個々人の状態に合った健康管理
早速ですが、先生がされている「予想医学」とはどういうものですか?
「予想医学」とは「予防医学」の一種で、転ばぬ先の杖として、病気になる前の段階にアプローチし健康管理をすることです。
多くの方は、身体に何かが起こってから病院に来ますが、その状態からでは治療に時間と苦痛を伴い、後遺症が残る事もあります。
そこで、まずは病気になりにくい状態を作る事に着目したのです。
人間が死に至る病気は、実は大きく分けると二種類しかありません。一つは「がん」、そしてもう一つは「血管の病気」です。例えば、日本人の死因の上位にある脳梗塞や心筋梗塞などは、場所こそ違うもののどちらも血管が詰まる病気です。また、高齢者の死因に多い肺炎は、寝たきりの方が罹りやすいのですが、その寝たきりになる原因の一位は脳血管障害なのです。
それゆえ、基本的にはがんに気をつけ、血管をいたわる生活をすると、大体の病気は防げるということになります。
だからと言って、その為に今までの生活習慣を全て変えるのは難しい事です。そこで、私達のクリニックでは、血液検査や遺伝子診断などから、「がんになりやすいリスクはあるけれど、動脈硬化にはなりにくい」など、個々人の具体的な健康リスクを調べてカウンセリングを行っています。
予想医学と予防医学の違いは何ですか。
「予想医学」とは私達のクリニックでの名称なので、どちらも「病気になる前のアプローチ」という点では変わりません。
違いと言えば「予防医学」はメタボリックシンドロームの診断基準や、血液検査の基準値など、一定の基準を元に健康管理をするもので、個人の体質や日常生活などは加味しません。例えば、男性で腹囲85cm以上だとメタボリックシンドロームだと言われますが、日ごろ運動をしていて筋肉質な人が90cmの腹囲だったとしても、健康的な場合もあります。ただ、一定の基準は必要なので、地域での病気予防法としては正しい方法と言えますね。
一方「予想医学」は、個人の体質を基に健康管理を行う、いわば「オーダーメイドの予防医学」です。
全てを一律に予防するのではなく、個人の体質や目標に対して必要な健康管理をチョイスしていきます。最近では、女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが乳房を摘出したニュースがありましたが、あれも予想医学の一種ですね。
「予想医学」では、血液検査、遺伝子診断などで自分の健康リスクを知り、その上でどのような生活・行動をするのかを選んでもらう事を目的としています。
その第一歩として、一般の人たちに医療の知識を付けてもらうため「予想医学エデュケーター」という資格を作り、その養成講座も行っているのです。
その講座では、具体的にはどのような事をされているのですか
「予想医学エデュケーター養成講座」では、独自に作った全20巻の教科書を基に講義を行います。
1講座は120分で、例えば第1講座は、本講座の核となる内容で、予想医学や健康管理について・職業別平均寿命について・死ぬような病気にはどのようなものがあるのかなどを詳しく学び、病気を未然に防ぎ、人生の目標を達成する為の考え方のエッセンスを伝授します。その他にも「動脈硬化とはなにか」「がんとは何か」という内容を始め、エイジング対策やお子さんの成長に関する合計5つの講義を行っています。現在は、女性を中心に年齢層も様々な方が受講されています。
その講義を全て修了した後、「予想医学エデュケーター」認定試験を受けることができ、合格すると医療の基本的な知識を身に付けられます。実際に、資格を持っている人は健康に関する医学的知識を有し、その人に相談した場合はバックには、健康管理指導を主業とする医師がついています。
(講座の詳細、値段等の情報 http://www.nkksk.or.jp/lecture/yousei.html)
始まって1年ですが、健康への関心が高まった、健康診断の重要性を感じ積極的に行くようになった、子供に食べさせるものが変わったなど嬉しい声を聞くこともあります。そういった医療者以外の正しい知識を持つ人を増やして、寺子屋の様に知識を広められたらと考えています。
「知識があれば…」脳外科での経験
脳外科医からどうして「予想医学」を行うことにしたのですか
私は15年間脳外科の救急医療の現場にいたのですが、24時間とにかく忙しくて。
患者さんの中には、もちろん命に関わる方も多いのですが、「よくわからないので一旦病院に来た」という方も多くいました。
その中で医師はもちろん周りのスタッフの疲弊している状態を見て、何とかしなければいけないと思いました。
そのためには、病院・医師数を増やすか、患者数を減らすかという2つの方法が考えられたのですが、病院や医師の数を増やすのは国家レベルの事柄になるので、なかなか実現しづらい事です。
そこで、患者さん自身が知識を付けて個人で健康管理をし、病気になった時は本当に病院に行かなければならない事か判断できればよいのではないかと考えたのです。
それ以外にも、これまで多くの患者さんとその家族の嘆き悲しむ姿を見てきた事があります。命を救えなかった方、救えたとしても車椅子や寝たきり生活になってしまった方の家族から、「以前から異変があった」「半年前から血圧が高いと言われていた」と聞くことが多かったのです。
その時から少しでも運動をしたり、食事に気をつけたり、薬を飲んでいたら助かったかも知れないという場合が数多くありました。
また、「この右手が動けば、趣味の絵が描けるのに」と言うおじいさんもいました。
この様に、一度倒れてしまうと、人生の目標を断念せざるを得なくなってしまいます。
もちろんそこから新たな目標を作って進まれる方もいますが、健康トラブルは無いに越したことはありません。
それもあって、病気になる前の段階にアプローチする事の重要性と、患者さんに知識を提供する必要性を強く感じ、「予想医学」の道に進んだのです。
特に患者さんへの知識の提供に力を入れられる理由はなんですか
これまでは、医師側も患者さんへの教育に向き合ってこなかったので、患者さんは「先生に全てお任せします」という考えでした。
しかし、超高齢社会になり、医療費も増加し続ける中で、自分の身体・ひいては人生に関わる事を「誰かに任せ放し」という訳にはいかなくなって来ていると思います。
正しい知識がないまま病院に来ても、医師の言う事が分からなかったり、がんでも風邪と同じ様に治るものだと思ってしまったりするかもしれません。また、正しい知識が無い為に、不正確な情報に惑わされる危険性もあります。
患者さんが医療知識をつけ、自分の身体に興味を持つことでより良い医療を受けられるようになると考えています。
もちろんこの考え方は成熟した社会だからこそ出来ることで、例えばまだ医療環境が整備されていない東南アジアなどでは同じスタイルは出来ません。それができる日本だからこそ、今新しいステージに行く必要があると思います。
「転ばぬ先の杖」をついて行く先
先生の今後の目標は何ですか
一番の目標は、病気になる人を減らす事です。
一般の方が知識をつけ、自分の健康管理が出来ると、病気になる人も医師の負担も減ります。
そうすることで、医師は万全の体制で果たすべき仕事に集中でき、その分の医療資源を他の分野にまわすことが出来るのです。
医療資源や国家予算は無限ではありません。減らしてはいけないと思いますが、一般の方が知識を付けることで、これ以上増やさないで済むのです。
最後に読者へのメッセージをお願いします。
転ばぬ先の杖は必要ですが、ではその杖をついてどこに歩いていくか、と言うのが一番重要です。
超高齢社会になった日本では、「自分がこの先どう生きたいか」が重要になります。医師が人生観を押し付けるのではなく、皆さんそれぞれに目標を持ってもらい、転ばないでそれを達成してもらう。それが大往生と言えます。
「なんとしても長生きしたい」という人であれば、先ほど話したがんや血管の病気に注意しますが、「年をとっても世界中を旅したい」と言う人であれば、まず気をつけるのは骨粗しょう症やひざの病気です。歩けることが第一なので、運動で筋力を保つ必要が出てきます。
これまでは一律の基準しかありませんでしたが、今後は自分に合った健康管理法をとっていけるのです。
そのためのスタートは知識です。
ぜひみなさんも自分の身体に関する正しい知識を身につけてください。