにあるのは、家庭医療の面白さを伝えることです。疾患の流れを捉え、患者さんを中心において物語まで大切にしながらケアをすることは、他の領域ではなかなか難しいと思います。家庭医療に関わる要素全てが、醍醐味だと感じているんです。
個人的に一番面白いと思っているのは、地域のことまで考える「地域指向型プライマリケア」です。どんなところに地域の問題があって、それにどう対応していくか。そういうところは、非常にやりがいがあります。地域が良くなるにつれて、家族も患者さんも臓器も元気になっていくところが、すごく面白いですね。
家庭医療に向いているのはどんな医師ですか。
病気の仕組みに強い興味を持つことは医師の資質としてすごく大事ですが、そういう方は、地域には目が向きにくいように思います。地域医療というよりも、むしろ専門的な医療を提供したり、大病院で勤務したりするほうに向いているのかなと。
例えば、何回も肺炎を繰り返す94歳の患者さんが目の前にいた場合に、「どういう抗生剤を使うのが一番いいのかな」ということも重要ですが、「本当に今この人を入院させたほうがいいのかな。治ったとして、これからどうなっていくのかな。この後は誰がみるのかな。治ったら幸せなのかな」と、私の場合はそういうことのほうにも興味がいくんです。もちろん病気を治療することも大事ですが、家庭医療にはやっぱりこういう人のほうが向いていますよね。
理想の地域とは、どんな地域でしょうか。
日本プライマリ・ケア連合学会理事長の丸山泉先生も仰っていますが、安心して子どもを産めるというのが、目指すべき理想の地域なのではないかと思います。その実現のために目指していることの一つは、住民が今ここに住んでいることを堂々と自慢できる地域づくりです。地方でよく行われているIターンやUターンでの町おこしを「対外的なブランド化」と捉えると、私たちが取り組んでいるのは「対内的なブランド化」といえるかもしれません。
そのためには、日常生活で困ることが少なく安心して暮らせること、社会的に不利な状況や大きな格差がなく、心穏やかに過ごせることが大事だと思います。健康に関して言えば、病気を防ぐための活動が自然になされていて、互いに支え合うことができ、家族が少なくなったり医療機関が少なくなったりしても、心がざわつかない。そんな地域をつくっていきたいと思っています。
地域と関わり、つながり合う
今後、先生ご自身はどうなっていきたいですか。
千葉大学予防医学センターの近藤克則先生たちのプロジェクトで提唱されている「健康格差対策の7原則」の中に、多様な担い手をつなぎ、縦割りを超えるコーディネーター役の大切さが書かれているのですが、私はまさにそれをやりたいと思っています。医師が地域の健康に関するコーディネーター役となることは、いろいろな意味で理にかなっているのではないかと思うんです。
特に私は大学の仕事もしているので、研究職の先生とつながることもできます。地域の医師の立ち位置は、いい具合に地域の中のメンバーでありながら、いい具合に地域の外のメンバーでもあります。だから、いろんな団体、部門と仲良くしやすいのかなと。
今感じている課題は、いかに多くの人をまちづくりに巻き込んでいけるかということです。行政の方はもちろん、市民団体とか自治会とか婦人会とか。医療以外の分野も一緒になってやっていくことが大事だと思います。
例として、医療や健康にもっと興味を持ってもらうためには、教育とのコラボも重要になります。私たちが今教育分野で行っている取り組みは、大学生から研修医までを対象にしていますが、本当はもっと早い段階で医療や健康のことを伝えたい。そこで、中学校との取り組みも始めています。医療分野と教育分野の強みを、お互いに活かし合うつながり方をしていけたらいいですね。そのコーディネーター役を担っていきたいと思っています。
先生は、高浜町のゆるキャラ「赤ふん坊や」と一緒に地域医療の活動をされていますが、それにはどんな理由があるんですか。
ただの悪ふざけだと思われないようにいつも説明しているのですが、赤ふん坊やと一緒に活動するのには、4つの理由があります。1つ目は、いろんな人と仲良くやっていくためにはユーモアが必要だということです。その演出のためですね。2つ目は、医療づくりはまちづくりという視点です。町のキャラクターを使うこと自体が、地域のアピールになるのです。
そして3つ目が一番大きな理由になります。赤ふん坊やは行政のもので、それを借りているわけですが、町のキャラクターを毎回私の活動のために貸してもらえている状況から、行政との関係性をアピールしたいんです。行政との究極のコラボレーションです。これが一番ですね。それから最後の4つ目ですが、赤ふん坊やの着○るみの中に入っていると(!?)、すごく勇気が出るんですよ。無敵のように感じるんです。こうやって自分も楽しんでやることが大切だと思っています。楽しくやっていることがにじみ出ると、興味を持ってもらえるようになりますから。
地域医療に取り組む若手医師や行政の方々にメッセージをお願いします。
まず、行政の方にはもっと地域に出ていただきたいですね。私は、町中に健康管理の拠点をたくさんつくり、町そのものが健康情報の橋渡しスペースになるというようなイメージを持って、いろいろなことをやっていきたいと思っています。行政としても、地域の生活にもっと近づいていって、住民の方にありがたいと思ってもらえるような関わり方をしていくことが大事だと思います。病院や住民の方も、どんどん地域に出ていって積極的に関わり、地域の大切さを理解してほしいですね。
地域医療を目指している若手医師には、地域を考える目線を持ち続けてほしいと思っています。思い入れを持って地域の活動をしながら住民の方々と一緒に考えていくことは、リーダーシップを発揮しやすい立場にいる医師こそ、やるべきだと思うんです。
でも、私はすべての医学生にそういう道を進んでもらいたいと思っているわけではありません。大きな病院で勤務する先生も不足していますし、専門医の先生も必要ですから。ただ、こういった地域医療の現場のことを忘れないでほしいという思いはありますね。
インタビュー・構成 / 水上 直人