近年、「事業」を立ち上げている医療者は増加傾向にあるかと思います。しかし、ゼロからイチを作ることはすごく孤独で大変なこと。そのことを身をもって経験してきたメドピア株式会社代表取締役社長の石見陽先生をはじめ、参議院議員の自見はなこ先生や日本医療政策機構理事の宮田俊男先生、横浜市立大学大学院医学研究科准教授の武部貴則先生は、人と人が有機的につながりお互いに助け合いながら事業を作れるエコシステムを、医療界にも構築したいと考えました。そしてスタートさせたのが、「01 Doctor Initiative」です。
このイベントには、事業を作りたいと思っている、あるいはすでに作っている医師や医学生が約80名集まりました。2時間半のイベントの多くを懇親会に割き、つながりをつくる場としての機能を果たしていました。ここでは、前半のパネルディスカッション「今後の医療・ヘルスケア事業の可能性」の様子をお伝えします。
◆◆パネルディスカッション「今後の医療・ヘルスケア事業の可能性」◆◆
パネリスト:
■メドピア株式会社 石見陽先生
2004年12月に株式会社メディカル・オブリージュ(現メドピア株式会社)を設立、医師専用のコミュニティサイト「Next Doctors(現MedPeer)」を開設し、現在10万人以上の医師が参加するプラットフォームへと成長させた。
■参議院議員 自見はなこ先生
小児科医として都内の病院に勤務。医療現場で国民皆保険制度の大切さを実感し、その維持・発展のため政治家を志す。2016年参議院議員選挙にて自民党比例区(全国区)から立候補、当選を果たした。現在も小児科医として非常勤で勤務しながら、医療現場を知る議員として活躍している。
■日本医療政策機構 理事 宮田俊男先生
外科医として大阪大学医学部附属病院で手術や治験、臨床研究、再生医療に従事したのち、厚生労働省に入省。医系技官として税と社会保障の一体改革や臨床研究関連予算の設計、薬事法改正、再生医療新法の立案など数々の医療制度改革に携わる。退官後は現職に就くとともに、全国の大学での講義や行政のアドバイザー、医療・ヘルスケア系企業の顧問や社外取締役を務め、多方面から医療課題解決を試みている。
モデレーター:
東京ベイ・浦安市川医療センター 心臓血管外科部長 田畑実先生
◆そもそも、「事業」とは何か?
田畑(以下、敬称略):まず、事業って何でしょう?
石見:事業を作る人の一人として、創業時、事業についてすごく考えました。結論として事業とは、スケールさせることじゃないかなと思っています。自分の場合は、「ビジネス」というスタイルの事業。一人ひとりの力には限界があるので、人と人とがつながってビジネスや政策でシステムを作って、一人では越えられないところを越えていく。それが事業になると思います。
田畑:国の政策などは大きな単位の話ですが、例えば臨床の仕組みを作るとか、院内で教育の仕組みを作るというのも事業ということですか?
石見:会の冒頭あいさつでコメントできませんでしたが、、医師の従来の仕事である「臨床」「研究」「教育」に掛け算で「事業」が組み合わさることもすごくあると思います。
田畑:自見さんは、どうでしょうか?
自見:多くの皆さん、初めまして、こんばんは。私は小児科医をしながら2016年7月に国会議員という立場をいただきました。政治家になるような人生設計を描いたことはなかったのですが、どういう訳かいろいろな出来事が起こり、政治家を志して政治家の世界に飛び込んでしまいました。事業は何かということですが、私が思うのは社会に影響を与えることではないかと思います。ソーシャルビジネスという言葉もありますけれども、そういう意味において、政治家も事業の1つではないかと思っています。
宮田:私も色んな事業に携わっているのですが、事業とは、それをすることによって社会を変えることだと思うんですね。今日のパネリストたちは皆、今も臨床現場に携わっていますが、臨床現場では色んなことがありますよね。それを変えていくのが事業だと思います。
◆医者は事業に向いている?
田畑:皆さんの話を聞いてみて、事業をやろうと思うきっかけとして、実際に臨床現場を経験して問題を見つけるのがポイントなのではと思いましたが、自見さんと石見さんは、そういうのがあったんですか?
石見:僕の会社はインターネット上で医者のネットワークを作っていますが、原点は医者一人一人がすごく孤独だなと思ったことです。朝から晩まで忙しく働いていた時に、大野病院事件が起きました。自分が臨床医をやっている時、ある日突然逮捕されるかもしれないというのが、すごいセンセーショナルで……。世の中の医者の中で、自分がどれくらいの常識レベルにいるのか知りたいと思ったんですが、それを知る手段がなかったんですよね。それを知るために、医者同士の情報なり経験なりを共有するため、すごく発達してきていたインターネットを使おうと思いました。
自見:私は、医者という職業は、その性質から政治家に最も向いている職業のひとつだと思っています。医者は重症患者さんが来たときにどこから治療にあたり救っていくかトリアージする癖がついているので、政治家として物事を決断するときにも、とても役に立つ判断基準になると思うんですね。また、臨床あるいは基礎研究を経験しなければ分からない現場に基づく医療人としての問題意識には、非常に深いものがあって、これは社会の根源にとても深く密接に結びついています。
田畑:確かに医者は論理的に考えて、かつ、人間の感情も扱い決断していて……政治家も皆そうあってほしいですよね(笑)。
(会場笑)
自見:医者で政治家になってくれる方がどんどん増えてほしいと思います!もっともっと増えてほしいですね!
◆臨床経験がなくても、事業はできるか?
田畑:宮田さんもドラッグ・ラグやデバイス・ラグの問題などを感じて厚生労働省に入省していますよね。今日は医学生の方も多いので、伝えたいことはありますか?やっぱりまずは、臨床なり研究なりを、ちゃんとやったほうがいいってことですかね?
宮田:それはやったほうがいいと思います。
田畑:ですよね。最近は医学部を卒業してすぐに事業をやろうと考えている医学生もいるみたいですが、どうですか?
宮田:確かに私も、そのような医学生に会う機会が増えました。でも面白いことに、研修せず事業などに関わっていると、不思議と臨床がしたくなってくるみたいです。でも卒業してからちょっと遠回りしていると、なかなかマッチングにかからないんですよ。(会場笑)やっぱりこういった政策なり世の中のことを変えるために医者としての説得力を持つには、臨床とか研究とかを知っていないと説得力がないのかなと。
田畑:確かに、我々外科医の世界を変えようとしたら、やはり手術ができないと誰も耳を貸してくれないですよね。「手術できない奴が何か言っている」って。やはり医療を変えたいとしたら、医療の中でベーシックな仕事をしておかないと、ということですよね。石見さんはどう思われますか?
石見:僕は今でも週一回の外来をやっています。ITの会社をやっていると、目の前で生活保護の人と話すことは絶対ないわけですよ。世の中を知ると言ったらちょっと偉そうですけど、世の中で何が起きているかを知れるのは、やっぱり現場なんですよ。その現場感がITの領域に必要で、それが分かることが競合他社に対する強みなんだと思っています。
◆パネリスト3名が考える問題点と事業の可能性
田畑:今日のテーマである医療・ヘルスケアの事業の可能性。要するに、どういうことができるのか、どういうことをやっていかなければならないのか。それぞれの方が今一番問題と感じていて、それを変えるにはこういう事業があるんじゃないか、ぜひ若い人にも取り組んでほしいというのがありましたらぜひお願いします。
石見:昨日、東大でパネルディスカッションをやってその受け売りになりますけど、医療界にもイノベーションのジレンマとか、破壊的イノベーションが起こりうるというのは、僕もその通りと思っています。一方、持続的イノベーションも必ずある。
今僕はテクノロジー系の会社を運営しているので、それをどう活かしていって、私たちが今医療の中でどういう状況にいるのかをディスカッションしていたんですが、私たちは、第一から第四世代くらいまで分けると、ちょうど第四世代位にいると思っています。太古には開業医さんから始まって、専門性を持った総合病院という形に集約されていたのが、最近コストが膨らむために、だんだん在宅医療の時代になってきた。そして、第四世代目として遠隔診療などテクノロジーの導入が進んでくるでしょう。
遠隔診療の領域は去年、厚労省の解釈の変更があって、ヘルステック業界はちょっとざわざわしている状態です。実際に世代が変わっていく中で、物理的に離れたところに医療を届ける訪問診療を補完するツールとして、ITを利用した遠隔診療があって、今後、この辺のことがつながっていくところにいるはずです。会社としてはネット上の医者の会員制サイトを利用しながら、リアルに患者に医療を直接届けるような、ネットとリアルの融合した医療にすごく注目しています。
田畑:医療にITを入れなきゃいけない今の医療の問題点は何ですか?効率が悪いとかですか?
石見:ITを入れるときに必ず言われるのが、法律や個人情報保護の話とコストの問題、かつ、質の担保。質の担保は、効率的にITを入れることによってできるんじゃないかなと思っています。
田畑:医療のコストを下げたり、効率を上げたりすることにITを使うと。そういう分野にITを使うことに可能性があるというのが、石見さんの考えですね。自見さんはどうお考えでしょう?いろんな問題点と解決の可能性があることは分かるんですが、ご自身の中でどんなところが一番の問題で、それをこういう風に変えたらいいんじゃないかとかありますか?
自見:政治の世界から見た医療ヘルスケア事業の問題点を踏まえて、こんなところを変えたらいいんじゃないかというのは、今皆さまもご存じの通り、年間国家予算の1/3が社会保障費という中で、今日も来てくれているような同じ志を持った医系技官の方々が頑張ってくださっているのですが、もっと医療の世界への理解者を増やしたい、逆に言うと、あまりにも理解者が少ないということです。
先日の自民党部会で高額療養費制度の話があった時に、自民党の医者ではない議員さんが私に「自見さんさぁ、そもそもこんなのいらないじゃないか。支払う能力がないなら、高額な医療を受けなきゃいいんじゃないかなぁ」と、朝から元気な声で言うんですね。「先生、今、先生が脳出血で倒れてCT撮ってICUに入ったら、1泊20万円とか30万円はかかりますよ!」と言うと「あっ、そんなに高くつくの!?知らなかった……。それだったら制度がないとダメじゃん」と言われたんですね。
私たちからみると本当に子どもに話すようなことをですね、ある程度決定権がある政治の方たちにもお話していかなければならなくて、その架け橋、ファシリテーターにならなきゃいけないと私は思っているんですね。特に政治の世界に、そういうところを上手に整理していく人がまず絶対的に必要だなと感じています。
あと医療とITに関しては、医療に関わるそれぞれの業界団体や自治体が個別に取り組んでいることが多いんですね。分断されているそれを横断的につなげていくことが必要です。そのためには、今は臨床の場面でも基礎研究の場面のおいてもコミュニケーションと粘り強い調節が必要と感じています。
田畑:架け橋の重要性は分かるんですが、新聞などを読んでいると高齢者の自己負担を増やそうとしても政治家が最後に潰すわけですよね。架け橋としての結果を出して、政治で変えていくのはなかなか難しいんじゃないかと……。
自見:結局はですね、そろそろ限界に来ているんです。多くの政治家も官僚の方もそうですが、社会保障費の枠の中だけで議論しようと思うから限界なんだと感じています。特に2013年以降、所得の再分配機能が落ちてきているんですね。そのことが議論がされていないことが、最大の問題だと私は思っています。
子どもの貧困の議論は皆さんご存知ですけれども、「じゃぁ子ども食堂を民間の基金に頼ってやるのは、我々の国のあり方として本当は恥ずかしくないのか?」などという議論はなされていない。今回初めて税制調査会に入ったんですけど、非常に残念に感じました。小さな穴をあけてくれた方々はいるので、来年は私も一緒に頑張っていこうと思っていますが、税のあり方や予算配分の仕方により我々の国のあり方そのものに向き合う、これこそ政治家がやらなければならないことだと、私は思っています。
宮田:私はお医者さんの中に壁があると思うんですね。何となく最初からちょっと難しいんじゃないかと思って諦めちゃっていたり、そもそも忙しかったりというのもあると思いますが。田畑先生はハーバード大学に行かれていますが、例えば海外の医者は物事を変えるデザインとか方法論を学ぶわけですよね。そうして5年とか10年スパンで戦略を立てるんです。どういう人を巻き込んでいくとか、そういったことを考えていく人と、そういうことを考えずに現場だけで解決しようとする人とでは、10年後にやっぱり大きな差が出てきます。そういったデザインをしっかり学べる場とか、あるいは少なくともそういうのが得意な友達がいるとか、そういったことがとても大事なのではないかと思います。
田畑:例えば、医者や医学生の教育にも事業の可能性があるということですよね。
宮田:そうです。私は医学部の講義で地方にも行きますが、いつも最初に脅すわけです。「皆さんが最前線の40、50代なる頃には、患者さんが少なくなっているよ。だからどういうふうにキャリアを積むのか考えなきゃいけません」と。そうすると、みんなおかしいぞとびっくりして、すごい世界に入ってしまったと思っちゃう。なので、色んな意識を高めて新しいものを生み、変える意識を持ってほしいと思います。
田畑:皆が皆大きなことをやってやろうと思わなくてもいいけど、ちょっと目の前の患者だけじゃなくて、その中で問題点を探して解決策を探ろうと、そういう感じですね。ありがとうございました。
会場からは、「お医者さん同士の話にはあまりにも愚痴が多いことがすごい残念。今日登壇した方々のように『こうしたい!』という前向きな発言ができる医師が増えてほしい」という意見や、エールの言葉が届けられていました。
(取材日 / 2016年12月14日、取材 / 北森悦)