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INTERVIEW

川崎医療生活協同組合川崎協同病院

総合診療科

吉田 絵理子

マイノリティはツールになる

川崎協同病院総合診療科において科長を務める吉田絵理子先生。研修医の教育に取り組みながら、医療従事者や医療系学生に「LGBTQs」に関する講演などを行っています。なぜ、こうした活動を行うようになったのでしょうか。その背景と、吉田先生が目指す医療や社会についてお伺いしました。

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つながっている研修医教育とLGBTQsの活動

-現在の活動を教えてください。

私が勤務している川崎医療生活協同組合川崎協同病院は、診療科ごとの枠にとらわれず、関連診療所などとの連携も図りながら、入院から外来・在宅までシームレスな診療を提供しています。その中で私は総合診療科に所属し、診断がつかない患者さんや、社会的困難にさらされているような患者さんたちの入院診療を行っています。

また7年前からは、研修医の教育も担当。初期研修医と後期研修医、約10名への勉強会や学習のアレンジなどを行っています。今はこの教育に、特に力を入れています。

そして個人的には、医療従事者や医療系学生向けにLGBTQsをテーマにした講演や原稿の執筆もしています。講演では、大学は5校、その他病院などに呼んでいただいて延べ1500名以上に話をしてきました。

-どういった経緯で、LGBTQsをテーマにした講演や執筆をされるようになったのでしょうか?

自分自身がLGBTQs当事者でもあるのですが、大学院に入り「LGBTQsと医学教育」というテーマでの研究に取り組み始めたことがきっかけでした。

もともと川崎協同病院を、臨床だけでなく研究にも取り組めるような環境にしたいと思っていました。そこで私自身が研究スキルを身に付けるため、3年前に東京慈恵会医科大学臨床疫学研究部に社会人大学院として入学。「LGBTQsと医学教育」を研究テーマにしました。

実を言うと、当初はLGBTQsではなく全く別のテーマの研究をしようと思っていたんです。なぜ研究テーマを変えたかというと、大学院への入学直前に、突然「ぶどう膜炎」という目の病気にかかり、2週間近く両眼がほとんど見えなくなくなりました。それによって、生活や仕事以外へのモチベーションが保てなくなり、研究への意欲も一気に下がってしまっていました。

どうしようかと悩んでいた時に大学院の担当教授が、「もしも吉田さんがやりたいのであれば、LGBTQsのことをテーマにしてもいいんだよ」と言葉にしてくださいました。この時初めて、LGBTQs について真正面から考えるようになったのです。

当時、私は教授など限られた人にしかカミングアウトしていなかったので、LGBTQsを研究テーマにしようとは、夢にも思っていませんでした。また、実際に研究テーマにするとなると、自分の性格上カミングアウトしなければやれないだろうと思いましたし、そうなると何が起こるか分からないので、圧倒的に不安な気持ちの方が大きかったです。そのため、しばらくは決心がつきませんでした。

それでもやってみようと思えたのは、以前からLGBTQsの人々が医療にアクセスしにくいことへの問題意識があり、当事者としても生きづらさや、常に世の中に何かを隠して生きているような居心地の悪さを感じていて、この状況を変えたいという気持ちがあったからだと思います。

カミングアウトしてLGBTQsをテーマとした研究に取り組んだことで、教育機関を中心に多数の講演や執筆依頼が来て、世界が一気に広がりました。それに自分自身も、気持ちの上で非常に楽になりました。カミングアウトも含めて、LGBTQsを研究テーマにして良かったと思うことがたくさん起こっています。

-現在、研修医や医学生向けの教育に精力的に取り組まれていますが、教える際に大切にされていることは何ですか。

研修医向けの教育を例に挙げると「医師の仕事は診察室だけで終わらない」ことを常に意識して伝えるようにしています。

例えば、新型コロナウイルス感染症でいえば、アメリカでは人種によって罹患率や重症化のリスクが大きく異なります。ここには「健康格差」や「社会格差」の問題が潜んでいます。

しかし普段、病院内で患者さんを診ていても、意識していなければ疾患の背景にひそむこうした問題に気付くことすらできません。患者さんを通して見える社会的な格差も健康に影響する問題として捉えて、「医師の立場から何か解決できないか」と考えられるような問いを投げかける勉強会を行っています。

川崎市川崎区には社会的な困難を抱えている患者さんが特に多いので、医療従事者は、健康格差や社会格差にさらされている人たちと常に向き合っています。実際、そうした人たちは医療へのアクセスも難しいことがあり、重症化してから来院されることも少なくありません。だからこそ、社会で起こっている問題を常日頃から考えることが大切になってくるのです。

一方、LGBTQsの活動では、医療従事者には性の多様性についての知識が必要だと理解してもらえるように努力しています。そして、セクシュアリティに関することだけではなく、医療従事者の偏見が患者さんへのケアに影響してしまうことがありえるのだと気づいてもらうきっかけになれればと考えています。それを認識できるだけで、その後の振る舞いも変わってきますから。

病院で取り組んでいる教育も、医療従事者や学生に行っている講演もつながっていますし、このような教育は、LGBTQsの活動とも本質的にはつながっているのだと思います。

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PROFILE

吉田 絵理子

川崎医療生活協同組合川崎協同病院

吉田 絵理子

川崎医療生活協同組合川崎協同病院 総合診療科科長
東京都出身。京都大学理学部卒業後、大阪大学医学部に学士編入。2007年に同大学を卒業。川崎医療生活協同組合 川崎協同病院にて初期研修を修了後、社会福祉法人聖隷福祉事業団総合病院 聖隷三方原病院で後期研修を受け、2011年より現職。2017年より東京慈恵会医科大学 臨床疫学研究部に社会人大学院生として所属。

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