目指すは需要にこたえる仕事と、日々の経験を大切にする教育
—現在はどのようなことに取り組まれているのですか?
国立国際医療センター病院の総合診療科診療科長として勤めています。地域や病院が必要としているのであれば、手術以外はなんでも取り組めるところに、総合診療科のやりがいと可能性を感じます。
課題意識を持っているのは、医師が都市部に集中し、国としても地域偏在、診療科偏在をなくしたいけれど上手くいかない現状です。医師に限らず、多くの人にとって自分の専門領域や働く地域を変えることに、難しさはあるでしょう。
しかし医師はこのような状況を自分の問題として捉え、状況の変化に応じていかなくてはいけない。解決のためならば頑固にならず、働く地域や内容を変えながら需要のある仕事をしたほうがいいと、考えています。そういった側面においても、総合診療医は柔軟な対応ができるのではないでしょうか。実際、総合診療専門研修プログラムでは1年間医療過疎地などで研修をすることが求められています。例として当院の専門研修プログラムは、宮城県に在宅療養支援診療所を開設している医療法人社団やまとと連携し、最大3カ月間宮城県北の医療過疎地で研修を積めるようにしています。
そして私自身、救急から総合診療に移った経緯があります。個人としてもいつか総合診療をやりたいという思いがありましたが、きっかけは病院の事情でした。救急医療より総合診療のほうが、各内科の専門分野についての知識も必要ですし、より深い治療にも踏み込んでいかなければいけませんから、今、まさにその学び直しをしています。大変さの一方でやりがいも大きいです。医師として10年以上キャリアを積んだタイミングで転向できたことは、自分にとってプラスだったと思います。
—2017年からは、医療教育部門・副部門長という臨床研修の責任ある立場にもなられました。国際医療研究センター病院では、大学病院に近い数の研修医を受け入れていらっしゃいますが、どのような仕事をされているのでしょうか?
病院の臨床研修システムを改善していくことが、自分に割り当てられた仕事のひとつです。毎年研修医のプログラムを組んだり、より良いものにしていくために研修医だけでなく研修内容も評価したりしています。これらは年単位、月単位の仕事ですね。他には教育的なイベントのセッティングをしたり、研修医や指導者からの突発的な問題の相談にのったりもします。
—教育において、大切にしていることはありますか?
日々の経験です。臨床研修や臨床実習での経験を、即時「これが倫理」「これが利他的精神」と言葉にあてはめて整理することは難しいけれども、あとから振り返ってみて、「あれが〇〇だったな」と理解できることはとても多いです。
だからこそ、そのような日々の経験を私自身が大切にしなくてはいけませんし、指導者としては、若い医療者の日々の経験1つ1つが、将来を良くする糧になり、社会に貢献できる医師を形づくるもの、と肝に銘じています。
医師としての倫理・姿勢を学んだ2年間
—医師を目指したきっかけを教えてください。
母が医師なので、身近な職業だったことが大きいです。東京大学医学部に進学し、弱小ではありましたがボート部に入り、体力的に鍛えられましたね。
卒業後は、聖隷浜松病院で地域研修を受けました。臨床研修を始める前は、特に何科に入りたいという強い思いはありませんでした。しかし聖隷浜松病院の研修プログラムが、救急と総合診療に重点を置くユニークなもので、やっているうちに、興味が救急と総合診療に向いていったように思います。
—研修の中で、印象に残っていることはありますか?
聖隷浜松病院は、「人間の尊重」「患者さん第一」「利他的精神」をポリシーとして謳っており、「私たちは利用してくださる方一人ひとりのために最善を尽くすことに誇りをもつ」という理念がありました。新人研修では、皆で理念を復唱し暗記します。当時は「独特だな」と思いましたが、人間性の尊重、利他的精神、チーム医療、教育への情熱、倫理面の考察や生涯学び続ける姿勢などを、2年間で偏りなく体験できました。
—その後、国立国際医療研究センター病院に移った経緯は?
友人の誘いをきっかけに見学にいったところ、スタッフが充実していて活気がありました。そして救急の患者さんを積極的に受けることを大切にしていた点も決め手になりました。そして2018年から総合診療科長を務めることになりました。
国立国際医療研究センター病院には、1990年頃から外来部門として総合診療科がありました。患者さんにとって必要な総合外来部門、そして臨床研修医が外来を経験し成長していく舞台として続いていました。それが2010年頃から、外来だけでなく病棟患者さんもみていく流れになり、そこから入院もあわせて持つ部門になっています。
総合診療科として目指す4つの「G」
—教育において、今後実現したいことは何ですか?
私が担っているのは国民に貢献する医師を育てることであり、その教育を高めていきたいと考えています。患者さんも国民も幸せにできるなら、それを務めとする医師もまた幸せですよね。医師が充実感を持って働くことができれば、患者さんも幸せであり、医療者全体も幸せになる。これが目指すところです。
その時に意識し続けたいのは「医学は一科目」ということです。医学教育学会の福島統先生(東京慈恵会医科大学)の言葉なのですが、基礎医学からすべての臨床医学を含め目的はただ一つ、患者さんや社会に貢献する医師を育てるということであると。そのためには、研究も各診療科も、医学という一つの科目だという考え方です。
基礎と臨床の間や、総合診療科とその他の診療科の間に、垣根はないのだと思いました。分かってはいても、常に意識し続けるのは結構難しい。だからこそ皆に伝えていくべき言葉だと思っています。
また、私以下の学年の方に、どんどん教育に熱くなってほしいという思いはあります。教育への情熱を維持させてあげるためにも、私たちが「教育は大切で楽しいものだ」と言い続けていきたいです。
—総合診療医として目指す姿についても、お聞かせください。
総合診療科には、目指す「G」が4つあります。1つは「general」。患者さんのあらゆる悩み、問題を解決するためにすべての分野を守備範囲にする。すべての関連医療、職種とのチーム医療も含みます。
2つ目は「global」。国立国際医療センターのテーマでもある、NCGM(National Center for Global health & Medicine)。外国人の診療や国際協力に目を向けていこうという意味です。3つ目は「geriatric」(老年病)です。世界一高齢化している日本で、高齢者の診療に皆で取り組もうという時、臓器別ではない総合診療が果たす役割は大きいと考えます。最後は「genuine」。誠実な、心からのといった意味から、真心を込めた医療で患者さんに最善を尽くし続けること。この4つのGを目指していきたいですね。
(インタビュー・北森 悦/文・塚田 史香)