レジデントが方向性を見失わないために
―現在務めているのは福岡県飯塚市にある飯塚病院。そこでの取り組みから教えていただけますか?
飯塚・頴田家庭医療プログラムの臨床教育部長を務め、プログラムの企画やレジデントの労務管理を含めたレジデントのサポートを行っています。このプログラムではこれまでに6名の専攻医を輩出していて、現在は10名程が研修中です。ちなみに私自身もこのプログラムの出身です。
私は彼らの有形無形の悩みをしっかり聴くことを重視しています。彼らは診察業務を行いながら、家庭医としての勉強をしていかなければならず、とても激務です。だから研修内容のことでも労務のことでも、立ち話程度のちょっとした相談でも丁寧に聞いていくことが大事だと思っています。なぜなら、そうやってきめ細やかにサポートしていくことで、つまずきが重なり自分の目指している方向性を見失うことがなく、早く家庭医として成長できると考えているからです。また、私自身の研修中の経験も根底にあります。
―どのような経験をされたのですか?
私はもともと救急医を志望していたのですが、初期研修中はあまりベストとは言えない精神状態で、何とか研修をこなしている状態でした。レジデントの働き方に過酷な面があることは仕方ないかと思いますが、多少立ち止まってでもいいから、辞めてしまうことだけはしてほしくないんです。自分の心が折れそうになった経験があるからこそ、その思いが強いのかもしれません。
-病院外の活動としてはどのようなことをされているのでしょうか?
1つは日本プライマリ・ケア連合学会専門部会のうち国際活動班の幹事を担当しています。また、世界家庭医療機構(WONCA)のアジア太平洋地区の若手医師運動の代表も務めています。
国境を越えて同世代と学べる環境を広げる
―世界家庭医療機構(WONCA)での取り組みについて詳しく教えてください。
まずWONCAとは、1972年に発足した世界でプライマリ・ケアを目指している一般医・家庭医が所属する学会です。現在は約130カ国が参加していて50万人以上の会員がいる大規模な学会です。7つの地区に分けられていて、地区ごとに若手医師のネットワークづくりを推奨していて、私はそのアジア太平洋地区における若手医師運動の代表というわけです。各地区での活動以外にWONCA全体の取り組みもあって、その1つに若手家庭医の短期留学プロジェクトである「Family Medicine 360(FM360)」というものがあります。私はこれにも関わらせてもらっています。
―FM 360とは、具体的にはどのようなものなのですか?
FM 360では2~4週間、若手家庭医を他の国の若手家庭医がいる医療機関へ短期留学させています。ポルトガルの女性家庭医が始めて、当初はEU圏内で行われていましたが、数年前から留学範囲を全世界に広げたんです。その留学生あっせんを進めています。
海外留学に行く医師は一定数いると思いますが、同世代の同じ専門分野の仲間が働いている姿を直接見ないことには、どうしても「“外”から見てきました」という程度で終わってしまい、深くまで入り込み理解することが難しいと思います。しかし、自分と同じ世代の同じ家庭医が働いている現場にお邪魔したら、お互いに理解できる部分があり、深い関わりが持てます。深い関わりが持てることで、働いている環境や国の制度の違い、家庭医の役割の違い、課題の違いをお互いに勉強できると考えています。ですから、そのような関係性が築ける環境が重要なのです。
今までに全世界で30~40件の短期留学を成功させています。そしてプロジェクトを通して留学した家庭医は、必ずWONCAにレポートを提出する義務があるんですね。ちょうど今、そのレポートをデータとして集積している段階です。より広くこのプロジェクトを知ってもらうために、このデータをもとに対外的に発信できる形にしていきたいと考えています。
家庭医として“think globally, act locally”
―そのように海外の視点も持たれているのは、なぜですか?
例えば、日本のプライマリ・ケアについて必要か/必要ではないかなど、大きなテーマの議論をするときに日本国内にしか視点がないと、どこからどう話し合えばいいのか分かりにくいと思います。しかし国際的な視点を持っていると、日本のプライマリ・ケアの良い点/改善点がおのずと浮き彫りになってきて、その改善点についてどのような解決策があるのかを見つけ出しやすいです。
以前、韓国と日本の家庭医を比較したことがありました。すると、「高齢化率は似ている」、「在宅看取り率は同じくらい低い」、「フリーアクセス制度で、病院への手紙があると医療費が安くなる点も同じ」、「韓国の家庭医は8000人いるけど、日本の家庭医は500人で大きく違う」、「韓国のほとんどの大学には家庭医用のプログラムがあるから毎年300人ずつ増えている」、「日本は大学にあまり家庭医のプログラムがないから毎年50~70人くらいずつしか増えていない」など違いがはっきり分かったことで、自分自身の中で日本の家庭医を取り巻く環境を深く理解することができました。
―病院での研修プログラムと海外との関わりの2つの軸を持って取り組まれていると思いますが、今後の展望はどのように描いているのですか?
私の目標は「Think globally, Act locally」。お世話になっている地域に、きちんと医師として貢献したい。でも、考え方はグローバルでいたい。それを実行していきたいと思っています。
まずグローバルな面は、今お話してきたようなことに引き続き取り組んでいきたいと思っています。
ローカルな面では、日本の家庭医専攻医をもっと増やしていくことで、この日本に貢献したいですね。今日本の開業医は約10万人です。一方の家庭医療専門医は、専門医数が約500人。さまざまな議論がなされていますが、かかりつけ医の意義が高まる中で、家庭医はその素質を発揮することができ、現場の一番の監督のような存在になれるのではないかと思っています。ただ日本全国に浸透しているかというと、そういうわけではありません。まだ家庭医に出会ったことがない患者さんも多くいます。社会のインフラのような存在になるには、やはり数が必要だと思うのです。
社会がどんどん変わっていく中で、「結局、家庭医はあまり浸透しませんでした」という時代が来る可能性もあります。しかし私自身、家庭医療を日本や世界の若手医師の仲間たちと学びながら実践していてその面白さ、大切さを感じてきていますので、私は、あと50年くらいはここに力を注いでもいいのではないかなと思っています。