経験とMBAでのノウハウを生かし仕組みを改善

―現在の取り組みについて教えてください。

2018年7月より一宮西病院 総合救急部救急科　部長に就任し、救急科の新たな体制づくりに取り組んでいます。当初は私1名でしたが、今年の4月から4名の救急医と16名の初期研修医が増え、着任後1年間で7189台の救急車を受け入れました。一昨年は5963台だったので、対前年比121％の伸び率です。

―具体的にどういうことに取り組まれたのでしょうか？

いくつもありますよ。例えば、着任前には、消防署の場所や地域のこと、そして住民の生活ぶりを理解するために、自転車で一宮市内を何度も回りました。それによって「このエリアの患者さんは、周囲に病院や介護サービスが乏しく、帰宅させても看てくれる人がいないから、通常は帰宅さる症状だけど入院させよう」というような、臨機応変な対応ができるようになります。

着任後は、救急隊とのコミュニケーションを大きく変えました。これまで長時間かかっていた救急隊との電話のやりとりを最小限にし、依頼も全て受けるようにしました。また、救急室内に一宮市内の地図を掲示し、各消防署をプロットして、全隊員の顔社員と名前を貼って分かるようにしたり、飲み会を行って交流を図ったり、顔の見える関係性を築きました。

さらに不定期ですが、救急隊向けの勉強会も行っています。最初の参加者は5名でしたが、今では1回に100名超が受講。愛知県だけでなく岐阜や三重など県外からの参加も増えています。内容としては基本的な救急知識やテクニックを教えていますが、救急隊はそのようなことを学ぶ場があまりないんです。

例えば、バイタルサインで一番大事な「呼吸回数」も、多くの救急隊員が意識していませんでした。その重要性を繰り返し伝えたことで、今では、他の病院から新しく赴任してきた医師も驚くくらい、全救急隊員が最初に伝えてくれるようになりました。

また病院内の変革にも取り組んでいます。その１つが患者さんの「待ち時間対策」。私が着任する前は、救急搬送は重症者、ウォークインの患者さんは軽症者だと認識されていました。ところが実際は、ウォークインの患者さんの15％が入院になりますから、軽症とは限りません。地域柄救急車を呼ぶのが恥ずかしいと我慢して来られていますから、実はウォークインほど危なく、待合で待たされている間にCPA(心肺停止)になることも少なくありません。

そこで待合室での滞在時間を短くするために、患者さんの問診票の記入をなくしてトリアージを導入しました。また私は現場で頭痛と嘔吐など、キケンな症状の組み合わせを体感していたので、JTAS（緊急度判定支援システム）にこの組み合わせを反映し、重症度のレベルを上げて共有しています。

一方、トリアージに行く前に、手の空いている救急医がすぐに患者を診療できる体制をつくり、トリアージ率は下げることにも努めました。トリアージ率が高いということは、それだけ待たされている患者さんが多いということです。80％だったトリアージ率が今では23％に引き下げることができ、待ち時間もかなり短縮されました。

―これらの新たな仕組みは、どこから生まれてきたのでしょうか？

前任地の名古屋掖済会病院での救急医療の経験はもちろんですが、あとは昨年取得したMBAで学んだことも活きていると思います。現在、医療業務の効率化や標準化に取り組んでいますが、それもMBAでのノウハウを応用しています。

診療行為の可視化もその1つ。よく対応する重症疾患は、救急医ならみんなが同じように診療できなければなりませんし、医師によって指示が異なるようでは、看護師や研修医も迷ってしまいます。そこで、病状ごとに診療内容を一枚のカードにして、ホワイトボードに貼るようにして、それさえ見れば看護師も研修医も必要なものを、迅速に準備することができるようにしました。

―実際、救急科では、どのようなことを大切に取り組んでいるのでしょうか？

「医師も看護師も困らないこと」を目標に取り組んでいます。そのため、その都度意見を聞きながらやっているので、みなさん非常に協力的で、楽しく取り組んでくれています。新たなことをやる時も、ERにある会議用テーブルにさっと集まって、10分ぐらいで「じゃあ、これとこれをやろう」と、どんどん物事が決まっていき、みんなのモチベーションが段々とあがっていくのがわかります。

患者の人生を変えられる存在に

―医師を選んだ理由を教えてください。

中学時代に友人に薦められた、漫画「ブラック・ジャック」の影響が大きいですね。「ブラック・ジャック」が面白いのは、病気やけがをしたのを機に起きてしまう患者の重大なイベントに、ブラック・ジャックが介入することで、その患者の人生を変えることができる点です。そんな医師の関わりにすごく憧れがありました。

―しかし、医学部を志望せずに、京都大学工学部に入学されますよね。

そうなのです。医学部という畑違いのところに入って、本当にやっていけるのか――大学に入って3年間一人で悩み続けていました。周りに医療者がいなかったので、たぶん医師になるのに敷居の高さを感じていたのだと思います。

でも、人生一度きりなので、やりたいことをやらずに後悔して生きるよりも、挑戦してから後悔したほうがいい――そういう考えに切り替えられたのが大きかったですね。その後再受験し、富山大学 医学部に入学することができました。

―それから救急医を目指していたのでしょうか？

いいえ。最初は腫瘍内科医になりたいと思っていました。当時、「がん難民」という言葉があるくらい、どの先生に診てもらえば標準的な治療が受けられるのかガイドラインもない時代でした。そのため、困っている人がたくさんいたので、そんな患者さんたちの力になりたいと思っていました。

しかし、ある日研修でお世話になった某がんセンターの後期研修医に、「もし自分が診ている患者さんが急変したら、どう対処するのですか？」と聞いたところ、「大丈夫、向かいの救命センターに運べばいいから」と教えられたのです。

「医師免許をもっているのに、患者の急変を治療することができないなんて」と、その回答にものすごくショックを受けてしまって――。この経験から、専門性の高い分野に進む前に、基本的な対応をしっかり勉強しないと患者さんの役に立てないし、患者さんの人生を変えるような自分が目指す医師になれないと痛感し、まずは救急をしっかり勉強しようと考えるようになりました。

このように自分の考えが変わりつつあった時期に出会ったのが福井大学の寺澤秀一先生でした。寺澤先生は、救急医なのにまるで「町医者」のようでした。患者さんとその家族の目線に立ち、救急医である前に医師としてどうあるべきかを常に考えていらっしゃいました。救急医の果たせる役割が、私の想像していたものよりも広いことに気づかされました。

そして、救急医が頑張ることで、当直で本来入るべきだった専門医の先生が安心して休養を取ることができ、翌日のオペにも集中できる。それによって多くの命を助けることができる。私たちが救急医の仲間を増やしていくことで、結果的に、自分が診ていない患者さんも助けられるということを聞かされて、すごく共感し、後期研修は迷わず福井大学救急・総合診療部で学びました。その後、6年間名古屋掖済会病院で従事し、それから現在の一宮西病院の救急科に移り、今に至ります。

―どのような経緯で一宮西病院に移られたのですか？

実は、はじめ名古屋掖済会病院を出ようとは全く考えていませんでした。というのも、当時掖済会病院の救急科は次第に知られる存在になってきて、医師が集まる体制ができつつあったからです。

ただ、私個人としてはマネジメントを学ぶために、MBAの取得にも励んでいました。そのため新たな視点やノウハウを習得し、もっと上の立場に立って、医療の現場を変えていきたい。それによって私が目指す北米型救急をもっと拡げられるのではないかと思うようになっていました。

そんな時に一宮西病院からのオファーをいただき2108年7月に着任しました。

学べる仕組みを整備し、仲間を増やしたい

―今後、どんなことを実現していきたいとお考えですか？

これまで一宮西病院の救急科の体制づくりに注力してきたので、それをしっかり定着させて、地域の住民に還元していくというのが目標です。そのために、今後は初期研修医から専攻医、スタッフへと徐々にレベルアップできる教育プログラムをしっかり作って実施していきたいと思っています。

初期研修時には、診た患者さんをしっかり振り返る機会を与え学んでもらい、専攻医になれば、初期研修医に教える機会を与えます。そして年次が上がれば、運営を任せていきます。そして、ひとりであらゆることができるようになれば、私たち部長に助言ができるようなポジションを任せていきます。さらにその先は、スタッフとして患者さんのことだけでなく、部門全体として考えるなど、もう少し広い視野をもって取り組んでもらいます。企画の立ち上げや、専攻医の勉強会の監督や看護師さんらとの交渉など、人によっては役割を増やして、マネジメント力も身に付けてもらいます。

もともと仲間を増やしたいという思いがあったので、将来地元へ戻ったりする先生や研修医も、しっかりと標準的な医療知識や技術を持ち帰れるような教育プログラムを考えています。

―最後に、先生ご自身の目標をお聞かせください。

この病院で、やりたいことができているので、もともと目標としていた、患者さんの人生を変えられるような関わりをもっと増やしていきたいと思っています。救急医ときどき総合診療医・家庭医です。

そして現在、各診療科の人たちとも円滑にコミュニケーションが図れていて、自分の目指している救急科が浸透してきているので、チーム（病院）としてそれが実現できれば最高ですね。

（インタビュー・北森　悦／文・西谷　忠和）