他診療科の協力が不可欠なフットケア
-形成外科医として、フットケアを専門にされるようになった経緯を教えていただけますか?
私は大学卒業後、東京大学の形成外科に入局し、6年間毎年違う病院に勤務しながら形成外科医としての研鑽を積みました。形成外科医を目指したのは、大学時代に形成外科は体表面をきれいに治すという職人のような仕事内容であることに惹かれて、自分も職人のように腕を磨きたいと思ったからです。
その後、恩師が杏林大学の教授に就任されていて、杏林大学に来ないかと誘われ赴任することになりました。ちょうど褥瘡など難治性潰瘍の治療を担う医師が足りていなかったので、そこのチームに入ることになったのです。そして、そのチームでフットケア外来を開設することになり、立ち上げに参加するうちに、フットケアにのめり込んでいきました。
-フットケア外来は当時、メジャーではなかったと思います。新しい外来を立ち上げていく中で、最も苦労したのはどのようなことでしたか?
足の病気は、さまざまことが原因で悪化します。中でも、大きな原因となっているのが糖尿病です。糖尿病になり足の感覚が悪くなったり、血流が悪くなったりすることで感染症にかかりやすくなり、それがもとで壊疽が進むことがあります。
ところが、このことが十分に広く知られておらず、非常に悪くなってから紹介されて来る方が多かったのです。正しい知識が周知されていない中で、治療しなければならなかったのには苦労しました。
―それはなぜですか?
足病の治療には非常に時間がかかります。そして糖尿病の合併症として引き起こされる足の病気は、形成外科医だけでは治せません。例えば血流が悪ければ循環器内科の先生に協力してもらいカテーテル治療をしたり、血管外科の先生にバイパス手術をしてもらったりしなければなりません。他にも、糖尿病代謝内科の先生に血糖値コントロールをしてもらう必要もあります。
ところが足の治療には、足のバイパス手術などのように非常に高いスキルが求められることも多く、それこそ足を専門に診るくらいの覚悟と情熱を持って治療に当たらないと、あまりいい治療成績が出ませんでした。そのため、長期に渡って他に専門領域のある医師に協力してもらうことはなかなか難しく、うまく治療が進まず、院内での連携がうまくいきませんでした。
ただ学外には、循環器内科や血管外科の先生で足の病気を専門になさっている先生方がいたので、その先生方と一緒にグループを作り、お互いに患者さんを紹介し合いながら協力して治療していくようにしていましたね。特に循環器内科の先生で足のカテーテル手術ができる先生がほとんどおらず、院内からの反発もありながら、最初は横浜市や横須賀市の先生方と組んでいました。
自宅でも病院同様のフットケアを
-杏林大学から東京西徳洲会病院昭島病院に赴任された経緯を教えていただけますか?
杏林大学の関連病院の1つで、東京西徳洲会病院の形成外科に欠員が出ました。そこで、自ら希望して赴任することにしたのです。私の思いとしては、西東京地区にしっかりとした形成外科の拠点を作りたいというのがあったのです。
-そこからなぜ病院を出て、TOWN訪問診療所を開設したのでしょうか?
東京西徳洲会病院でフットケア外来を立ち上げたら、想像以上に患者さんが多かったのです。東京西徳洲会病院フットケア外来の1回の外来患者さんは140名程。入院患者さんも常時40~50名います。これまでいた杏林大学病院は大学病院で、広域から患者さんが来るため、そのくらいの患者数は集まりますが、単立の私立総合病院にそれだけの人数が集まって、患者さんが溢れかえってしまったのです。
できるだけきれいに治療してご自宅に帰ってもらいたいとは思うものの、先程も言った通り、足の治療には時間がかかり、きれいに治すためには2~3カ月程かかります。その全期間、入院治療で診ていくことは難しいです。一方でご自宅に帰しても、今度は傷を診てくれる医師がいません。訪問診療をお願いしても、訪問診療医は基本的に内科の先生方が多いので、足の傷を専門的に診ることは難しくなります。そして、足に傷のある患者さんに通院を強いるのは、患者さんはもとより、ご家族にとって大きな負担です。このようなジレンマを抱えていて、以前からなんとかしなければと思っていました。
行き着いたのは、傷の治療ができる医師が訪問診療を行うことで、ご自宅でも、病院と同じような環境で治療を続けられるのではないか、ということでした。病院としても入院期間を短くできて、外来患者数を減らすことができる。そして患者さんやご家族は安心してご自宅で過ごせる。皆がwin-win-winになれる。そう思い一度、病院に訪問診療実施を提案したのです。
しかしながら、大きい病院では1つの新しい診療科を開設するには多くの時間がかかり、なかなか進みませんでした。フットケアの訪問診療を思い通りのタイミングでスピーディーにやるには、自分で診療所を立ち上げるしかない―。そう思って、2016年夏から準備を始め、2017年4月にTOWN訪問診療所を開設しました。
患者数250名超。地域に出てみて分かった患者の多さ
―病院の外に出ましたが、難しいと感じるのはどのような時でしょうか?
自宅で病院と同じように治療しようと思っても、やはり当初考えていた以上に難しい側面はありましたね。病院では分からないことがあったらすぐに検査ができるので、明確な診断までにそこまで時間はかかりません。しかし、在宅では使える器具もやれることも限られているので、その中でいかに病院と近い状態で診ていくかを工夫しなければいけません。そこが難しい点ですね。
このような状況で診断をしていくにあたって最も気をつけているのは、小さな変化を見逃さないことです。例えば、小さな傷が次の訪問診療の時に、匂いがしたりしてもすぐに検査できません。もし感染症にかかっていて早期に入院治療が必要な症状だった場合、すぐに病院搬送する必要があります。そのためある意味、医師の動物的な勘、医師として積み上げてきた知識と経験に基づいた感覚を鋭く保っておかないと治療ができないと感じるようになりました。
あとは、患者さんを取り巻く環境がそれぞれ違って、病院で治療をしていく以上に、その点を考えた治療プランを組み立てないといけないことが、最初はとても難しかったです。
患者さんによって、経済的状況や使える医療介護資源、家族の協力度などが全く異なります。目の前の患者さんにとって最適な治療環境を作り出すには何をどこまで利用していくかを、ケアマネージャーさんや訪問看護師さん方を含めて皆で考えていかなければいけません。そのように人の生活も含めて全てひっくるめて考えて診ていく必要があるのが、病院との大きな違いであり、難しいところですが、一番大事なところだと痛感しています。
-現在、患者さんは何名程度いらっしゃいますか?
2017年12月時点で約250名の患者さんがいらっしゃいます。1日に15~16件のお宅を、非常勤医4名を含めた計5名で訪問しています。開設前は、1年間で100名程度集まればいいかなと思っていたので、こんなにも慢性潰瘍や褥瘡、足壊疽で困っている患者さんがいるとは思っておらず、私自身も驚いています。
―最後に今後の展望をお話いただけますか?
現在、訪問診療に行ける半径16kmギリギリまでカバーしているので、診療範囲をこれ以上広げることが困難です。そのため、サテライト診療所を2,3施設作りたいと思っています。目標は3年後までに3施設に増やすことですね。
そして最初にお話した通り、フットケアは形成外科医だけでは治療することができません。現在、非常勤で働かれている先生方の中に循環器内科の先生がいらっしゃるのですが、さらに多くの循環器内科や糖尿病専門医の先生方と協力して、在宅で慢性潰瘍を診るチームづくりができればと思っています。そして、私たちの診療所でつくったモデルを、他の地域にも展開していきたいですね。
(インタビュー・文/北森 悦)