病院食ではなく、病院内のレストランをサポート
早速ですが、先生の病院で行われている、レストランサポートプロジェクトについて簡単に教えていただけますか。
多くの方に、美味しく食べて健康になってもらうために、自分の病院の特性を活かした病院内レストランを作っていく、そういうプロジェクトです。それも、医療者側が押し付けでやるのではなく、患者さんや市民の方と一緒に「うちの病院らしいレストラン」を作ろうとしたのが始まりです。
入院患者さんに提供する病院食ではなく、病院内にあるレストランをサポートするということなんですね。
そうです。病院での食事というと、どうしても健康管理に偏りがちですが、そうではなく「美味しくヘルシー」「美味しく減塩」がテーマです。また、特に食事制限がない人でも、病院に美味しい食を楽しみにきてもらえれば、という思いもあります。病院は基本的に目的がないと行かない場所だし、怖いイメージがあるでしょ。でも、図書館みたいに、病気以外でもふらっと来てもらって、そこで健康の知識が得られる公共の場所になればいいなと。レストランを通じて、そういうことができればいいなと思っています。
地域を巻き込むプロジェクト
ちなみに、きっかけはどんなことだったのでしょうか?
事務の方から「レストランにあまりお客様がこなくて困ってる」という話を聞いたことが始まりです。普通の医師ならスルーするようなことですが、自分は「面白いことができるかな」と思いました。
ではそこからどんな風に進めていったのですか?
スタートは2012年5月頃で、このプロジェクトに興味を持つ人が、院内で7名集まりました。そのメンバーとの話し合いの中で、病院の外の方の意見を聞こうということになり、1か月後にfacebookで院外の方に声をかけて、ワールドカフェを行いました。
ワールドカフェとは、いくつかのグループに分かれて対話しつつ、時間で区切って一人ずつ交代で他のグループを回っていく対話式ワークショップです。医師や患者さん以外に、カフェの経営者の方など、様々な方が30名くらい来てくれました。
そこで出たアイデアを元に、更に話し合いをしていった結果『和食』『薬膳』『食べられない人たちが食べやすい、からだにやさしい定食』というテーマが挙がり、最終的に、『食べられない人たちが食べやすい、からだにおいしい定食』に収斂していきました。
『食べられない人たちが食べやすい、からだにおいしい定食』という言葉が出てきたのは、どんな背景があるのですか?
例えば、減塩や粗食が身体にいいと思って、高齢の方は特に意識してそうしがちです。すると味がしないので美味しく感じられず、だんだん食事を食べなくなって、低栄養になっていき、ついには体力が落ちてしまう。それによって余計に身体の具合が悪くなり、介護が必要になってしまう方もいます。
また、抗がん剤を使っている方は、薬の副作用で妊娠中の方のつわりのような状態になり、食べ物が受け付けられなくなってしまったりするんです。そこで、低栄養になっている方でも美味しく食べられたり、粗食が身体にいいと思っていたりする人へのメッセージとして『食べられない人たちが食べやすい、からだにおいしい定食』が生まれた訳です。
食欲が落ちてる時にも食べやすい味付け
減塩や粗食が悪い方向に行ってしまうこともあるんですね!では、そういった方々へ向けたメニューとして、例えばどんなものがあるのでしょうか?
抗がん剤で食欲が落ちている方なんかは、妊娠中の方と同じで、酸味があると食べやすくなるんです。なので、甘酢を使った酢豚などがありますね。他に、薬膳の考え方を取り入れ、季節の食材そのものの効能を利用したメニューや、「人は住んでいるところの食材をとるのが一番からだにいい」という「身土不二」という考えから、地元野菜も積極的に取り入れています。
ちなみに、ちょっと歴史の話になるのですが、『病院の世紀の理論』という本の中に「20世紀の医療は“病院に来た方を治す”医療だ」という一節があります。
20世紀に入るまでは、医師が自宅に診に来ることがステータスだったそうです。昔、「往診」や「置き薬」という仕組みが日本にもあったでしょ。19世紀までの医療は、もっと家庭でやってたんです。それが現代は逆転している。つまり、医療が世間一般から隔絶されてしまったんですね。しかし、これからはそれをもう少し住民の手に戻さないといけないと思います。
21世紀の医療の課題は、一人ひとりが自分の身体をどうセルフコントロールするかという事です。
例えば、加齢にともなう機能低下は、病院に入れば入るほど悪化します。病院は刺激が少なく、また入院すればほとんど歩かなくなるため、どんどん足が弱くなっていく。入院して濃厚な医療を受ければ全てがよくなるわけではありません。
そのように「病院にお任せしてれば大丈夫」という意識を変えていく必要があります。
病院に奪われた医療を、どう住民が取り戻していくか。自分達で問題をみつけ、自分達自身で解決するにはどうするか。
長野県の佐久病院の先生の言葉に「医療の民主化」というものがあります。こういった取り組みが「医療の民主化」のひとつの形になればいいなと。その一環としてのレストランプロジェクトなんです。
みなが健康を考える第一歩に
自分の健康を自分自身で取り戻す、セルフコントロールできるようになる足がかりとしての、レストランサポートプロジェクトなんですね。では今後、もっとこうなったらいいなと思うことはありますか。
まず、今の状態を維持できることが大事だと思っています。そして、レストランに来てくれた人に、食を考えること、日頃の養生をすることが大事なんだな、と思ってもらえたら嬉しいです。それから、今始めている「プラスケアプロジェクト」という、健康を意識したまちづくりのプロジェクトをうまく軌道に乗せたいと思います。
ありがとうございます。では最後に、読者のみなさんへメッセージお願いします。
レストランサポートプロジェクトを通じて、食材を選ぶことの重要性や、食べることが健康にとってどう大切なのかを学ぶきっかけになってくれればと思います。そして、自分たちで食について更に勉強して、セルフコントロールできるといいですね。明日からの健康を考える一歩にしてもらえればと思います。
インタビュアー/松澤亜美、ライター/福士侑生