糖尿病を診ることの大切さ
先生はなぜ医師になろうと思ったのですか?
私は開業医の一人息子でしたので、当然のようにして医学部に行きました。当時は親が医者だと子どもは医学部に行く、というような時代でした。手先も不器用ですし解剖も苦手でしたから、医者にはあまり向かないなと思いながらなってしまったようなところもあります。昔から音楽や映画が好きで、高校時代はレコード会社のプロデューサーや映画監督になりたいと思っていました。
自分にそういう夢があったので、息子が一度進みかけていたダンサーの道を諦めきれず、大学卒業後1カ月で会社を辞めて、もう一度ダンサーに挑戦したいと言い出した時も、自分が行きたい道を行けばいい、と応援しました。普通の父親なら反対するのでしょうがね……。苦節4年でボーカル&ダンスグループのメンバーとしてプロデビューしたときは、やっぱりうれしかったですね。
糖尿病を専門にしようと思ったきっかけを教えてください。
研修医のころ指導してくれていた先生が「これからは糖尿病が国民病になるから、そういう病気の専門になるといい」と勧めてくださり、この道に進みました。でもそのころは2型糖尿病といえば、医師であれば誰でも診ることのできる疾患と思われていましたから、あまり面白くないと感じていたんです。
私が医学部を卒業したのは1981年ですが、当時はスルホニル尿素薬(SU薬)を最大量まで処方して、それがだめだったら1日1回か2回のインスリン注射に変えればいい、というような時代でした。というより、それしか治療法がなかったのです。糖尿病の薬が増え、治療の選択肢が広がってきたのはこの15年ぐらいのことです。
若いころはもっと珍しい疾患を専門にして研究し、論文を書きたいと思っていましたが、糖尿病は今では非常に多い疾患となり、この病気を診ることの大切さがわかりました。後になってから思うようになったことですが、この道を選んで良かったですね。
糖尿病で怖いのは合併症
糖尿病の診療を続けてきて、問題点を感じる部分はありますか?
厚生労働省の2012年「国民健康・栄養調査」によれば、日本の糖尿病患者さんの数は予備軍を含めると約2050万人といわれています。だいたい6人に1人の計算になりますから、すごい数ですね。このうち糖尿病が強く疑われる人は約950万人ですが、40代、50代の6割近くは治療せずに放置していたり、治療を始めても中断してしまったりしています。
治療を中断してしまう理由の一つは、血糖が高いと言われるだけで、症状が出ないことです。症状がないので病気であることを自分で認識できず、治療しなくても大丈夫だろうと思ってしまうのです。さらに、この年代はみんな忙しいので、平日の夕方までしか開いていない大病院に通院するのは難しいのが現状です。症状がないからといって放っておくと後で大変なことになるという患者さんへの啓発と、土日や夜間でも開いているクリニックの必要性を感じています。
糖尿病はどのような点が怖いのでしょうか?
糖尿病の典型的な症状は、喉がかわく、排尿回数が増える、痩せてくる、疲れやすいなどですが、これらが出てくるようになるのは、血糖値の高い状態が長期間続いた後です。検診で血糖値がものすごく高くても全く症状のない人も多く、合併症が出ても本人が気づいていないこともよくあります。
糖尿病の合併症で怖いのは「しめじ」です。「し」は神経障害、「め」は網膜症、「じ」は腎障害。神経障害は足がしびれたり、つったりして気づくことがありますが、眼底出血は目の端のほうから始まるので、最初のうちは視力に影響しません。ですので、気づかないでいるうちに突然目が見えなくなってしまうことがあるのです。現在、失明原因の第2位が糖尿病です。腎臓が悪くなったときも、尿にタンパクが出るだけで症状としてはわかりません。そのまま悪化すると最終的には腎不全になり透析を導入することになります。毎年約1万5000人が、糖尿病がもとで透析になっており、透析導入原因の第1位が糖尿病なのです。
もっと怖いのは「えのき」です。「え」は足の血管が詰まったり感染によって腐ったりする壊疽、「の」は脳梗塞、「き」は狭心症。糖尿病になると認知症も増えますし、歯周病にもかかりやすくなります。感染症に弱くなるので、インフルエンザや肺炎が命取りになることもあります。傷が治りづらいので手術も大変です。まさに「糖尿病は万病のもと」なのです。
私がいるような大きな病院へは、重症になってから来る人が多いのです。初期のケースでは検診で血糖値が高いことが判明し、近所のクリニックに行くことが多いと思いますが、治療がうまくいくかどうかは、そこで最初に診る先生がどの程度糖尿病に関心を持ち理解しているか、それをいかにわかりやすく患者さんに説明するかが大きく影響してきます。重症の糖尿病患者さんを増やさないためには、プライマリケアを担う開業医の先生にアプローチし、正しい糖尿病診療の知識を伝えていくことも大切だと考えています。
糖尿病は検査と勉強の病気
読者の方へのアドバイスをお願いします。
糖尿病は検査と勉強が必要な病気です。まず、年に一回は必ず検診を受けるようにしていただきたいですね。初期の段階では、糖尿病があるかどうかは検査をしないとわかりません。家族に糖尿病患者さんがいる人や太っている人は要注意です。検診で血糖値が高い、尿糖が出ているなどと言われた場合は、放置しないようにしてください。そのまま放っておいては、検診の意味がありませんから。
血液検査で目安となるのは、HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)です。ここからわかるのは過去1〜2カ月の平均血糖値で、6%以下だと正常です。7%以下にできれば合併症はそれほど心配ありませんが、8%以上になると後の健康への影響が大きくなります。これは体温になぞらえて覚えると簡単です。体温から30を引いて、7℃以上あれば微熱、8℃だと明らかに熱がある状態、9℃以上あれば高熱の状態と考えるとイメージしやすくなります。
糖尿病で重要なのは、早く見つけて早く対処することです。初期のうちなら、糖質を減らしゆっくり食べるようにする、といった食生活の改善で血糖値を抑えることができます。ポイントは20分かけて食べ、20回よく噛み、20分歩くことです。20という数字で覚えてください。きちんと3食食べることも大切です。食事の回数を減らすと、1食の分量が多くなってしまうためです。「糖尿病の主治医は患者さん自身である」という言葉があるのですが、食事には自分自身が主治医になったつもりで気をつけていただきたいですね。
糖尿病の治療においては、どのようなことに気をつければよいでしょうか?
テレビや本では「これをやれば絶対良くなる」というものがよくありますが、医療の世界で「絶対」というものはありません。どんな分野でも極論はよくないと思います。糖質制限食に関しても、糖質さえ取らなければカロリーを気にせずいくら食べてもいいというのはやはり極論です。糖質を全く取らないで肉ばかり食べていれば、総カロリーが高くなりますし、脂質やタンパク質が多い食事を長期間続けると、コレステロール値の上昇や動脈硬化にもつながります。
私が推奨しているのは、1食の炭水化物を50gぐらいにし、糖質を全カロリーの半分程度までに抑える「ゆるやかな糖質制限食」です。各栄養素のバランスを考えて3食きちんと食べるのは難しいことですが、ごはんを半分残したり、チャーハンとラーメンはやめて幕の内弁当にしたりする程度であれば、続けられる人も多くなると思います。
糖尿病治療の真の目的は、血糖値を下げて体重を減らすことだけではありません。10年後に先ほどの「しめじ」や「えのき」になるリスクを減らし、元気で長生きするためでもあるのです。そのためには無理なく10年続けられる食事のコントロールが重要です。
糖尿病患者さんを診療していて感じるのは、初期のうちにアプローチして、日頃の生活におけるアドバイスをしっかり伝えることの重要さです。それによって患者さんが早めに軌道修正することができれば、合併症を起こすこともなく、ずっと元気に暮らしていくことができます。すべてのみなさんがそうなれば、いいですね。
インタビュー・文 / 木村 恵理