人は誰しもが自分の感情や考えを「わかってほしい」と思っています。この思いをうまく活用してより良い人間関係をつくっていく考え方を、スポーツドクターであり「ごきげんに生きる」ことを提唱されている辻秀一先生が教えてくださいます。
◆誰もが持つ「自分のことをわかってほしい」という感情
人はみんな“自分のことをわかってほしい”という「本能」をもって生きています。
いったい何をわかってほしいのかというと、「自分の感情と考えをわかってほしい」のです。そこには例外はありません。
行動は現実の諸問題に規制されていますが、感情と考えは自分の自由です。よって、「わかってほしい」という欲求は、相手に自由を保障してもらい、自由を謳歌したいという願望の表れなのです。逆にわかってもらえないと、自由が束縛され、自分自身の存在価値が否定されたような気分を味わい、ノンフロー(=機嫌が悪い状態)に陥ることになります。
全ての人には「自分のことをわかってほしい!」という叫びにも似た本能があるので、人のことをわかってあげるよりも、人にわからせることに夢中になります。それは自分の存在を主張するための本能的行為でもあります。
ですが、当然そこには矛盾があります。みんながわかってほしいのに、誰もわかろうとする人がいなければ、ノンフローで不機嫌な人が社会に溢れることになるのです。
◆「わかってもらう」前に「わかってあげる」
そして「わかってもらう」と言う前に、「わかってあげる」と考える思考習慣を自らが持っていることが大切です。「わかってあげる」と考えている人は、その思考そのものが波動となって相手に伝わります。そう思考するだけで、相手は「この人はわかってくれようとしている」と感じ取り、安心感と満足感で確実に心にフロー(=ご機嫌)の風が吹くのです。
ここで大切な「わかってあげる」は同意するということではなく、受け入れるという感じです。英語で言えば、agreeではなくunderstand です。理解して受け入れることは、いつでもどこでも誰に対しても、同意することよりもできやすいはずです。
これは、よい教育者あるいはプロスポーツのコーチで名伯楽と言われる人がすべからく身に着けている思考です。教育者にしてもコーチにしても、教える側と教えられる側の信頼関係がなければ(つまり“フローな風が吹く”関係でなければ)、良い結果は得られないでしょう。「わたしは教育者でもコーチでもない」という人もいるでしょうが、人間関係の中で誰もがこうした立場に立つ機会があるはずです。
まずは、人間関係を生きる上で「わかってあげる」と考える自分づくりが重要です。さらに、そこでの主役は相手ということになるので、相手が「わかってもらった」と感じなければなりません。「俺はわかっているんだ!」では、独りよがりの発想になってしまいます。あくまでも相手が「わかってもらった」と感じないかぎり相手にフローな風は吹かないのです。
では、そう感じてもらうためにはどうすればいいのでしょうか?
>>「わかってあげる」ために必要な2つのこと
◆「わかってあげる」ために必要な2つのこと
答えは2つ。「聴く」こと、そして「伝える」ことです。まず、相手の話をちゃんと聴かないと相手が何をわかってほしいのかを把握できません。そして、人の話に耳を澄ませてちゃんと聴くには、聴く方がフローな状態でなければなりません。集中力を欠いた状態では、相手の話を深く理解し、共感することはできないのです。
さらに、聴いただけでは不十分です。聴いてわかり、理解したことを相手にちゃんと伝えることが何よりも重要です。相手はそこで初めてわかってもらえたということが自覚できるからです。聴くこと同様、伝えるということのためにも、こちら側がフローな状態でなければ難しいのです。まずは機嫌のよい自分を作ることから、【自分がフローでいる→聴く→伝える→相手がフローになる→自分にもフローが還ってくる→自分のフローが倍増する】という好循環が生まれます。この仕組みを理解し、相手のためを思うという姿勢は、それだけで深い信頼関係を築く魔法です。
◆子どもは感情を「わかってほしい」
人は自分の感情と考えをわかってほしいのだということを先に述べましたが、子どもの場合はほぼいつも「感情をわかってほしい」となります。子どもは、考えの部分がまだ未熟だからです。ところが、ほとんどの親や大人は子どもがネガティブな感情を持った瞬間にその感情を否定してしまいます。ですがよく考えてみてください。本来は、どんな感情を持とうが自由であるはずです。子どもが宿題を「嫌だ」と感じてそれを表現したら、即座に否定してしまう親。でも本来、「嫌だ」という感情が湧いてくるのは自由です。
もちろん、宿題はやらなければならないし、忘れてはいけません。ですが、宿題を嫌だと子どもが感じるのを否定する権利は、親にもないはずです。この感情の自由と行動の制限という人間の法則をよく理解していくことが重要です。
◆男女で違う「わかってほしい」こと
そして大人になると、感情だけではなく考えもわかってほしくなります。
大人であっても男女で違いがあります。一般に、女性は感情をわかってほしい傾向が強く、男性は考えをわかってほしい傾向が強いのです。感情をわかってほしい、だから女性の多くは話好きです。自分の感情を理解してもらうために話すのですが、感情は上手く表現するのが難しく伝わりにくいので、ついつい話が長くなります。
女性同士ならまだ慣れていますが、男性はその伝えにくい感情を理解するのが苦手で、「結局何が言いたいのか、単刀直入に言ってほしい」と思ってしまいます。このギャップのために、男女間のすれ違いが起こることがしばしばあるのです。
家で奥さんが、今日は「こんなことがあってこんな嫌な気持ちになった」ということを夫に伝える場合、一番わかってほしいのは、最後の「嫌な気持ちがした」という感情の部分です。しかし、その感情を伝えるための前振りとして、さまざまな出来事などが長々と話に出てきます。男性はその時点でその出来事に対する解釈を加えて反応してしまい、肝心の奥さんがわかってほしい感情のところまで行きつけないのです。
最後の「こんな嫌な気持ちになったのよ」という部分までたどり着く前に、「俺なんてもっと会社で嫌なことあるぞ!」とか「そんなことしているからそうなるんだ!」とか「じゃあ俺に何しろって言うんだ!」などという反応をしてしまうので、奥さんの感情をわかってあげることができなくなるのです。ただ、嫌な気持ちになってしまったんだというその気持さえわかることができれば、奥さんをフローに導いてあげることができるはずなのに…。
こんなことでは、夫婦関係や人間関係の悪化が起こるのは当然でしょう。「どうせあの人はわかってくれない」というノンフローな人間関係の構築が起こってしまうのです。
一方、男性は考えをわかってほしい傾向が強いので、自分の考えについて奥さんから改善要求がでたりするとノンフローになります。例えば、子どもの教育について「あなた少しは考えているの?もっとちゃんと考えてよ」と言われると、実際に考えていてもいなくても「ごちゃごちゃうるさいなあ」となります。逆に、「あなたなりに考えてくれているのね。じゃあ、進学先の事もう少し調べて考えておいてね」などといわれると、自分の考えを尊重しようとしてくれていると感じるので、夫の心はフローの方へ傾きます。そしてもっと真剣に考えてみようかなという気持ちになれるのです。
◆良好な人間関係のカギは「わかってあげる」こと
「わかってほしい」という人間の本能に従った人間関係づくりは、軋轢を生みにくく、信頼関係を根づかせます。
まずは自分がわかってあげると考えることから始まり、さらに聴いて伝えていく。こうした選択をすることが良好な人間関係の鍵となるでしょう。この魔法の鍵をぜひ手に入れて、片時も離さず自分のものとしてみてください。