マネジメントにより、組織としての力を発揮させる

―2年半で4つの年中無休クリニックを開業された経緯を教えてください。

　勤務医時代、「本当に患者さんのためになる医療」を提供していくために何が必要かを、とことん突き詰めて考えていました。その結果、医師同士をはじめ、医療に携わる様々な職種の人たちが連携し、組織として力を発揮することが必要だと考えました。現状の医療では、職種間の隔たりや縦割りシステムがあることによって、組織として力を発揮することがなかなかできていないように感じたからです。これを解決し、医療に携わる人々の連携を強化するためには、組織をマネジメントすることが必要だと考えました。

　当時はマネジメントの知識や経験がほとんどなかったこともあり、まわりの人に話しても「ある程度上手くいっていることを、わざわざ荒立てることはない」と、考えをなかなか受け入れてもらえませんでした。それなら自分で組織をつくり、地域の人に提供するところから始めてみようと思い、開業することにしました。

　クリニックを複数展開することは、当初から決めていました。というのも、より多くの現場で様々な施策を実践してみることで、より良い医療が生み出せると思ったからです。複数の異なる拠点がそのように力を合わせて同じことに取り組んでいくためには、情報の共有化が大切だと思います。複数のクリニック間で円滑に情報共有できる仕組みをつくりつつ、今後もクリニックを展開していきたいと思っています。

―365日対応のクリニックを増やしていくとなると、人材集めに苦労されそうですが……。

　初めのうちはスタッフ一人当たりにかかる負荷が大きくなってしまっていたと思います。段々と一緒に働いてくれる人が増えてきて、その中でシフトを仕組み化したことで、4年目に入りようやくまわるようになってきました。

　また、メディアにも私たちの医療法人が考えていることを取り上げてもらうことができたので、「理念に共感したから一緒にやりたい」と連絡してくれる方もいて、自然と人が集まってくるようになりました。しかし、日々忙しい医療現場で働いていると目標を見失いやすく、仕事が辛くなり続きにくくなってしまいます。そこで、面接時や日々のマネジメントの中で、個人個人がここで働くことで何がしたいのかを共有し、認識を合わせるようにしています。

○医療法人社団ナイズ概要
http://www.mnys.jp/

―スタッフが増えていく中で、どのように組織をマネジメントされていかれたのですか。

　組織が目指す方向を常に発信し続けていくことに、多く時間を割いています。そうすることで個々が方向に沿った判断をし、責任感を持つことで個人の仕事の楽しさも生まれ、上手く組織がまわるようになっていきます。

　「医療は最終判断者が医師だから、できることが少ない」と思う方もいると思いますが、医師から指示を受けなくても、そこの業種だから判断できることや、職種ごとの役割は沢山あると思います。医療の現場だからこそ強い責任感を持ってもらうために、「自分の力で物事を決める」という瞬間を、スタッフに多く提供するようにしています。判断するためには色々な知識や勉強も必要ですが、自分たちで判断できる環境を作ることが大事だと思うからです。

　ただ、個々の決断が間違った方向に反れてしまうこともありますよね。また、判断を人に帰属すると、「あの人は機嫌が悪いからこんな決断をしたんじゃないか」と捉えられてしまうこともあります。そこで『ビジョンブック』というものを作り、理念やミッション、スタッフの心得、組織が大事にしていることなどをきちんと文字化しました。判断に迷う際の指標になりますし、『ビジョンブック』を軸とした判断なら、「組織を大事にした上での判断」だと、誰もが納得できるようになります。

様々なノウハウを使い、より良い医療を提供する

―問診システムへのITの導入は、開業当時からですか？

　そうですね。従来の電子カルテは、紙で書いていたものをただ単に電子化しただけのものだったので、毎回問診に手間と時間かかっていました。そこに、ITのメリットを生かして作業を効率化できれば、毎回患者さんたちに同じ質問を繰り返す必要がなくなり、待ち時間の短縮にもつながって、患者さんの満足度も上げられるのではないかと考えました。そこで理想の電子カルテを自ら構想して設計図を書き、設計の方と共に現在のシステムを作ったのです。

　現在クリニックで導入しているシステムでは、待ち時間にiPadで5～10分の問診を受けてもらうか、来院前にご自宅などからインターネットで問診を済ませていただくことで、診察前に全て情報がパソコンの中に入力されている状態になっています。このシステムにより、患者さんの話を聞くことに専念できるようになりました。また来院時間が決まっていない場合でも、インターネット問診を済まされた方を優先的に案内することもできるようになりました。それ以外にも、クリニックの治療方針をシステムに組み込んでいるので、看護師や医療クラークが電子カルテ見て、方針に基づいた薬の選択方法や治療方法を患者さんに説明することができる仕組みになっています。

　将来的には、電子カルテを患者さんに開示したり、自分の健康の記録を持ち歩けるようなものを提供したいと考えています。ITを活用することで、もっと人でしかできないことを医師がしていけたらいいなと思います。

―今後、クリニックを展開されていくにあたって、取り組まれていきたいことはありますか？

　「年中無休で夜まで診察できる」という利便さのみではなく、医療の根本を変えるような予防医療を提供できるクリニックを今後増やしていきたいと思っています。実際に病気になった人を診ていくだけでなく、病気になる前の地域の人たちに向けて、運動や食事などの予防医療に関して何か提供できないかと、現在試みているところです。

　近年、生活習慣病予備軍に当てはまる子どもが多く、肥満のリスクも高くなっています。そういう子どもたちに良い生活習慣を作ってもらおうにも、ほとんどの場合は親の習慣が子どもに移っているので、最終的に変えないといけないのは親の習慣です。親御さんたちに対して、具体的なアプローチをしていくことが、将来的に子どもの健康へとつながってきます。

　アプローチしていくにあたり、私自身アメリカのスポーツトレーナーの資格を取ったり、医師会のスポーツドクターの勉強をしたりしてきたのですが、勉強をすればするほど、私が今まで生活習慣病の患者さんに言ってきた指導では全然足りなかったと実感しました。もっと具体的に個人レベルで、生活に落とし込めるような運動指導がなければ、実際には何も変わりません。

　また、健康を作り出すためには、患者さん自身が納得して行動を変える必要性があります。そんな時に様々な組織が持っている良いノウハウを、もっと医療の中に取り入れていけたらと思い、現在他分野との交流を心がけています。今はゲーム業界に注目しているのですが、例えば「競争」というゲーム性を持つなどして環境を変えると、人の行動は変わります。歩いてくださいねと言われても、分かりましたと口では言いながら実際には運動しませんが、「お互い競争してどっちかが勝ったら何かしてあげますよ」と言うと少し頑張ろうと思いますよね。

「誰のための医療なのか」に立ち返る

―現在の活動をされている中で、医療のどのようなところに課題に感じられていますか？

　患者さんと医療者の間の情報の格差が一番の課題であると感じています。いくら正しい治療法や予防のためにできることを患者さんに伝えようとしても、医療者側が自分たちの常識の範囲でそのまま伝えて説明を省略してしまうと、患者さんにはなかなか受け入れてもらえません。時間がなくて説明できないということも多いと思います。また、治療法を考えるにあたり、患者さんの背景もきちんと理解することも必要です。両者が可能な限り近づき、一緒になって考えていける環境を整えることで、よりよい医療が生まれると考えています。

　患者さんに疾患についてきちんと理解してもらうために、小児科の初診の方には「小児科受診ハンドブック」というものを、その後も各疾患に合わせた説明書を渡しています。しかし、医学的根拠や様々なデータの統計を用いたとしても、最終的に人を動かすのは人だと思います。面と向かい、相手を思いやる気持ちを表現するなどしていくと、「そんな風に言ってくれるのなら信じてみよう」「生活習慣を改めてみよう」と思ってもらえるようになります。私自身勉強しつつ、より多くの医療者が人の心を動かすコミュニケーション力をつけられるような取り組みもしていきたいです。

―様々な取り組みに次々と挑戦されていく中で苦労や難題も多いと思います。先生を突き動かす原動力はどこにあるのでしょうか。

　365日無休で夜間も診療することを始めた時には、医局の先輩たちにも心配されましたし、今までにあまりないことをしようとしていたので、まわりから色々言われることもありました。その様な時には、「最終的に誰のために医療をしているのか」ということを考えるのですが、やはり患者さんや地域の人たちのためです。その人たちが必要としてくれていることであれば、やる価値はありますし、苦労も乗り越えられます。

　また、私の今までの人生の中で、世の中のことなど色々なことを教えてくれた両親や学校の先生、ピアノの先生、開業の時に支えてくれた人たちへの感謝や恩返しをしていという思いが根本にあるのだと思います。その人たちがいたからこそ今があり、社会のためになることをしていくことが、結果的には恩返しにつながると思うので。自分のためだと「まあいいや」と思ってしまうことも、誰かのためにと思うことでモチベーションが続いている気がするんです。

インタビュー・構成 / 左舘 梨江