coFFee doctors – 記事記事

患者さんと良好な関係を築くために必要な視点

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 1

記事

精神科領域で問題となる多剤併用。山形県酒田市の山容病院院長の小林和人先生は、それがなくならない原因の一つとして、精神科医として大切にするべき視点が抜け落ちているのではと指摘しています。

◆治療効果を考え、多剤併用がやめられない?

精神科領域では近年、多剤併用を改善すべく長期的視点を持って減薬を積極的に行う傾向にありますが、それでもまだリスクを知りながら多剤併用を変えていない医療機関も少なからずあると思います。

本来医療者はリスク(=副作用)とベネフィット(=治療効果)を天秤にかけ、リスクが高かったらリスク回避を試みます。ところが、精神科領域ではリスク回避で減薬したことにより起こる症状の変化の方を避けようとして、治療方針を変えないことがあります。

例えば、抗精神病薬により飲み込みが悪くなり、食事中にむせる患者さんがいたとします。しかしその場を乗り切れば「ここは精神科で精神症状の治療に来ているのだから、まずはそっちを優先させてしっかり治療しましょう」と、多剤併用手法が続く。そのような患者さんが誤嚥性肺炎を起こす例は、過去に幾度も見てきました。

また、抗精神病薬の副作用に震えがありますが、それを抑える薬の副作用として便秘があります。下剤で排便を促しますが、それでも改善しないと座薬や浣腸で排便させます。それを繰り返していると自力で排便する機能が落ちますし、便秘が悪化すると腸閉塞になります。そういう患者さんもまた多く見てきました。

◆リスクとベネフィットの捉え方

今の私だと、誤嚥・窒息や腸閉塞という副作用はリスクが高すぎるため、薬を減らすしかないと考えます。ところがリスクより、薬を飲み続けることで症状を鎮静できるベネフィット(?)を優先させる傾向は、少なからずあるのではないでしょうか。私は本来は鎮静作用は急性期にしか要らないと思いますし、鎮静=ベネフィットではないのですが・・・・・・。また、新規の薬は嚥下困難が起こりにくくなっていますが、薬を変えることで活発になり人間らしい欲求が出てくることが肯定的に捉えられていない側面もあります。

◆患者のための治療になっていなかった

確かに私自身も以前は、「身体的に悪化したときが薬を調整するチャンスだ」「落ち着いているときは薬をいじるな」と教わり、その教えに従っていました。また当院では、減薬により症状が悪化することを恐れ、ひたすら同じ処方を繰り返していた時期がありましたし、看護師から正確な報告がなされていないということもありました。例えば、薬が減って病状が悪化して困った経験から、薬の影響で日中ウトウトしていることを医師に報告しないなど、恣意的なアセスメントになっていました。

◆患者と治療者の関係性

患者さんは、必ずしも誤嚥や腸閉塞などの副作用を覚悟してすすんで薬を摂取しているわけではありません。長年の治療で、本来ならば一度に飲めない量の薬を飲むことになっているケースもあると思います。また副作用というリスクがありながらも、医師から「これを飲まないと悪化します」「もし薬を飲まないで症状が悪化したら、閉鎖病棟に入院することになります」と言われたら、飲まざるを得ません。医師の言葉には、なかなか逆らえないのではないでしょうか。それだけ、白衣を着た人からの言葉は重いのです。患者がリスクを負う可能性がありながらも、説明と同意を経ずに同じ薬が継続されているいびつな医療は、完全にはなくなっていないと考えています。

現在、当院では電子カルテを導入し、正確な記録を残すことを徹底しています。それをもとに、正確な判断をできる体制を目指しています。アセスメントが恣意的になってしまう危険は常にありますから、事実を取捨選択せず正確に書くという基本をいつも心がける必要があります。看護スタッフは記録を曲げて書くのではなく、医師とオープンに話し合うことで治療方針の決定に加わるべきです。そのような姿勢が現場に根付いていれば、きっと患者さんと治療者の関係は良好となり、患者さんは自身の内面を語りやすくなります。

治療者は、患者さんに薬のリスクとベネフィットをしっかり伝え、症状の改善のみならずその後の仕事や結婚、出産など社会生活を含めて一緒に考えるべきです。このように長期的な視点に立った治療を行っていくのが精神科の醍醐味だと思います。そのような視点を守り続ければ、おのずと多剤併用も減っていくのではないでしょうか。

  • 1

医師プロフィール

小林 和人 精神科

医療法人山容会理事長 東京大学医学部卒業。同大学付属病院にて研修後、福島県郡山市の針生ヶ丘病院に就職。平成20年に山容病院に就職。平成23年同病院院長に就任、平成26年より現職

小林 和人
↑