日本人はなぜ寝る間を惜しんで仕事をするのか?
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日本が寝る間を惜しんで働くことをよしとする文化となってしまった原因の一端を、童謡「ウサギとカメ」で「居眠りは怠け」と周知されたことではないかと前回指摘しました(http://coffeedoctors.jp/news/1480/)。今回は江戸時代の儒学者・貝原益軒によって書かれた健康に関する指南書「養生訓」にもその原因の一端があるのではないか、と指摘します。というのも、養生訓では睡眠軽視が甚だしいのです。
養生訓が書かれた当時は、儒教の朱子学が重視されていました。朱子学では、禁欲と精神修養が強調されます。養生訓には朱子学由来の禁欲的な面が反映されており、この考え方が現代日本の睡眠軽視社会の背景にありそうです。
巻一第13項では(以下著者の現代語訳)「食べ過ぎ飲みすぎ、楽のしすぎ、眠りすぎでは体調が悪くなる」とあります。
そして第28項では以下のように記述され、睡眠をとることを批判しています。
「昔の人は三欲を我慢せよと言った。三欲とは飲食、性、眠りに対する欲望だ。飲食に節度を持ち、性欲を慎み、眠らないことが欲をこらえることとなる。
飲食と性に関する欲を慎むべきことは多くの人も指摘するが、眠りを少なくすることが養生によいことを知っている人は少ない。眠りを少なくして病にならなくなるのは、元気が出るからである。多く眠れば元気が出ず病気となる。夜更かしするのがよい。昼間に眠るのは一番害が大となる。夜早く寝てしまうと食事が滞って害が生ずる。特に朝晩の食後、消化される前、すなわち食べ物の気が巡る前に早く寝てしまうと、飲食したものが滞って、元気がなくなってしまう。昔の人が眠りに関する欲を、飲食、性に関する欲とともに三欲に数えたのも納得がゆく。
この教えを怠って眠りを好めば、癖になって、多く寝るようになり、眠りを我慢することができなくなってしまう。眠りを我慢することは飲食や性をこらえることと同じだ。初めにしっかりと我慢しないと我慢しずらくなる。眠りを少なくするよう努力し、慣れてくれば、自然に眠りは少なくなる。眠りを少なくすることを学んで欲しい」
そして巻二第51項では「私欲を減らし、心配事をしないようにし、身体を動かして働き、眠りを少なくするという4項は、養生の基本」とまとめています。これらの記述内容から見てとれるように、「眠るな」が養生訓の根底を貫いているのです。ここでの考え方が、現代もなお日本人の中に受け継がれているのではないでしょうか。
医師プロフィール
神山 潤 小児科
公益社団法人地域医療振興協会東京ベイ浦安市川医療センター CEO(管理者)
昭和56年東京医科歯科大学医学部卒、平成12年同大学大学院助教授(小児科)、平成16年東京北社会保険病院副院長、平成20年同院長、平成21年4月現職。公益社団法人地域医療振興協会理事、日本子ども健康科学会理事、日本小児神経学会評議員、日本睡眠学会理事。主な著書「睡眠の生理と臨床」(診断と治療社)、「子どもの睡眠」(芽ばえ社)、「夜ふかしの脳科学」(中公ラクレ新書)、「ねむりのはなし」(共訳、福音館)、「ねむり学入門」(新曜社)、睡眠関連病態(監修、中山書店)、小児科Wisdom Books子どもの睡眠外来(中山書店)「四快(よんかい)のすすめ」(編、新曜社)、「赤ちゃんにもママにも優しい安眠ガイド」(監修、かんき出版)、「イラストでわかる! 赤ちゃんにもママにも優しい安眠ガイド 」(監修、かんき出版)、「しらべよう!実行しよう!よいすいみん1-3」(監修、岩崎書店、こどもくらぶ編集)等。