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家庭医療を「学ぶ」ということ

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 家庭医は「経験を積めば誰でもなれるもの」として、これまで専門医として捉えられていませんでした。近年、プライマリ・ケアに注目が集まる中で、家庭医を目指す医学生が増えてきているものの、家庭医専門医は全国で500名ほどと、まだまだ少ないです。

 大分大学でプライマリ・ケアの指導にあたる藤谷直明先生は、ご自身が家庭医を目指した時に家庭医療の研修プログラムを実施する病院を探すのに苦労したという経験を踏まえ、教育の場を増やしていこうと日々尽力されています。家庭医療を実践の中から学ぶことと、研修プログラムに基づいて学ぶことはどのように違うのか、藤谷先生の考えを伺いました。

―先生ご自身が「家庭医療の研修プログラムでなくては学べなかったであろう」と思われることはありますか?

 一つは「意思決定の仕方」です。他科の分野では病気そのものを主な軸としますが、家庭医療では患者さんを軸として診ていきます。その中で、地域に対してどう取り組んでいくか、困難事例にどう取り組んでいくかなどといった知恵や技法を学んでいきます。センスのある方なら学ばずともできることなのでしょうが、他科に進んでいたら気づきにくかった部分だと思います。

 また、「責任や役割の所在」にも他の科とは違いがあると思いました。私は初期研修時代に外科と家庭医療で進路を迷っていたのですが、もし外科に進んでいたら、紹介された患者さんに適切な手術を施すことが自分の役割だと感じていたのではないかと思います。家庭医療の研修を受けたことで、その患者さんの人生の中でどういう風に関わっていくのが良いのか、より柔軟に考えられるようになりました。患者さんの立場や、地域の人たちとの連携の中で、医療者ではなく患者さんや周囲の人で解決した方がいいことは何かなどを考えることも、家庭医の役割であると実感することができました。

家庭医は担当する地域の医療に責任をもつことが重要であると感じています。外科の先生ならば、広い範囲の地域の外科の分野に責任を持たれるのでしょうが、家庭医は狭い診療圏だからこそ、より深くその地域の医療に責任を持つ必要があると感じています。

―家庭医療を「研修プログラムとして学ぶ」ことの価値とは何でしょうか。

 正直に言いますと、家庭医療の研修プログラムから得た学びや気付きというのは、すでに多くの診療所で取り組まれていることでもあります。というのも私は研修で、患者さんに寄り添い、その人の気持ちや社会的な背景も考慮しながら診察することが家庭医療をする上で大切なことだと学びました。しかし、そういう気付きを得た上で地元に戻って診療所に勤めてみると、「案外みんな普通にやっていることなんだな」と感じたのです。定期的にかかってくれている患者さんのことは長年診てきた分、背景についてもよく知っていますし、それに合わせた診療をしていたのです。

 また、現在私が行っている家庭医療のワークショップに来てくれている学生さんたちを見ていると、私が学生時代に全く習わなかったような地域のことや他の職種の役割のことなどをよく知っているので、大学での教育はどんどん進んでいると感じています。

 だからと言って研修プログラムがなくてもいいかというと、それは別の問題です。家庭医療を実践している場ならどこでも理論として教えられるかというと、そういうわけではないと思うからです。家庭医療というのは学問であり、先輩の先生たちが10年20年かけて本当に苦労をしながら培ってきたものです。それを研修プログラムでは経験と理論を通して、効率的に学ぶことができます。また、独学でやっていたら知識などに偏りがでてしまいますが、研修プログラムとして学ぶことで偏りなく学ぶことができます。

 また、家庭医が身につけるべき医療知識は多岐にわたります。昔は何でも経験してみることで知識を増やすことができたと年配の先生方はおっしゃいますが、今では「何でも経験してみる」などということはできなくなっています。そのため、研修プログラムで患者さんも医師も安全に学べる場をつくる必要があります。

 さらに、もし指導医がいない状況で実践するとなると、自分だったら気付けなかったことが多かったと感じています。困難な症例にあったときには一人では解決できず、教えてもらうことが多々ありました。トラブルから助けてもらったこともあります。また、困難で逃げたいときに「逃げずに行け」と背中を押してもらうことで学んだこともあります。自分自身のエゴに指導医のお陰で気付けたこともあります。このように、指導医がいてくれることで、しっかりと患者さんと向き合うことができた経験は数えきれません。そのような経験がなければ、自分はちゃんとした家庭医になれなかったと思います。

 私自身、きちんとした教育の場で研修を受けられたことで、10年かかって気付くようなことを大分短縮して気付くことができたのではないかと思います。そのため、私は家庭医を目指す学生や医師がきちんと教育を受けられる場をこれからもつくっていきたいと考えています。

(聞き手 / 渡辺 大、衛藤 祐樹  構成 / 左舘 梨江)

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医師プロフィール

藤谷 直明 家庭医

2007年大分大学卒業後、初期研修を大学病院、大分県佐伯市にある南海病院にて学ぶ。その後家庭医を目指し、後期研修を岡山県の奈義ファミリークリニックで過ごす。
日本プライマリ・ケア連合学会若手医師部会代表。「クルー100人プロジェクト」を立ち上げ、プライマリ・ケアに興味のある若手医師が学びを深め、連携できるような取り組みに努めている。

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