coFFee doctors – ドクターズドクターズ

INTERVIEW

子どもの虐待防止センター

子どものこころ専門医

山口 有紗

だれもがこころの揺らぎを知り、受け止めあえる明日を

2024年、挑戦する医師につながるサイト「coFFee doctors」は10周年を迎えます。多くの先生方のご協力があったからこその10周年。この間、社会の変化とともに、医師を取り巻く環境も大きく変化してきました。そこで、これまでの感謝も込めて、過去にインタビューさせていただいた先生方が現在、どういったことを考え、どのような活動に注力しているのかを伺う企画「coFFeedoctors 10years」を始めます。第7弾は、山口有紗先生。「子どもがしんどいときにこそ、安心してつながりを持てる社会を実現する」という信念の実現に向けて、臨床、研究、コミュニティ、政策など、多方面からアプローチする今日までのキャリアと、今後の展望を聞きました。

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◆病気の子どもにも一人の人間としての権利を

―前回のインタビューから今日までの歩みについて教えてください。

「すべての子どもがしんどいときにこそ、安心してつながりを持てる社会を目指したい」という信念は、前回取材を受けた時から変わっていません。当時は東京大学医学部附属病院の研修医でしたが、そこから医療という手段で何ができるかを考え、数年間は小児科で専門研修を受けました。

その中でチャイルド・ライフ・スペシャリストという専門職に出逢いました。チャイルド・ライフ・スペシャリストは「病気を持つ子どもやや家族が病気の子どもにも、病気の人であり家族である以前に一人の人間であり、等しく人間としての権利を保障される」という考えのもと、子どものこころと環境のサポートをしています。その活動に出逢って、患者さんを「病人」ではなく、一人の人間として見る大切さに改めて気がづきました。

でも、その活動は日本ではほとんど知られていません。わたしは子どもの権利や子どもを取り巻く環境に光を当てる大切さを今一度考えるようになり、病院の中からでは子どもの全体像が分からないことへの問題意識が生まれました。

診察室を出た後に子どもや家族がどのように過ごしているのか、わたしが提案した方法は実生活で活かされているのか、周囲にどう伝え、それが本人にどう還っているのか……。そこを具体的に知りたくなって、病院の外へ出るようになりました。

―どのような行動を起こされたのでしょうか?

まずは地域で子どもに関わっている専門家たちを訪ね、そのうちに、専門家同士がお互いのことをよく知らないことが多いこと、そのために、実際に専門ごとの狭間でもがくのは子どもや家族自身だという問題点に気がつきました。そこで、保育士さんや学校の先生など、子どものことを一生懸命に考えている専門家が定期的に集まるプラットフォームをつくることを思いつきました。お互いをよく知ったうえで相談ができ、対話をしながら隙間を補い合うことを目指して「こども専門家アカデミー」というコミュニティを立ち上げました。

当初は、東京で細々と活動していましたが、2016年に茅ヶ崎の病院へ派遣されため、その病院のソーシャルワーカーさんや見学に行った保育園、市役所の方、ボランティアをしていた養護施設の方々、地域のフリースクールの先生など、とにかく茅ヶ崎で関わった方を一堂に集めて開催しました。最初の集まりで参加者の方から「定期的にこういう場所があることに意味がある」という言葉をかけていただいたことをきっかけに、約1年半、毎月「こども専門家アカデミー」を開催しました。

茅ヶ崎での数年ののちは、国立成育医療研究センター(以下、成育)で、子どものこころの診療のトレーニングを受けることにしました。転勤を機に「こども専門家アカデミー」は成育がある世田谷区で開催するようになりました。幸いなことに、ここでもパワフルな仲間たちに出逢うことができました。この経験は今でもわたしの糧になっています。活動を続けるなかで、このように定期的に話し合える場所を持つこと、情報を発信をすることが、自分自身や子どもに関わるさまざまな人たちの安心感やモチベーションにもつながることに気づきました。

―ほかにも、その活動を通じて得られた学びや気づきはありますか?

多様な立場の方が集まるときに「安全で安心できる場所」をどうつくるかが非常に大切だということは大きな学びでした。誰もが安全かつ安心でいられるグランドルールを設定し全員で共有することや、すべての人がフラットな関係で尊重しあえる雰囲気作りに配慮することで、どんな立場の人も本音で話すことができ、垣根を越えてつながることができることを体感しました。

また、安全で安心な場所の1つの要素として「弱さ」でつながることを意識し実践しました。子どもに関わる専門家は、得意なこと、専門的な経験や知識などの「強さ」を出すことを求められる立場になることが多いかもしれません。でもそうではなく「これはできない・苦手」「分からないから教えてほしい」とあえて弱さにポジティブな光をあて、その内容を共有することで、さまざまなフィードバックが得られ、安心感とともに参加者の視野がやわらかく広がることに気がつきました。

そしてもう1つは、「エコロジカル・モデル」で子どもとその周囲をみることもできるようになったことです。「エコロジカル・モデル」とは健康などのその人の状態を「個人」に帰結するのではなく、その人の持つ心身などの特徴、その人の周囲の直接的な関係性、家庭、園や学校や職場、さらにそれを取り巻く社会規範や政策、環境などの多層からなる領域の相互作用から包括的にアプローチする考え方のことをさします。

こども専門家アカデミーで子どもに関わるさまざまな人たちと出逢い、悩みや希望、願いに触れることで、あるいはそうした多様な方たちからみた子どもの姿に触れることによって、病院の中にいるよりもずっと包括的にに子どもの姿を捉えることができるようになったと感じます。こども専門家アカデミーからさまざまなコラボレーションも生まれ、わたしにとってアカデミーを毎月のように開催してきた約4年間はかけがえのない時間でした。

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PROFILE

山口 有紗

子どもの虐待防止センター

山口 有紗

1984年生まれ、静岡県出身。10代で高校を中退後、単身渡英しインド人のための病院でボランティアに従事。帰国後は、児童養護施設や不登校の子どもと関わりながら、大学入学資格検定に合格。立命館大学国際関係学部を卒業後、山口大学医学部に編入し、医師免許を取得。現在は子どものこころ専門医として、子どもの虐待防止センターに所属し、地域の児童相談所での相談業務を行なっている。国立成育医療研究センターこころの診療部臨床研究員、内閣官房こども家庭庁アドバイザーを兼任。ジョンズホプキンス大学公衆衛生修士課程。

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