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10年ぶりのGL改訂 高齢者の薬、リスト発表の真意

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高齢者は薬物有害事象の頻度が高く、重症例となるケースも多いことが問題視されています。そこで高齢者薬物療法の安全性を求める目的で、2005年に初めて「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」が作成され、10年ぶりに改訂されたものが2015年12月21日に刊行されました。刊行に先立ち開催されたプレスセミナーでは、ガイドライン作成チームの代表を務められた秋下雅弘先生が、ガイドライン作成にあたっての背景や薬物リストの注意点などを解説されました。高齢者の薬物療法にまつわる今後取り組むべき課題とは。

◆2つの薬物リストの目的と対象者

「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」は、薬物有害事象の回避を主な目的として作成しています。対象者は、高齢者の中でも特に有害事象発生のリスクが高い75歳以上の後期高齢者や、75歳未満でも「フレイル※」もしくは要介護の方です。一概に「高齢者」と一括りにしてしまうと、高齢者の概念が人により幅広くなってしまい、元気な方への過少医療を招きかねないので限定しました。

※フレイル
加齢に伴ない、ストレスに対する脆弱性が亢進した状態。筋力低下のような身体的問題や、認知機能障害やうつなどの精神・心理的問題、独居や経済困窮などの社会的問題などを抱えた状態を指す。

「開始を考慮するべき薬物のリスト」については、65歳以上の元気な高齢者を対象とし、「高齢のため処方できません」などというような過少医療を防ぐ目的で作成しました。このリストの作成は今回初の試みで、さまざまな方面や学会内からも慎重な意見が数多くあったため、エビデンスレベル『高』で推奨度『強』のもののみ記載しました。

◆ガイドライン使用時の注意

1.リストに載っていても処方の判断は慎重に

使用している薬が、特に慎重な投与を要する薬物リストの中に入っていると、「即刻中止しなければ」という考えについなりがちですが、決してそうではありません。同様に、開始を考慮するべきリストについても「リストに載っているから即処方してみる」となるのではなく、使用することによって問題が起きないかどうかを検討の上、処方していただきたいのです。

それぞれのリストは「禁止薬」や「安全な薬」を示すものではありません。あくまでもスクリーニングツールであり、検討すべき事項をしっかりと考えた上で、慎重に開始・継続・切り替え・中止を判断していただくことを前提としています。その判断がしやすいように、リストの使用フローチャートを作成し記載しています。

2.医師・薬剤師は患者に十分な説明を

薬物療法について、過剰もしくは過少ではないか不安に感じる高齢者の方もいらっしゃると思います。医師に対して不信な点があると不安感は強くなるので、処方内容についてはしっかり説明していただき、自己中断されないように十分な指導を行うということが医師には求められます。基本的には主治医への相談と判断が望まれますが、それが難しいケースもあるかもしれませんので、そのような場合にかかりつけ薬局の薬剤師さんが対応できるようになることも必要だと考えます。

3.医師・薬剤師以外の方は自己判断せずに、まずは医師・薬剤師に相談を

このガイドラインは、実地医家(開業医)向けですが、服薬管理に関わる薬剤師や、服薬管理を行う看護師も対象となります。しかし看護師は、薬の知識が医師や薬剤師に比べると不十分なので、患者さんへの処方提案などには利用せず、まず医師・薬剤師に相談してください。

また、ご自身やご家族の方にも処方薬について確認したい時にリストを参照していただけますが、医学的知識を持っていない方がリストを見ると、服薬を安易に自己中断されてしまう危険性があります。医師の処方により出されている薬は必須なものもあり、自己中断することで症状が悪化してしまう可能性もあります。そのため、気になる点があれば、必ず医師や薬剤師に相談していただきたいのです。

◆次の改訂に向けて

通常ガイドラインは5年に一度改訂するものですが、高齢者に多い疾患について全てを網羅し改訂の準備を進めていくことに膨大な作業を要したため、10年の歳月がかかりました。それほど複雑な領域である上に、高齢者の薬物療法のエビデンスは国内はもとより世界的にも少ないのです。

例えば、高血圧や脂質異常症などは、それぞれのガイドラインがしっかりしていて、その中に「高齢者」についての言及もあります。しかしここで言及されている「高齢者」は、ほとんどが元気な前期高齢者を対象としたものであり、後期高齢者や要介護・要支援状態に該当するいわゆるフレイルな方や認知症の方などは含まれていません。

また、各病態が合併した場合はどうなのかといったエビデンスもありません。現在あるデータは海外の文献が多く、データがあったとしてもn(母数)が小さいなど十分なエビデンスがあると言えないもののため、データを集めることに苦労しました。

こんなにも日本の高齢者のエビデンスが少ない背景には、日本に老年医学があまり定着していないということが一因としてあります。そもそも老年科がある病院も非常に少なく、医学部の講座に老年医学がないところもかなりあります。一方で、薬物有害事象の出現頻度が高く、重症化しやすいフレイルな高齢者がこれからますます増えていく中で、このような方々を対象としたエビデンスをつくる研究を進めていくことが求められています。今回のガイドラインに基づいた薬物療法を実践することで経過がどう変わるかなど、次の改訂に向けてより適切なものとしていくためのフィードバックや検証をしていきたいと考えています。

 

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医師プロフィール

秋下 雅弘 加齢医学・老年病科

東京大学大学院医学系研究科加齢医学・東京大学医学部附属病院老年病科 教授。
1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部老年病学教室助手、ハーバード大学研究員、2002年より杏林大学医学部高齢医学助教授、2004年より東京大学大学院医学系研究科加齢医学助教授などを経て、現職。高齢者への適切な薬物使用について研究し、学会・講演会・新聞・雑誌などで注意を喚起している。「高齢者の安全な薬物治療ガイドライン2015」の作成にあたり研究代表を務める。その他、性ホルモンと加齢疾患、フレイルなどを専門とする。著書に『男が40を過ぎてなんとなく不調を感じ始めたら読む本』(メディカル・トリビューン社)、『薬は5種類まで 中高年の賢い薬の飲み方』(PHP新書)などがある。
日本老年医学会 副理事長
日本老年医学会・高齢者薬物療法のガイドライン作成ワーキンググループ 委員長

秋下 雅弘
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