在宅医療と、命と向き合うワークショップ
―現在取り組んでいることを教えてください。
2015年に立ち上げた練馬区にある「祐ホームクリニック 平和台」という在宅医療のクリニックの院長をしています。当クリニックの運営元である医療法人社団鉄祐会の理事長 武藤真祐先生に「院長をやってみないか」と声をかけてもらったのがきっかけです。
現在、祐ホームクリニック 平和台では常勤医師2名と非常勤医師9名で、約300名の患者を診ています。また年間50名ほどのお看取りにも関わっています。練馬区には緩和ケア病棟がないので、末期がんの患者さんも訪問し緩和ケアをしています。隣接する区の方もいますが、ほとんどが練馬区在住の方です。
また、在宅医療とは別に2008年、「こころっコロ」という非営利団体を立ち上げ、活動しています。この団体では、さまざまな世代の人たちが命と向き合う機会が持てるように、ワークショップや授業、講演などを通じて、命に関わる決断や、働き方や生き方など、世代に合わせてテーマを変えて、伝えています。
活動は小学生向けに行うときもあれば、東京大学で特別講義として担当させてもらうことも。他にも不定期ですが医学生向けや看護学生向け、市民向けにも開催することがあります。同じ内容の講座も含めると、1年間で10〜20回開催していますね。
スタッフは、医師や看護師などの医療者以外にも多種多様な職業やバックボーンを持つ人々で構成されています。コアメンバーは約10名。少し関わった人も含めると全員で50名ほど。基本的にはみんなボランティアで、無理のない範囲で参加してもらっています。
―それぞれの活動では、どんなところに課題を感じていますか?
在宅医療の中で特に問題だと思っているのは、「こんなにいい医療があったなんて、もっと早く知りたかった」と言われることが多いこと。つまり、在宅医療なら助けられる人がたくさんいるのに、その患者たちが在宅医療を知らないということです。
本当に在宅医療を必要とされている人の中には、普段テレビも新聞も見ない、インターネットも使わない、区報も見ない、ご近所付き合いもあまりないという人たちもいます。そういう状況だからこそ、医療が本当に必要になったときに困ってしまうわけです。これは、医師だけが頑張っても解決できるものではなく、医療従事者やそれ以外の人たちも協力して行わなければいけないと考えています。
クリニックとしては、医療者向けだけでなく一般の方向けに、他の病院と連携したり、あるいは行政と協力して、啓発活動に力を入れることで、少しでも多くの人に在宅医療を知ってもらえるよう活動しています。講演会開催の情報が区報に掲載されると、100名近い方が集まるときもありますね。
こころっコロの活動では、当初、さまざまな学校に活動できるよう依頼していましたが、反応は芳しくありませんでした。自治体や学校のホームページには、子どもへの命に関する講演活動を推奨していると書かれていても、いざ行ってみると「そういう生死の話をされては困る」「生徒がどういう反応をするかわからないのに、君たちは責任取れるの?」と断られてしまったのです。子どもが、命や生死に関わることを身近な問題として捉えにくい――。このような社会では「最期の時間を、もう少しいい時間にする」ために、医療・介護者以外の方も巻き込んで考え行動していくのがとても難しいと感じました。
幸い、人づてで紹介してもらった世田谷区の塚戸小学校の校長先生が、「どんな風になるか不安だけど、まずは1回やってみて。責任はうちで取るから」と言ってくださいました。それが結構好評で、塚戸小学校での活動を重ねるごとに、少しずつ他のところからの依頼も来るようになりました。
「最期の時間を、もう少しよい時間にできないものか?」
―これまでのキャリアを教えていただけますか?
千葉大学医学部に入学した当初は、専門診療科目を決めておらず、マンガの『ブラックジャック』が好きだったので、そんな外科医になれたら格好いいなと思っていたくらいです。ただ学生生活が始まり、国際保健のサークルに入って公衆衛生を学ぶようになって、少し考え方が変わりました。行政や社会との関わりが増える中で、さまざまな人の健康状態や幸福を高められる医師になれたらいいなと思うようになったのです。そして研修時の経験が、大きな転機になりました。
目の前で亡くなっていく患者を診て「最期の時間を、もう少しよい時間にできないものか?」と強く感じるようになったのです。病院が最善を尽くしても、救えない命はあります。しかし、病院で過ごす患者全員が最期の時間を大切にできているかというと、必ずしもそうではないなと思っていました。特に、病院という治療に特化した場所では、それが難しいこともあると感じていたのです。
そんな時、鉄祐会の理事長 武藤真祐先生の講演でおっしゃった「人生の最期まで人のぬくもりを感じられる社会をつくりたい。そのためには医療だけではなくて、さまざまな人が関わっていかないといけません」という言葉に、強い感銘を受けたのです。それを聞いて、「もっと生活に近いところで患者の人生を支えていきたい」と思ったのが、在宅医療に進もうと思ったきっかけです。2012年から大学院に通いながら祐ホームクリニック の非常勤医師として働き始め、2015年には祐ホームクリニック平和台の院長をさせていただいています。
―「こころっコロ」を設立したのは、どんな経緯からですか?
実は、「こころっコロ」を設立したのも、私が在宅医療を目指した想いとほとんど同じです。医療関係者や教育関係者、患者やその家族と話をするうちに、自分自身が何を大切にして生きているかを考える機会を持つこと、医療に対する理解を深めることが、最期の時間をその人らしく過ごすためには大切だと思うようになりました。そしてこれは、最期の場面に立ち会って初めて考えることではなく、私たちみなにとって普段から大切なことだと思ったのです。
そこで「最期の時間をよりよくすること」を医療従事者以外の人とも一緒に考える場をつくろうと、大学時代の友人や周りの人にも声をかけてみると、たくさんの人が集まるようになりました。最初はどのような方々と一緒に考えていくのがいいのか、対象年齢も含めて最初は手探りでしたが、さまざまな活動を進めていくうちに、相手に応じた伝え方を工夫すれば、制限する必要はない、と考えるようになりました。
そんな時に、小学校で授業をするようになったのです。伝え方やファシリテートに工夫は必要ですが、小学6年生くらいになると、大人とほぼ同様のディスカッションができます。授業では、実際に私自身が医師として葛藤した経験を伝え、子どもたちと一緒に考えています。告知を望まない患者さんへの対応、副作用の大きい治療を希望するかどうか、延命を望むかどうか、といった課題をともに考えることで、単に「いのちを大切にしましょう」ときれいごとをいうのではなく、大切なことだからこそ、唯一の絶対解がないときには決断に迷うということを実感してもらっています。
一人ひとりが満足できる人生を送るために
―子どもとはいえ、大人同様にディスカッションができるのですね。
子どもたちが単純に答えを出そうとしたときには、「そのときはこういう問題も考えないといけないけれど、どう思う?」と臨床に関わっているからこそ伝えられるリアルな葛藤を伝えるようにしています。すると、「治る可能性がとても低くても副作用がつらくても治療を受けたい」「残された時間を病気と闘うことだけに使うのではなく家族と自宅でゆっくりと過ごすことに使いたい」「○○さんの意見を聞いて、そういう生き方も悪くないと思った」「治る可能性や副作用の程度、かかる医療費のことなども考えないと決められない」と、小学生から大人顔負けの意見が出てきます。
他にも、医療従事者以外の運営メンバーが自分の職業のやりがいを伝えたり、実際にがんを経験した方に話をしてもらったり、小学校低学年向けに体の仕組みを伝えたりする授業もしています。授業の中で医療に対する理解を深めながら、講師やクラスメイトの多様な価値観に触れ、自分自身の価値観を見つめなおす機会を提供することで、最期まで豊かに生きる力を育むことにつながっていくと考えています。
ただ、数回の授業だけで大きく子どもたちが変わるわけではありません。担任の先生とも協力しながら、こころっコロの授業をきっかけにして、日々のカリキュラムや学校生活の中で生かしてもらうようにしています。そして小学校での授業には、もう一つの意図があります。こころっコロの授業を授業参観日に実施し、見学に来た保護者の方々にも自然に考えてもらえるように仕掛けているのです。保護者の方々は、実際に親の介護や自分たちの健康問題が気になり始める年代。「真剣に考えるいい機会になった」という感想をいただいています。
―今後、目指していることはどのようなことですか?
当院の運営元である医療法人社団鉄祐会が積極的に新しいことを試せるところなので、さまざまなことにチャレンジできる環境です。そのような環境の中で、私自身は目の前の一つ一つの大切にしたいことや楽しいことを常に頑張って取り組んでいます。そして働いているスタッフが生き生きと働ける環境をつくっていき、皆が100%の力を発揮できるようにしていきたいと思っています。
こころっコロでは、「うちでもやってほしい」という声が増えてきているのですが、現在は全ての依頼を受けられるほどのマンパワーがなく、ノウハウ提供など違う方法で広げています。この2つの取り組みを通して、一人でも多くの方の最期の時間が、もう少しよい時間になるよう、今後も挑戦し続けていきたいですね。
(インタビュー・編集/北森 悦、ライター/西谷 忠和)