専門医より、患者に寄り添う家庭医に
孫先生の現在のお仕事について教えていただけますか?
「家庭医」をしながら、大学での教育者、それに研究者と三足のわらじを履いています。また、仕事以外にも「みんくるカフェ」という医療の事を気軽に話す場を設けています。
たくさんのお仕事をされていますね!ところで、「家庭医」とは何でしょう。
家庭医とは、人がオギャーと生まれてから死ぬまで、すべての年代の方に関わる医者です。ある専門的分野だけに関わるというよりは、総合的に人を見る医者ですね。
実は、卒業してすぐは腎臓内科医でした。7年程働いた頃、専門性を高めると同時に、患者さんから離れていく感覚がありました。このままでいいか迷っていた時ちょうど、「家庭医」に出会いました。
日本の医者は、狭い領域で専門性を磨くのですが、欧米では家庭医が一般的だと聞き衝撃を受けたのです。アメリカ人・フランス人が行う、泊り込みセミナーを受け、患者さんの目線に近い革命的な医療だと確信しました。
8年歩んで来た腎臓内科医の道からの方向転換です。研修を経て、2011年家庭医の資格をとりました。
実際に家庭医になってみて、いかがでしたか?
働きだしてすぐ、「これこそ自分の理想の姿だ!」と思いました。
それ以前に勤めていた大きな病院には、腎臓病の人だけがやってきますが、家庭医になって勤めだした小さい診療所では、年齢も、病気の状態も様々な人が来るのです。
何しろ診療所は、患者さんが体がおかしいな、と思った時に最初に訪れる場所なので、子供はもちろん、乳飲み子を抱えたお母さんも、おじいさん・おばあさんも来ます。また、一家族の三世代を診ることもあります。
患者さんが変わっていくのを地域でみることができること。これが一番楽しいんです。人生の物語を聞かせてもらえるなんて、本当に医者としてこれ以上の喜びはないと思ったくらいです!
具体的にその患者さんのストーリー、いくつか聞かせていただけますか?
アルコール依存症とうつ病を併発していた若者のことを思い出します。1年がかりで治療し、やっと完治しました。すると嬉しい事に、完治した彼には新しいパートナーができたんです!更に赤ちゃんもできて、家族連れで「あの時は本当にありがとうございました」と感謝を伝えにやってきてくれました。本当に嬉しかったですね。
また、内臓疾患が原因で、足が不自由な為通院していた高齢女性がいました。彼女は定時制高校にいきたいと言う夢を持っていました。でも、その高校は、バスで30分かかる所にあり、内蔵疾患を悪化させてしまうリスクもありました。
そこで、高校の先生と手紙をやりとりした所、様々な配慮をしてもらえることになったので、通学OKを出しました。通い始めると、彼女はみるみる元気になったのです!
「英語を覚えたんだ、数学の勉強をしたんだ」と毎回生き生きと話してくれて、一層リハビリも頑張るようになりました。彼女は学ぶこと、成長することで生き甲斐を得たのです。あの嬉しそうな彼女の笑顔は、生活全体で関わる家庭医だからこそから見ることが出来たと思っています。
もっと患者の話を聞きたい
そこから、「みんくるカフェ」を作るに至るまでを教えて下さい。
診療所で働く中で、「どうすれば、診察室に居るよりも更に近い心の距離で、患者さんから話を聞けるだろう」と、いつも考えていました。また、診察室だと充分時間がとれないけれど、病院の外で医師が白衣を脱いで一緒にお茶飲んだら、どんな話を聞けるかと想像していました。
そこで、病院の外のカフェで、話し合う場所を作ってしまおうと思ったんです。最初は、自分の診療所の人には内緒で、こっそりひっそり始めました。ただ、自分で始めるノウハウがあったわけではありませんので、エンパブリックというファシリテーション専門の会社が活動を支援してくれました。
第1回は2010年8月で、医療従事者の友人と一般の友人あわせて10名程に声をかけて、代々木にある「金魚カフェ」を貸し切って行いました。うち数名に、それぞれあるテーマについてスピーチをしてもらい、その後みんなでそのテーマについて話してもらったところ、その会がとても盛り上がったので、これからも小規模でも続けよう、と思いました。
敷居を低くして、みんなに来てもらいたかったので、「みんなが来るカフェ」略して「みんくるカフェ」と名付けました。
話しやすい医療知識をトピックにし、全国展開へ
そこからどのように活動を広げていったのですか?
ちょうどSNSが流行りだした頃だったので、TwitterやFacebookなどで参加者を募ると、いろんな人がきてくれるようになりました。
活動が広がってくると、自分達で楽しむだけではなく、社会で必要とされている医療知識をテーマとする事が多くなっていきました。例えば、「『予防医療』『在宅医療』とは何か」「エンディング」「看取り・終活」「かしこい受診の仕方」など参加者の興味に沿い、かつ社会的でもあるテーマを選びました。
2012年6月、長野県松本市の葬祭ホールで開いたグリーフケアについて考える企画では、地元住民、医療従事者、僧侶、葬祭関係者など80人が集まりました。
その会では、「医療は死で終わってしまう。逆に宗教者は死の後からしか関われない。もっとお互い協力するべきだ」という声や、「家族を亡くした悲しみは、経験していない人には話しにくく、孤立しがちだ」など、医療の現場ではなかなか聞けない本音を聞くことができました。
そして現在では全国に広がっているとか・・・どのように広めたのですか?
参加者が増えてきて、「地元でもこの『みんくるカフェ』を開いてほしい」という声がでてきましたので、「地元でどうぞ暖簾わけしてください」ということで、「みんくるファシリテーター育成講座」を開きました。
これまでに100名が受講し、うち15人程度が既に地元で開催してくれています。
今では、秋田から鹿児島まで「みんくるカフェ」が開かれています。
学生も、現場に出すことで学ばせる
「みんくるカフェ」をやってみて、先生自身のキャリアに変化はありましたか。
2012年、現職場である東京大学から、「家庭医として学生教育をやらないか」と誘われました。「みんくるカフェ」のような活動を大学で出来たら面白いと思っていたので、お誘いに乗りました。
最近は、チーム医療にも、発言や参加を促し、流れを整理しながら、参加者の認識の一致を確認するファシリテーションスキルが必要だと言われますが、それでもまだ新しい分野です。
今は課外授業として、学生を地域に出して、ソーシャルワーカーや医学生、薬学生、看護学生などと合同で、地域診断活動をしています。街に出て、この地域の人々にはどんな健康問題があるのかをインタビューして分析します。
将来は一緒に働くことになる医学生と看護学生でさえ、一緒に勉強する事はそれまでなかったので、現場に出ていろいろな方と話せると、とても好評です。医学生も大学の中に籠っていないで、外に出た方が学ぶことも大きいのです。立場の違う人と触れ合うことも必要ですね。
教鞭をとられると同時に、研究もなさっているそうですね。
はい、「みんくるカフェ」を学術的に、心理学の面から研究して、論文も書いています。
研究と実践をリンクさせていますよ。お互いに学ぶ『カフェ型学習』の効果は単に知識がつくだけではなく、物の見方が変わるということを検証しているのです。
coFFee doctors読者に向けてメッセージをお願いします。
充実した人生の基本は「健康」だと知っていながらも、若い読者の方には健康問題の優先度はあまり高くないというのが本音でしょう。でも今、比較的若い人でも脳梗塞になったりしますし、うつ病などのメンタルヘルスは人ごとではありません。病気になると、一気に夢も吹き飛んでしまいます。
そこで、手帳のTo do Listに、ぜひ健康に関する習慣を加えてみて下さい。まずは体重計にのることから始めるのでもいいのです。
また、もし医療関連の友人がいたら、気軽に話を聞いてみて下さい。医療者は、知識量とアクセスできる情報量が圧倒的に違いますから。もし気軽に話せる医療者のお友達がいない場合は、ぜひ「みんくるカフェ」に来てくださいね。
困った時に相談だけでなく、普段の健康知識を補うことができ、なにより楽しめる場所です。お待ちしています!
ライター・インタビュアー/松澤亜美