1次・2次・3次医療の役割分担をしていきたい
―なぜ家庭医の道を目指されたのですか。
医学部に入るまでの医師との接点は、風邪を引いた時に診療所にかかるくらいのものでしたので、私にとって医師というと「町のお医者さん」でした。そのため医師になろうと決めた時も、そのままのイメージで「診療所の医師」を目指していました。
診療所の医師、つまりは家庭医を本当に目指そうと決意したのは、初期研修の時です。病院の先輩医師たちが休みなく忙しそうに働いている姿を目の当たりにしたことがきっかけでした。医師たちがこんなにも働き疲弊してしまうのは、風邪などの1次医療の患者さんから、入院や高度な手術など2次・3次医療が必要になる患者さんまで全て担当しているからではないかと感じました。そのため、「病院の先生には、主に重篤な患者さんを時間をかけて診てもらえるようになってほしい。もう少し役割分担ができないものか」と思っていました。
プライマリ・ケアの分野を整備し、1次・2次・3次の役割分担がきちんとできればより良い医療が提供できるのではないか。そう考えて、それを実現するために、私は家庭医として頑張っていきたいと改めて思うようになりました。
―家庭医を目指すにあたり、苦労されたことはありますか。
当時は家庭医を卒業後の進路に選ぶことに対する風当たりの強さを感じていました。医師の間では家庭医という言葉は知られておらず、そのような分野に進むことに対して、批判的な風潮がありました。授業や実習でも家庭医療のことを学ぶ機会はあまりなかったので、漠然としたイメージしかない状態で過ごしていました。
また、家庭医になるための情報が少ないことにも苦労しました。診療所へ見学に行ったり、先輩に相談したりもしましたが、家庭医になるために、どこでどのように学んでいったら良いのか分かりませんでした。そのうちに家庭医を目指すことが不安に思えてきて、初期研修の頃には、外科と家庭医で進路を迷うようになっていました。先輩医師の多い外科の方が進路としてとても安定しているように見えて、どちらに進もうか随分悩んだこともありました。
家庭医は、患者さんの人生を診る医者
―家庭医とはどのような存在でしょうか。
家庭医というのは、ただ疾患を診るだけでなく、患者さんの希望を理解し、家族、生活環境や今までの歴史も含めて診ていきます。人生を含めたところまで診ることができるという意味では、高齢社会においてとても頼りになる存在であると思います。今、日本の医療は変化の時代にあります。健康寿命と本当の寿命の差が大きくなっていることからも、医師は疾患以外の問題も扱う必要がでてきており、そこは家庭医に必要なスキルが大いに役立つと考えられます。医療が発展すればするほど技術的なことも専門分化されていきますが、人を診る家庭医療の必要性は今後さらにあがってくると思います。
家庭医の価値を広めていきたい
―家庭医として働かれるようになって、どのような点に課題を感じましたか。
教育の分野においては、プライマリ・ケアの研修を受けられる場が少ない事が課題だと感じています。私自身、できることなら研修も生まれ育った大分でしたいという思いがあったのですが、当時大分で家庭医の研修プログラムが組まれている病院を見つけることができませんでした。私の情報網が狭かっただけなのかもしれませんが、プライマリ・ケアの分野にはもっと人が必要なはずなのに、「なぜ町のお医者さんになるのにこんなにも苦労するのか」と疑問を抱いていました。
また、臨床の分野においては、プライマリ・ケアの中でも家庭医療とはどういうものかというのが、同じ医師の間でも知られていないことが多いと感じています。私が学生や研修医であった頃と比べると、今の教育の現場では、家庭医療を学ぶ機会が増えてきました。しかし、実際の現場では家庭医がやっていることがあまりよく理解されていないために、患者さんの紹介の際などで、うまく連携がとれていないように感じます。さまざまな科の医師がどのような立場で何をしているかをお互いが理解していると、患者さんの紹介などもよりスムーズになり、もっと良い医療を提供できるのでは、と思います。
―先生が感じられたそれぞれの課題が、今のご活動につながっているのですね。
そうですね。ただ、家庭医療というのは長い時間や経験の中で培われるものなので、教育の場をつくっていくにあたり、自分自身も実践を積み重ねることが必要だと思っています。患者さんや診療所のスタッフ、他の医療職や介護・福祉、行政の方々などとの関係性を時間をかけてつくっていくことで、初めて家庭医療を実践できていると言えるのだと思います。そのために、宮崎医院という個人の診療所で家庭医として働かせてもらっています。
とはいえ、自分自身が今の地域できちんとした家庭医になるまでに、かなりの時間がかかってしまうので、その過程の中でできる範囲のことをやっていきたいと思っています。そこで週に半日は大分大学で後期研修医を対象に家庭医療についての教育を行っています。また、家庭医や病院に勤務する総合診療医などのプライマリ・ケアに興味のある若手が集まる「日本プライマリ・ケア連合学会若手医師部会」というものの代表を務め、家庭医療に取り組もうとしている人を繋げることで顔の見える関係を作り、モチベーションを維持したり、切磋琢磨していけるような活動に取り組んでいます。
―どうしたらプライマリ・ケアの価値を広げていけると、お考えになりますか。
ベースは診療にあると思っています。良い診療をしていくこと、つまりは家庭医療の中で取り組んでいくべき困難事例にきちんと対応して役割を果たすこと。2次・3次医療機関の医師に納得してもらえるような紹介をしていくこと……。これらを一つ一つ積み重ねていくことで、病院で働く他の科の医師たちや他の職種の方たちに、「あの先生はなかなか良い医者だよね」と認めてもらえるようになります。家庭医が皆で切磋琢磨しながらそうした積み重ねをしていくことが、家庭医やプライマリ・ケアの価値を広げる基礎になると考えています。その上で、少し余裕のある人たちで、外部に発信したり、一緒にプライマリ・ケアに取り組む仲間を増やしたり、家庭医療を学ぶ機会を提供する活動をしていくことで、広がりを促進したいと考えています。
―今後の目標を教えてください。
現在、総合診療専門医を養成する専門医制度が構築されつつあるので、今働かせていただいている宮崎医院や大分大学でも、国の制度に合致するような研修プログラムを作れたらと思っています。研修プログラムについては、大学を拠点として家庭医を教育できる診療所を地域に増やしていき、さまざまなところで研修できるようにしていくことが目標です。また、学生教育への取り組みをしていくことで、診療所の医師が行っていることや、思いや使命を学生たちに知ってもらい、家庭医を志望する人を増やすとともに、家庭医にならなくとも将来的に上手く連携できるような医師を育成していきたいと思っています。
また、「若手医師部会」では、地域ごとや、初期・後期・JF5(医師10年目まで)といった世代別のコミュニティーがあり、さらに国際交流、病院総合医、多科・多職種連携など各分野のチームがあります。双方から支えられるような仕組づくりをしていき、より良い診療をするためのサポートをしていきたいです。
―最後に、プライマリ・ケアを学ばれる医学生・研修医に向けてのメッセージをお願いします。
医療と人生を上手にマッチさせて、その人にあった医療を提供する家庭医は、患者さんと向き合い続ける医者として、とてもやりがいのある仕事です。これまで独学で学ばれてきた分野でしたが、今は教育が整備されつつあり、以前より学びやすい環境になっています。プライマリ・ケアを目指したいと思ったら安心して飛び込んできてほしいです。大変ながらもとても大切でやりがいのある分野ですので、一緒に頑張っていきましょう。
(インタビュー / 渡辺 大、衛藤 祐樹 構成 / 左舘 梨江)
【インタビュアープロフィール】
渡辺 大、衛藤 祐樹(大分大学医学部プライマリ・ケア勉強会(OMPS)所属)
OMPSとは、主に身体診察や家庭医療を中心に学ぶサークル。藤谷医師と大分大学の総合診療科の医師、そして学生によって立ち上げられた。
藤谷医師をはじめとした全国のプライマリ・ケア医たちの指導の下、「ざっくばらん大分家庭医療ワークショップ」を毎年開催している。
ワークショップは今年で第5回目を迎え、今後ますます活動の幅を広げていく予定。