細分化された専門スタッフがチームで診る
心臓外科医の立場から見て、アメリカの医療が良いのはどのような点ですか?
1人の患者さんにさまざまな医師やセラピストなどがチームとして関わる点ですね。アメリカの心臓外科手術では、心臓外科医のチームに加え、集中治療室の医師、循環器内科医の他、理学療法士やケースマネージャーなども入って治療方針を決定します。そのため、主治医が退院して良いと判断しても、他のスタッフがまだだめだと言えば退院できません。チーム内には垣根がなく、連携しながら患者さんに関わっていくので、合併症を起こした際も手厚くケアを受けられるのは、アメリカの医療の良いところだと思います。
入院期間は、やはりアメリカのほうが短いですか?
そうですね。アメリカは短いです。日本では入院してから術前検査をして、手術後にリハビリを行い、退院までに10〜14日はかかっているのではないでしょうか。アメリカでは検査は外来で行っておき入院当日に手術をします。術後は集中治療室(ICU)に1〜2日入り、5日程度で退院してもらうことを目標にしています。退院後の受け皿も整っており、手術で筋力が落ちた患者さんはリハビリの専門病院へ、人工呼吸器をつけた患者さんは人工呼吸器の離脱に特化した専門の病院へ、というように、自宅に帰れない場合でもすぐに転院できる体制があります。
入院期間が短い背景には、医療費が高いので患者さんが早く家に帰りたがるという事情もあると思います。アメリカでは保険なしで一日入院すると、一般病棟で約2500ドル、ICUでは約7000ドルかかり、あっという間にお金がなくなってしまいます。以前、アメリカ旅行中に心臓発作を起こした日本人患者さんがいました。カテーテル治療を行ったのですがそれでは治せず、緊急でバイパス手術を行いました。術後に合併症を起こしてしまい、ICUに約3週間、一般病棟に約1週間入院して、病院からの請求はなんと1億円を超えていました。
アメリカの心臓病治療事情
アメリカの心臓外科領域では現在、どのような治療が行われていますか?
基本は日本とあまり変わらないと思います。アメリカでしかできない治療もありますが、いくつかの領域に関しては日本のほうが良いですね。
アメリカでは、心臓移植、膜型人工肺(extracorporeal membrane oxygenation:ECMO、エクモ)、補助人工心臓(ventricular assist device:VAD)が日本よりも普及しています。心臓移植は日本ではまだ受けづらいと思いますが、こちらではフィラデルフィアだけでも4つの病院で実施しています。
一方で、狭心症や心筋梗塞のカテーテル治療は日本の方がうまいと思います。日本にはカテーテル治療の職人のような医師がたくさんいますよね。アメリカの方が、治療成績がいいように見えるのは、患者数が多いためだと思います。
近年はカテーテル治療が進化して、日本と同様にアメリカでも広がってきています。アメリカでは、ある程度リスクのある患者さんでも積極的にカテーテル治療を行っていますが、心臓外科に相談しなくても循環器内科だけで問題なく実施しています。その背景には合併症を起こしてしまうようなことがあっても膜型人工肺(ECMO)を使えることがあります。
○勘三郎さんも最後に使用したエクモ(NEWSポストセブン)
http://www.news-postseven.com/archives/20121217_160436.html
カテーテル治療が増えた分、心臓外科で行う冠動脈バイパス手術(coronary artery bypass grafting:CABG)は減ってきていますね。これも手技は日本のほうが上だと思います。日本では心臓を動かしたまま行うバイパス手術(off pump CABG)も多く行われていますが、アメリカでは人工心肺装置を使い心臓を止めて行うバイパス手術(on pump CABG)がスタンダードです。
補助人工心臓(VAD)についても、アメリカでは長期にわたって付けるケースがどんどん増えています。VADの安定性が増し、問題が起こって取り替える場合の手順も定まってきています。しかし、これが日本でもできるかというと難しいかもしれません。VADを付けていると、検査のため2週間に1回ぐらいは病院に通う必要があります。アメリカだと地域の病院で検査を受けられますが、日本の場合は大学病院などの大きな病院に通院しないといけません。日本では人工心臓をつなぐ線が体から出ている見た目が、受け入れられにくいこともあるでしょう。
英語の勉強のためにアメリカへ
先生の今までのキャリアを教えてください。
長崎大学医学部を卒業したのは1990年です。英語ができなければ論文も書けないし発表もできないと思い、卒業後の研修は受けず、語学留学でアメリカに行きました。しかし、英語を勉強するだけではつまらないので、アメリカの診療資格であるECFMG試験を受けました。これが、アメリカで医師をやるきっかけになりました。
その後は、研修医として働ける病院を探すために、自分で100以上のアメリカの病院へ応募して10か所程度で面接を受ける機会を得ました。最初の研修先はニューヨークのセントルークス・ルーズベルト病院で、マンハッタンの真ん中にありました。面接でプログラムディレクターと話をしたのはたった5分で、自分では落ちると思っていたのですが、どういうわけか受かりました。後で聞いてみると、私はハーバード大学で公衆衛生学を学んでいたことになっていたそうです。これは多分、推薦状の1枚に「ハーバード大学公衆衛生学に研修で来ていた」と書かれていたのを「ハーバード大学卒業」と勘違いしたからだと思われます。
こうして入ることになったニューヨークの病院での外科研修は1年ごとの更新制で、上にあがれるかどうかはサバイバルでした。加えて1年目は「お前の英語は分からない」と言われ、かかってきた全ての電話に対して、直接患者のところまで行き診察をしていました。しかし3年目にもなると「俺の英語をお前たちが分かろうとしない」と言える度胸もついてきましたね。
その後は一度帰国して、順天堂大学心臓外科教授の新東京病院で天野先生の下で修業しましたが、天野先生の勧めによって再度アメリカで働くことになり、クリーブランドクリニック、ドレクセル大学ハネマン病院、トーマスジェファーソン大学病院と移動して、現在に至ります。
今後の目標はどのようにお考えですか?
今は心臓手術よりICUでの仕事が多くなり、そちらのほうが楽しくなっています。勤務時間や休み、収入など、今と同じ環境を日本で求めるのは難しいので、今後もアメリカで今やっていることを継続していき、その中で何か貢献できたらいいですね。
インタビュー・構成 / 田上 佑輔 編集 / 北森 悦、木村 恵理