待合室で学び、地域を繋ぐ
先生が今取り組んでいらっしゃるプロジェクトについて簡単にご説明いただけますか。
「待合室から医療を変えようプロジェクト」、略して「待ちプロ」は、待合室の有効利用をしようというプロジェクトです。2012年に立ち上がりました。全国に30万カ所もある待合室の有効利用を、一般社会に対して啓発しています。
有効活用方法としては大きく2つに分け、「学びの場」と「地域を繋ぐコミュニティの場」があります。
私自身は、待合室の可能性を提唱している立場なんです。
実際待合室で、「学びの場」としてはどんなことをされるのでしょうか?
現在動いているのは、ビデオコンテンツ作りです。
「正しいダイエット」というテーマで、スポーツ医学の先生にお話してもらうビデオを撮影予定です。映像のプロの方にも入ってもらって、5分くらいで見られる内容にする予定です。専門家の方がカメラの前でただ話すだけだと、難しくて見ないでしょう?
他にも、例えば「エンディングノート」についてのビデオも撮影する予定です。皆聞いた事はあるけれど、実際に何を書くのかは知らない事が多い。待合室で5分程度で見終わったら、そのあと自分で書いてみることもできます。
それから、栄養士さんが「最近どんな食生活をしていますか?」というような簡単な語りかけをすることもあります。これだと、目の前で話してもらっているのでもう少し長くお話を聞くことができますね。
また、もう一方の待合室で行うコミュニティ作りには、どんなものがありますか?
そうですね、例えば、待合室でミニオーケストラによるコンサートを開催をしている診療所があります。これまでに400回くらい開催しているんですよ!最初は患者さんのためだったのが、今では地域住民の方のためになっているんです。
私のクリニックの待合室の横のスペースでは、私自身が絵画や写真が好きなこともあり、ある写真家の方の作品展を行いました。
短期間でしたが3,000人もの方が見に来られました。
コピーしたポスターではなくて、描いた方や撮った方の魂が宿った作品を置く事は、診療所に息が入るようなもので、嬉しい事です。
また現在、待合室ごとカフェにしようと動いている病院もあります。カフェだとより周りの方ともお話しやすいですし、リラックスできますよね。
待合室で狙う効果
先生、待合室が学びの場やコミュニティの場として機能すると、どんな素晴らしいことがあるのでしょう。
全国には約30万カ所(診療所10万か所、病院各科10万か所、歯科7万か所)の待合室があり、長時間待つ方がたくさんいます。
待合室にいる時間は平均40分、短くても30分はあります。これはもう必要悪と捉えることにしたんです。
待合室がコミュニティとして機能してもっと楽しい場所になり、その先に医療情報の楽しい提供があれば、自然と医療に触れる時間や学ぶ時間が増えます。そうすると患者さんの医療に関する知識レベルも上がり、診療に来る必要も減ります。それに、待合室で効率的な医療情報の提供があれば、看護師や医師にとって説明する時間も省けます。
みながほしがっているのは、処方箋の前にまず医療情報なんです。それは、診察室に入る前に待合室で分かる事かもしれない。だから、この待合室で、まずは情報提供が出来ればと思ったんです。まずはコミュニティとして来やすくする。その先に、医療情報を「学べる場」があると思います。
東日本大震災で「じっとしてはいられない」という気持ちに
ところで「待ちプロ」の活動は、普段のお仕事とはまた別に行われているとお聞きしました。プロジェクトを始めることになったきっかけがあれば教えてください。
東日本大震災です。あのとき誰もがそうだったように、私も「現場へ駆けつけたい、助けにいきたい」と思っていました。でも、自分の目の前にいる患者さんを放置していくわけにいかない。患者さんの価値は同じですから。でも後ろめたかったのです。
またそれまで、無意識のうちに、何があったら政治家や専門家など、「誰か」が助けてくれると思ってしまっていたが、震災でそれは妄信だったことを確信しました。とはいいながらも、自分自身は何をしているわけでもない。でも、そうやってみんなが思っているぼんやりした人の総体が、「誰か」なんじゃないかと気付いたんです。だから自分自身、やれることをとにかくやってみようと思ったんです。
目の前にある問題に対して、何もせずじっとしていてはいけない、と思い、東京大学公共政策大学院が主催する社会人を対象とした医療政策を考える勉強会へ、毎週一回診察後に通い始めました。
勉強会の中で、いくつかのチームに分かれ、それぞれプロジェクトを立ち上げました。その中でこの「待合室から医療を変えようプロジェクト」は、一般の方も参加できるようにしたいと思っていました。立ち上げた翌年にはシンポジウムで発表を行いました。他のプロジェクトはどれもそこで終了しましたが、「待ちプロ」に関しては「ここで終わるのは勿体無い」と言う事になり、現在まで継続しているんです。
メンバーは、転勤等で出入りはありながらも現在14名います。もちろん、「待ちプロ」の中でさらにテーマが分かれているので、それによって人数も変わります。
診察が終わってから勉強会に参加するのは体力的に厳しい事もありましたが、こうやってプロジェクトが社会に広がっていくのはとても楽しいですね。
待合室をアート発表の場や話し合いの場に
普段のお仕事から大震災、大学院の勉強会、そして今のプロジェクトに繋がっているんですね。最後に、読者のみなさんにメッセージをお願いします。
医療は他人事じゃありません。決して特殊な領域じゃないんです。若いみなさんにも、医療知識に少しでもアクセスしやすい環境を作っていただけたらと思います。
待合室を有効活用して、待合室で効率的に医療情報を広めることができれば、ある程度の自己コントロールに結びつく。それによって、国民が皆「自分の主治医」に近づきます。みなが基本的な医療の知識を持って、積極的に自分の主治医の役目をしてほしいのです。
まずはみなさん、待合室をコミュニティの場、発表の場として使ってみませんか。診療室は医者の領域、家は患者の領域。その中間にあるのが待合室です。コミュニティの場として利用してみませんか。試しに一回、「ミーティングの場として待合室を貸してもらえませんか」と地域の診察所に掛け合ってみてください。
私は診察終了後に待合室を開放して、話し合いの場にすることができれば良いと思っています。「5時から待合室」というのがあってもいいですね。犬が迷子になったら、待合室に張り出してみてもいいかもしれません。小児科や耳鼻科ならば、子育て相談の場としての待合室の利用方法を提案することもできます。
もしあなたの友人に、写真や絵画のアーティストがいたら、ぜひ「診察所の待合室に飾ってみたら」と提案してみてください。
ぜひ、自由な発想で待合室を使ってみてください。みんなが関わる医療産業だから、もっと知恵を出し合って、可能性を広げる余地はあるんです。
ライター・インタビュアー/松澤亜美