医師を育て、子どもの命と安全を守る
―現在取り組んでいることについて教えていただけますか?
重症な子どもに対してもっといい医療を提供できる場がほしい、そして、医師にとっても小児の集中治療を専門的に学べる場があったら、という想いで2016年、兵庫県立こども病院に小児集中治療科を立ち上げました。小児集中治療科の力が最大限に発揮できるよう、現在も院内システムの整備を進めています。
当院にはもともと救急集中治療科がありましたが、病院リニューアルを機に救急総合診療科と小児集中治療科に再編。小児集中治療科は現在15名の医師で、小児集中治療室(PICU)、心臓疾患集中治療室(CICU)、高度治療室(HCU)の3つの集中治療室を管理しています。
現在の体制は、実は、はじめはなかった構想なのです。もともとは、心臓外科や循環器科の医師が担当するCICUと、PICU、救急病棟、そして集中治療室(ICU)から一般病棟へのステップダウンユニットであるHCUの4病棟をつくる構想でした。そして小児集中治療科が担当するのはPICUのみ。しかし、これでは自分が思い描いていた医療はできないと思い、PICU8床のほかにCICU8床、HCU11床も小児集中治療科が各診療科と協力しながら管理する、現在の体制に再編したのです。
―もともとの構想を大きく変更したことで、どのようなことが可能になったのでしょうか?
まず、緩衝病棟であるHCUがあることがすごく大きいです。冬場など、どうしても重症の子どもたちが増えると、集中治療室のベッドが足りなくなります。ところが、隣のHCUで小児集中治療科の医師が継続して診られるのです。より一層子どもの安全を守れる病床運用の形に変えられたことは、非常に良かったです。
また、小児の集中治療を専門的に学べる医師のトレーニングの場として、すごく良い環境ができたと思っています。私たちの科は今言ったように、心臓疾患の患者さんも含めて、あらゆる疾患の患者さんを集約化するための体制を整えているからです。
小児集中治療の症例は絶対数が少ないので、他の診療科や医療機関と連携し、重症患者さんを集約化して診ることができない環境では、十分な症例経験を積むことができません。日本集中治療医学会の小児集中治療連絡協議会に参加している28施設のうち、集中治療専門医研修指定施設は16施設のみ。その半数以上が関東・東海地方に集中しています。これら16施設で十分な研修を受けられるかというと、まだ不足している点もありますし、とりわけ西日本には施設自体が少ないので、兵庫県に新たな小児集中治療の拠点ができたことは、意義のあることだと考えています。
子どものための集中治療を専門に学びたい
―小児の集中治療を専門にしていった経緯や、これまでのキャリアを教えていただけますか?
大学卒業後は、地域の基幹病院である仙台市立病院の小児科で働き始めました。重篤な子どもが多く搬送されてくる病院だったので、もっといい医療を提供できるのではないか……という想いがありました。また当時の日本には、小児の集中治療を専門で学んできた医師がいなかったので、それをどこかで学べないかと思っていたのです。
そんなことを考えていた医師2年目の夏ごろ、小児救急医学会の講演で翌年に国立成育医療センター(現・国立成育医療研究センター)ができることを知りました。その講演で聞いた、「小児病院の場合、重症患者は小児集中治療科、中軽症患者は総合診療科で診て、この2つの科を中心に各専門科を配置する」というコンセプトが、自分が思い描いていたものにマッチしている気がしました。そこで、医師3年目からは開院したばかりの同センターで働きはじめました。これが小児集中治療科医としての第一歩でした。
その後、一度神戸市立中央市民病院(現・神戸市立医療センター中央市民病院)で3年ほど大人の救急・集中治療を経験し、静岡県立こども病院の集中治療科の立ち上げにも参画。その後、アメリカのフィラデルフィアとオーストラリアのメルボルンへ留学しました。そして、メルボルンに移って1年が過ぎた頃に、兵庫県立こども病院から声がかかり、同病院に小児集中治療科を立ち上げることになったのです。
―小児の集中治療を志していたのに、成人の救急・集中治療を経験されたのはなぜですか?
小児の集中医療医としてキャリアを積んでいくことは決めていましたが、トレーニングを積むには、小児科は患者さんの絶対数が少ない。そこで、成人の救急・集中治療で症例数を積もうとと考えました。実際に、成人の救急・集中治療に携わったことは自身のキャリアにとってもよかったです。全体的に成人のほうが医療は進んでいるので、ここで学んだことは絶対に小児に活きると実感しましたね。
―海外への留学を決意したきっかけは何だったのでしょうか?
静岡県立こども病院に勤めていた頃、自分の伸びしろに限界を感じたのです。そして自分の臨床能力の限界を、ぶち破りたいと思いました。
他にも、研究にも目を向けたくなったという想いもあったのだと思います。研究自体にはもともと興味があったものの、始めるきっかけがなかったのですが、目の前の患者さんだけでなく、もう少し社会的な貢献により一層目が向きはじめたのだと思います。
地域と連携し、より広域で高度な医療を
―小児集中治療科の取り組みを続けていく上で、今、課題に感じていることはあるのでしょうか?
医師の数が足りないので、まずはそこが課題ですね。小児集中治療科の常勤医は現在5名ですが、8名いることが理想だと思っています。そうでないと、当直などで体力的に厳しいのに加え、日常診療だけに多くの時間と労力を取られ、若手医師のトレーニングができなかったり、研究の進みが遅くなってしまったりするからです。
あとは「重篤な子どもたちの集約化」を、もう少し広域で考えていかなければなりません。例えば体外式膜型人工肺(ECMO)の症例は、成人の場合で年間約30例診ないと、十分なスキルアップができないと言われています。小児の場合、県内でそれだけの症例数は集まらないので、県を越えて地方単位で患者さんを集約しなければいけません。ECMO以外の症例も同様のことが言えるので、このことも考慮しながら広い視野を持ち、院内のシステムをつくっていかなければ、と思っています。
実際に滋賀県からECMOが必要な患者さんを、ドクターヘリで搬送して受け入れたことがありました。まだ2例だけですが、このような緊急搬送の受け入れがいつでもできるよう、しっかりと院内システムを整備したいですね。
―今後取り組んでいきたいことはありますか?
院内のシステムづくりも途上ですが、これと同時に、地域の医療機関との関係性も築いていかなければならないと感じています。やりたいと思いながらも人手不足でできていないのが、迎え搬送です。地域の病院のほうがより深刻な人手不足なので、こちらから出向くのが理想です。
他にも、地域の医療機関の医師などを集めて、実際に重篤な子どもたちに対して、どのような処置をしているのかを見せられる研修の機会をつくりたいです。顔の見える関係性を築くことにつながりますし、気軽に相談や、適切なタイミングで迎え搬送要請ができる関係にもなれると思うからです。
これは全国的に言えるかもしれませんが「小児の集中治療は本当に必要か?」と思われている医師は、結構多いと思います。一般のICUや、一般病棟で何とか対応できてしまっているからです。しかし医療の質にまで言及すると、必ずしも対応できているとは言い切れません。私自身も国立成育医療センターに赴任するまでは、集中治療でどれだけの価値を提供できるのか分かりませんでした。しかし、専門的に小児集中治療を学んできた医師のレベルを見て、明確な差を目の当たりにしました。専門の施設だからこそできることは幅広くありますし、連携を取れれば、患者さんの負担も、治療を担う医師の負担も大幅に軽減できます。
どんな治療ができるかを知ることで、よりよい連携が取れるはずです。そのためにまずは1回、小児集中治療の現場を見てもらうことが必要だと思います。そうすれば、地域の先生方には自分たちの負担なく、適切なタイミングで搬送要請をしてもらえるようになるのではと考えています。
迎え搬送や研修をよいことと思ってもらえればいいですが、こちらから、地域の医療機関ではどんなことを求めているかを知る必要もあると思っています。当院の小児集中治療科としては、県内はもちろんのこと近畿地方全体を視野に入れて重篤な子どもたちを一人でも多く救える場にしていくとともに、将来の小児集中治療を担う医師の研修の場として、さらなる発展をしていきたいですね。
(インタビュー・編集/北森 悦、ライター/原田 怜果)