◆広めたいのは「世の中がよくなる」医療
―PA制度を導入されて7年。現在の成果についてどう捉えていますか?
患者さん、ご家族、地域に対する成果で言えば、医師の力量に頼りすぎることなく、チームとして高いクオリティの在宅医療を提供できています。現在、法人全体で1200名の患者さんを診療しており、昨年は500名以上の方をご自宅で看取りました。そこには、PAの力が必要不可欠になっています。
一方医療業界への成果でいうと、PAという言葉は広がりましたが、その役割を正確に理解されている方はまだ半分くらいかもしれません。導入当時は「看護師ではない分、給料を抑えられて採用しやすい」「医師にとって便利なアシスタントになる」などの理由で、PA制度を習いたいという方が来られていましたから。
私たちは一から人を見て育て、その先に、患者さん、ご家族の気持ちを汲み取り成果を出す医療を実践しています。もし他院で同様のPA制度を導入しようとするなら、教育制度や活躍する場所づくりから始まり、極端な話、共に働く医師の価値観そのものも変える必要があると思います。
―PA制度の本質をもっと広く知ってもらいたいとお考えですか?
医療業界に広める必要があるのは、PA制度に限ったものではないと思っています。PA制度はあくまで1つの手段。私たちチームの理念は、「自宅で自分らしく死ねる。そういう世の中をつくる。」です。力量的にはまだまだですが、私たちがこの理念に基づいて人材を育成し、もっと成果を出せた時に、「世の中がよくなる」医療として広く発信していきたいと考えています。
―2021年4月に「おうちにかえろう。病院」を開設しました。その背景について教えてください。
やまと診療所として、自宅に帰って最期を迎える方々の支援を始めて9年目です。2020年度は、がん患者さんの看取りが344名で、非がん患者さんが169名。開院当初に比べて非がん患者さんを支える割合が大きくなってきました。そこで、もっと長い目で「ペイシェント・ジャーニー」を支える必要が生じたのです。
がん患者さんは比較的ADL(日常生活動作)が保たれていて、最後の2カ月ほどで急激にADLが下がることが多いです。
一方の非がん患者さん、例えば認知症やフレイルの患者さんは、症状の改善、増悪をくりかえしながら、ADLが少しずつ下がっていきます。期間が10年に及ぶこともあり、この方々を支えていくためには「最期は自宅で看取れます」というメッセージだけでは弱く「人生の最終段階をどう幸せに生きるのか」を、トータルで支える仕組みが必要ではないかと考えるようになりました。
その仕組みには当然、一時的な避難場所としての病院も必要になってきます。ですが現状200床以下の地域病院は疾患の治療中心で、退院する前日まで1日4回、看護師さんが薬を飲むところまで確認します。しかし家に帰った患者さんは、一人暮らしで、1日2食、菓子パンと牛乳という生活をしていることもある。だとすれば「生活を支える」医療をするべきです。その役割を担うために病院を開設しました。
◆この地域で最期まで生きられる、安心を
―患者さんの「生活を支える」医療を、もう少し詳しく教えてください。
急性期病院から自宅に帰る患者さんが「おうちにかえろう。病院」を経由することで、生活面、心を整えられる。そんな作用を担う病院です。もう1点、普段は家で暮らせる患者さんが、いざという時に避難できる場所になるという役割もあります。この病院があることで、「この地域で最期まで生きられる」という安心感を与える存在でありたいのです。
その根底には「こういう存在がなければ8割の人が病院で亡くなる世の中を変えられない」という問題意識があります。私たちの理念を実現するためには、在宅医療だけではなく、それをさらに強化する形で、地域医療をつくっていく病院が必要だったのです。
―病院設立にはご苦労があったのではないでしょうか?
よく「土地がない、お金がない、病床権が取れない。だからゼロから病院を作ることなんかできない」と聞きます。確かに、病院を作ろうと思い立っても、まとまった土地を確保することは難しく、見つかってもそこで病床権が取れるか分からない状態で、確保しておくことも難しい。ですが私たちは、同じ志を持ったパートナー企業を見つけることで、それを解消できました。ゼロから立ち上げる新病院の病床が120床も取れる前例もありませんでしたが、地域の医師会を説得したり、資金を工面したり、仲間を増やしたり……。そういったやるべきことをしっかりやったところ、いい方向に結果が出たのだと思います。
おかげさまで、病院運営は順調に推移しています。2021年10月までは80床しか稼働しておらず、患者数が50名くらいでした。11月にようやく120床を全て稼働させられたので、当初の計画と大きなずれはありません。
また病院内には、看護師やリハビリを担当する理学療法士、作業療法士が大勢います。将来的には彼らがやまと診療所や、2020年に立ち上げた訪問看護ステーションとシームレスに行き来できる構造にしたいと考えています。
―どのような患者さんがいらっしゃいますか?
大きくは4種類の患者さんがいらっしゃいます。1つ目は「ポストアキュート」という、急性期治療を終え、自宅に帰るための準備を必要とする方。2つ目は「サブアキュート」といって、自宅で生活してきたけれど、少し状態が悪化して治療を必要とする方。3つ目は「レスパイト」で、自宅で生活してきたけれど、ご家族が一時的に休息を必要とされている方。最後は「ターミナル」で、自宅で十分に生きたけれど、最期は家族に迷惑をかけたくない、一人で生活し続けるのは難しいなどの理由から入院を必要とされる方です。現在は「ポストアキュート」が半分、残りが「レスパイト」「ターミナル」という割合です。
◆“自分らしさ”を実現する医療を病院でも
―病院運営において、課題はありますか?
病院設立に当たっての私たちの問いは「患者さん、ご家族と我々医療人との関わりの中でチームを作り、相手の自分らしさを実現する医療を、病院でもできるのか?」でした。チームのカルチャー育成が鍵で、それがきちんと看護師やリハビリ担当の方々に伝わるのかという疑念があったのです。
ですがこの半年の中で、彼らが、患者さんやご家族に真摯に向き合いたいと思い、実際に表現することができている実感が得られています。もちろんまだ完成形ではありませんが、引き続き仲間を増やして精進していけば、地域包括ケア病棟の本来求められる役割を発揮できると確信が持てました。
―周囲の医療機関からの反響はいかがですか?
「自宅にいる」「施設に入る」など患者さんが望む未来を選んでいる。この意思決定に、どれだけ患者さんらしさを理解した上で踏み込めているかが私たちの成果です。
ところがこの成果は、急性期医療からは見えづらいので、「新しい」「きれい」といった外から見えやすい評価しかまだ得られていないと思います。「家で亡くなったけれど、それですごく良かった」という声が繰り返し急性期の病院に入ることで、初めて信頼ができていくのではないかと。
ただこの地域ではもともと、やまと診療所への信頼がありますので、これから徐々に病院への信頼も構築されていくのではないでしょうか。またやまと診療所があることで、他地域より在宅医療を受けられやすい環境になっています。がん患者さんをその日のうちに自宅に帰すことができるという選択肢は、地域の急性期病院にも強くあると思います。
より多くの病院にそのような意識を根付かせるためのアプローチとして、近隣の総合診療医との連携をしています。総合診療科でも「ペイシェント・ジャーニー」を学ぶ必要があると考えていらっしゃるので、若い医師が一定期間研修やアルバイトに来られたり、共通している患者さんの経過を定期カンファレンス「おうちにかえろう回診」で共有しています。この連携を通じて、患者さんが急性期病院を出た後の景色が、急性期病院の中に、徐々に広がっていっています。
―次なる目標としては何を見据えているのでしょうか?
短期的な目標は「おうちにかえろう。病院」が提供する医療のクオリティが担保されること。これには病院のスタッフが医療人としてきちんと成長していくことも含まれますし、既存のやまと診療所や訪問看護師、訪問歯科医なども含めたスタッフがシームレスにつながることも含まれます。ここで、最先端の地域医療モデルをつくっていきたいですね。
中長期の目標も数多くあります。ですが、東京23区の中でも在宅医療の潜在ニーズはまだ多くあり、需要は今後も増えるのではないかと考えています。その際にきちんと医療を提供できる体制をまずはつくりたいですね。より多くの人を巻き込んで、より良い医療を提供できる体制を広げていきたいと考えています。
(インタビュー・文/coFFeedoctors編集部)※掲載日:2022年1月5日