当たり前の医療、町医者!「町医者」専門のトレーニングを
早速ですが、先生の仕事について教えてください。
私の家は40年前、私の父が開設したころから続く町の診療所で、現在も「町医者」として地域の患者さんの診療を行っています。日中は在宅診療、夜間は外来といった二本立ての診療をしており、診療以外にも研究・教育活動という、合わせて3つの活動を行っています。研究・教育活動としては、多くの大学・研修病院から定期的に学生・研修医を受け入れ、20年以上前から診療所における臨床教育プログラムを提供しつづけてきました。今は、それと併せて町医者の診療をどのように進化させていけばよいか、そしてそのために私たち自身にできることがないかを考え続けています。地域で長く診療をしていると、知らず知らずのうちに知識や技術が硬直化してしまうので、そのような事態を防ぐにはどうすればよいか、その方法論に関する研究・開発に力を入れています。
なぜ大学のような教育機関ではない診療所で学生や研修医を受け入れるのですか。
学習過程にある医学生や研修医に「診療所における診療のありかた」を伝えるためです。大学や教育研修病院でトレーニングを受けている医師の周囲には、昔も今も私のような教育的ポジションについている診療所医師は少ないので、私のような「町医者」が普段どのようなことをしているのか、具体的で正確なイメージを持っている人は少ないのです。ご承知のように、世の中では、診療所で働く医師のほうが数としては圧倒的に多いのですが、学習過程においてはそれが逆転しています。
そこで、診療所の医師として活動するためには、どのような知識や技術、態度を身につければよいのか、そしてそのために研修課程ではどのようなトレーニングを受けるとよいのかについて伝えるように心がけています。
診療所の医師、特に私のような地域で活動する総合診療医になる上で難しいのは、大学病院で行っている最新治療法や仕組みを直接地域持って来ればよいか、というと必ずしもそうではないということです。診療所で必要なのはそれぞれの疾患についての詳細な知識ではなく、風邪・腹痛などよくある一般的な症候についての初期対処の方法であり、医学的情報だけではなく家族や社会背景などの周辺知識も加味した上での初期診療であり、かつ予防から終末期への対応までをも含む幅広い診療技術であるからです。
それには、教育研修病院で最新の知識を学び、最先端技術に関するトレーニングを積むこと以上に、実際に診療所の現場で切磋琢磨した上で診療の場における良いもの、役に立つものを開発し、随時現場に取り入れ、それを周囲に広めていかなければいけません。
私自身、教育を受けてきた大学病院や研修病院では、より複雑な症例に関する知識の習得や診療経験を積むことはできましたが、町医者になるための研修としてはそれだけでは不十分なものでした。父の後を継いで町の医者になろうと思って医学部に入学したのちに、町医者になるための正式なトレーニング・システムは実はない、ということを知った私は大変驚きました。
今から15年前に父の診療所を継承した後、私自身が医学生・研修医時代に感じたギャップから、「地域医療を行いたい」、「町医者になりたい」という思いを持っている若い医師や医療職の人たちに、より実践的で教育的な機会をできるだけ提供していこうと考えました。それが今の活動に至るまで繋がっています。
町医者になる?
「町医者」に必要なこととは何ですか。
町医者になるために学ぶべきことはたくさんあります。ひとつは地域との連携と、地域の情報を常に得てワンストップで様々な患者さんのニーズに適切に対応することです。そのためには、まず患者さんとの関係の構築の仕方、とりわけコミュニケーションを強固なものに作り上げるということが前提となります。もちろん疾患を治療することは重要ですが、それ以上に、様々な患者さんのニーズにできるだけ答えるということが、初期対応としてやらなければいけないことだと考えています。
そのために、今そこの地域で求められている医療とはどういうものかということについて、常に情報網を張り巡らせておく必要があります。
例えば近くの小学校では、夏休みに入るとすぐに屋外プールで水泳の授業を行います。それが終わった翌週からは、多くの家族が夏休みの旅行に出かけます。この期間に感冒症状が出ている人たちは、できれば旅行の前になんとか症状を止めてほしいと願って来院されます。単純に、疾患に対して医学的に正しい対応をするだけではなく、そういった情報を集め、患者さんたちはどのような思いを持って受診してきたのか、ということを十分に考慮しながら診療することは、とても重要なことなのです。このような地域の背景情報などは、在宅診療で個人のお宅を訪問したり、普段から近隣の方たちと話をしたりする中で自然と入ってくるので、地域の人との普段からのコミュニケーションは極めて重要です。
また、長く診療していると、曾祖父母、祖父母、父母、子ども、孫、というように一家族で数世代にわたって患者さんを診ることもあります。中には10年前に亡くなったご主人と同じような看取り方をしてほしい、と言ってくる患者さんもいます。
そういった時に、症状だけを診るだけでなく、患者さん一人一人の様々な事情や背景、そして何より地域の文脈や歴史の中で何が起きてきたのかを知っておくことは、町医者の診療には必須のことです。
そういったことを知らずに医療知識だけを抱えて診療所での活動を開始すると、どうしても患者さんや地域との認識のギャップが大きくなってしまう、と私は考えています。
このように、町医者になるために必要な知識やスキルは確かに存在しているにもかかわらず、個人で勉強したり個人的なつながりで経験を積んだりするなど、医師個人の努力に大きく頼っているのが現状です。このようなことから私は、今の人々に求められている町医者を増やしていくために、コミュニケーションや初期診療の仕方を教えたり、診療の内容を評価しそれを向上させるためのシステムの構築をしたりする活動に関わっています。これは、自分自身の診療が地域のニーズから離れていっていないかを確認するための活動でもあります。
「町医者」として地域で活躍する医師を増やすために
医療を受ける側の意識にも問題があるのでしょうか。
「地域に身を置いて診療を行いながら、近隣の人々の様々な問題を解決し、他の医師や専門家と連携をしつつ適切に対処を行い、必要になったら訪問診療もする。」これがかつては日本のどこにでも普通にあった、本来の町医者に求められてきたことではないかと思います。
しかしながら、多くの人はそういった「お医者さん」像を地域の医師に求めているにも関わらず、実際に病気になると、「病院へ行けばとりあえず安心」という考えが強いようです。
その考えが患者さんの間に広まったため、医師の多くは病院で求められている知識や技術を磨くことが何より重要だと考えてきました。それによって、高度な治療を手軽に受けられるようになった反面、特に高齢者の間では対応する分野が細分化しすぎてしまい、とりわけ初期の段階で複合的な問題を持つ患者さんへの対応ができない、などという弊害も出てきました。そして、地域においてこのような患者さんに総合的に対応する医師は少なくなってしまいました。
これを解消するためにも、私のような総合診療を担当する医師の存在が必要なのですが、まだ数が少ないために、患者さんや地域の人たちのニーズにあった診療が提供できていないのです。特に医療機関が多い都会では、このような問題が目立っている印象があります。
町医者は、シンプルな疾患の一次対応のみをする、という医師ではありません。かつては日本のどこでも当たり前だった幅広い問題について一次対応し、患者の近くで、地域の目線で医療を提供する、という医師が求められているのです。このような意識を持った医師、すなわち一般の人が抱く「町のお医者さん」というイメージに合致した医師を増やしていく作業に少しでも関わっていければ、と思っています。
2013年に厚生労働省が設置した検討会では、2017年から総合診療医が専門医として認定され、養成プログラムが作られることが決定しています。今後はさらにこのような教育の整備がなされていくことでしょう。
厚生労働省「専門医のあり方に関する検討会報告書概要」
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r985200000300ju-att/2r985200000300lb.pdf
特に若い医師たちには、明確なゴールやイメージがないと、なかなか活動に参加してもらえないので、このようなモデルケースを提示していく必要があります。
メディアの影響も大きいですが、メディアに取り上げられる医師はどちらかというと特異的な医師で、私のような普通の医師はモデルケースになりにくいという面があります。世の中にいる多くの医師はいわゆる「普通の人」で、仕事として診療をする中で、地域で一定の信頼を得て、夜は家族と過ごして・・・という人たちが圧倒的に多いのです。そういう「普通の医師」たちが、自然と教育や研究活動に参加して、組織的に後進の育成に関わることができるようなシステムの構築に関して今後もお手伝いをしてきたいと思っています。
町医者の存在、見つめ直すとき
http://apital.asahi.com/article/shohousen/2014090800012.html
先生の今後は?
私自身は「楽しく」をモットーに診療や教育・研修をこれからも続けて行きたいと思っています。
今ようやく若い医師たちが地域に出て活動し始めています。彼らはとても一生懸命なのですが、ただ一生懸命なだけで終わらないよう、長く活動できるようにサポートしていきたいと思っています。彼らが楽しみながら自分を高め、より良い医療活動が、それほど苦労なくできるような枠組みを作りたいと考えています。
その一環として、私の医院で提供している医療内容を具体化し、それを後世に残せたらと思っているところです。それは「患者さんの話をしっかりと聞いて、地域で必要なサービスを提供し、責任を持って対応する」という一見単純なものですが、そういうサービスはありそうでなかなかないものです。
各地域でそれぞれの医師が何十年もかけて作り上げた、本当にローカルな診療内容、それは秘伝のレシピみたいなものですが、そのようなものは地域に数多く存在しているはずです。しかし残念なことに、大抵は引き継がれずに終わってしまいます。私は、そのようなものこそ、言語化して次世代に残すことが大切だと考えています。
恐らく世の中の人が求めているものもそこにあると思うので、それをより多くの若い医師に伝えていきたいと思います。