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減塩対策で死亡率を減らす![2] 日本で減塩対策を進めるには

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2015年4月より、厚生労働省が定める「食事摂取基準」において、塩分摂取量の基準が改定されました。男性9グラム未満が8グラム未満へ、女性7,5グラム未満が7グラムに下げられています。しかし、このガイドラインには普段生活している中での遵守義務はありません。さらに現状では日本人の食塩摂取量は男性で14グラム、女性は11,8グラムという基準を大きく上回る調査結果が出ており、基準値まで下げるためのハードルはかなり高いものであると言えそうです。

―英国にならった減塩対策を日本でも進めていくには、具体的にどのようなことが課題になるとお考えになりますか。

課題は日本での疫学への興味関心がとても低いことです。それによって3つの問題があると感じています。

まず、産業界と研究機関の関わり方についてです。英国は、塩分含有量の多い食品に対してそれぞれの目標数値を設定し、長期間かけて徐々に塩分を少なくしていくよう各食品業界に働きかけました。そして各業界がどれ程その数値を達成しているかどうかを、「CASH」という独立した第三者機関が調査・研究を行っていました。CASHは多くの団体や個人による支援を受け運営している機関で、産業界の影響がない状態でアカデミックな見地から活動しています。そのため、日本の場合でもそのような第三者機関が、産業界からの影響をなくして調査・研究を進めることができるかどうかということが課題となります。

日本の食品は、国民の健康を考えたというものよりも、利益追求の意識が高いものの方が多いように感じます。その食品の良いとされるところが商品価値として押し出されすぎていて、悪い部分はほとんど触れられません。例えば「青魚の缶詰には「EPAやDHAが豊富に含まれていて健康に良い」というような宣伝文句がラベルに記載されたり、メディアで取り沙汰されたりしています。しかしその塩分含有量は多いにも関わらず、「塩分の取りすぎはあなたの健康に害を及ぼす可能性があります」というような注意書きは表示されていません。

本来健康が関与することに関しては一般経済とは違う議論がされなければなりません。しかし経済振興という旗が振らていると、「国民の健康」も含めた全体的な理論が扱われにくくなってしまいます。売れる商品のための研究に対しては企業は出資します。そのためその商品価値を上げるために、「○○は体に良い」という一部の小さな健康効果が宣伝されやすく、塩辛くて美味しいものに対して塩分の注意書きがされることはなくなってしまうのです。

2つ目は、栄養士の教育についてです。本来栄養学は個別レベルではなく集団レベルでの物の見方や考え方で学ぶべき学問です。それにも関わらず、日本にはそのような公衆衛生学的な観点で栄養学を学んだり、研究したりできる教育の場がとても少なく、教えられる人も多くありません。国際的なレベルで研究を進めたり論文を発表したり議論を交わしたりするための研究機関が栄養学部に開設されるようになったのも、歴史的にみると日本ではつい最近のことです。そのため、企業利益に流された情報を栄養士が発してしまうという状態になってしまうのです。

また、3つ目の課題として、人々の健康を一番気づかう立場であるはずの医師も、予防の効果というものをあまり重要視していないところがあります。ここでいう予防は1次・2次・3次予防のうち、発症予防である1次予防にあたります。2次・3次予防は「治療」という名目に置き換えることができるので、こちらに取り組んでいる医師は多いです。

医師は病気になった人をいかに助けるかということが医学教育においても前提となっています。そのため病気になっていない人に対して発症予防に積極的に働きかける医師というのはごく僅かと言えると思います。

―先生はこれらの課題についてどのような解決策があると考えられますか。

お話ししたように、減塩を進めていく上で、英国とは異なる日本の課題というのはたくさんあります。その中でも産業界で、減塩を自主的にサポートする企業や、少量ずつしか出ない調味料の容器をつくる企業などもあります。そのように利益追求のみではなく、人々の健康を考えた商品を売り出す際には、公的な支援がされたらいいなと思います。

また、医師が発症予防に目を向けるようになるには、公衆衛生を学ぶことに尽きると思います。しかし、公衆衛生というのは総合学問なので、医学生のうちに学んでもぼんやりとしていて理解しにくいのが正直なところです。公衆衛生の重要さに気づくようになるのは、多くが数年医師として働いて多くの患者さんを診療したり、その地域の状況を知ってからです。そのため、ある程度現場を学んでから公衆衛生を学ぶ方が効果があると考えます。また、病院ばかりに閉じこもらずに、若いうちからもっと社会に出ていくことが、医師には必要ではないかと考えます。

私自身としては、栄養士と相互利益を図れるような関係性を築いていき、そこから派生して、栄養疫学の大切さを知り、学ぼうとされる栄養士を増やしていきたいです。今回、24時間蓄尿法にて日本人の食塩摂取量の調査するにあたり、日本人の代表値となるような研究参加者を得て、なおかつその方たちの丁寧な食事記録を取る必要がありました。そこへ、以前から疫学研究への強い関心を持ってくださっていた日本栄養士会理事の政安静子さんらのグループが協力してくださることになりました。そこから全国の福祉施設に勤める栄養士さんたちが、その施設に勤める職員の方々のデータを集めてくれたのです。このように、栄養疫学に意欲のある栄養士の方々もいらっしゃるので、今後もそのような方々と研究を進めていきたいと考えています。

病気の発症予防においてはもちろん、治療においても栄養は重要な役割を担います。しかしこれまで日本の医学部には栄養の講座が極めて少なく、研究や教育が進んでいない領域でした。また「栄養のことを知る・学ぶ」となっても「栄養疫学」という言葉にはなかなかたどり着きません。人々の健康にとって必要不可欠な学問である栄養疫学を研究し広く伝えていくために、初代として何もないところからこの研究室をつくりました。これからも栄養士の方々と協力して研究をしたり、栄養疫学について一般に広める専門家を輩出したりしていくことで、栄養面から社会全体の健康を支えていきたいと思っています。

 

[前の記事]

減塩対策で死亡率を減らす![1] 英国はどのようにして減塩対策に成功したか

参考:
「佐々木敏の栄養データはこう読む!疫学研究から読み解くぶれない食べ方」(女子栄養大学出版部)
「公衆衛生 第79巻 第8号 2015年 8月特集 『公衆栄養への期待 健康長寿を支えるための公衆栄養の科学と実践』」(医学書院)
「栄養と料理 特集 『「塩研究」に貢献した栄養士たちの舞台裏』」(女子栄養大学出版部)

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医師プロフィール

佐々木 敏 公衆衛生学

1981年京都大学工学部、1989年大阪大学医学部卒業。大阪大学大学院、ルーベン大学大学院(ベルギー)博士課程修了後、名古屋市立大学医学部公衆衛生学教室、国立がんセンター研究所支所臨床疫学研究部などを経て、独立行政法人国立健康・栄養研究所栄養所にて要量策定企画・運営担当リーダー、栄養疫学プログラムリーダーを務める。
2007年東京大学大学院医学系研究科の公共健康医学専攻(公衆衛生大学院)新設を機に社会予防疫学分野を設立し、教授を務める。女子栄養大学客員教授。
日本人が健康を維持するために摂取すべき栄養素とその量を示したガイドライン「食事摂取基準」(厚生労働省)策定に貢献。日本の栄養疫学研究において中心的役割を担い続ける。
著書に「わかりやすいEBNと栄養疫学」「食事摂取基準入門―そのこころを読む」(ともに同文書院)、「佐々木敏の栄養データはこう読む!疫学研究から読み解くぶれない食べ方」(女子栄養大学出版部)がある。月刊誌「栄養と料理」(女子栄養大学出版部)連載中。

佐々木 敏
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