総合診療専門医研修制度がスタートした翌年の2019年、横田雄也先生は、岡山家庭医療センターで総合診療医への道を歩み始めました。当時は、新制度での学びに不安もあったそうですが、順調にキャリアを重ね、将来は家庭医として地域と深く関わっていきたいと考えています。どのようにして不安や悩みを昇華させ、目指すべき医師像を確立していったのか、お話を伺いました。
◆新設されたばかりの総合診療科での学び
―これまでの専門医研修を振り返り、どのように感じていますか?
5つの医療機関での臨床経験を通して、順調にキャリアを積んでいます。市中病院の救急外来では、たくさんの症例にふれたおかげで、救急医に必要なマネジメントスキルが鍛えられました。また山間部の小さな病院では、さまざまな年齢層の疾患に対応できるよう、自分の働き方や役割を変えていくことも学びました。上部消化管内視鏡検査や、新生児診療などもスムーズに行えるようになり、大きな自信がつきました。あと2年、診療所での専門医研修を行い、総合診療専門医と新・家庭医療専門医の資格を取得する予定です。
―2020年6月、日本専門医機構の総合診療専門医検討委員会に対して署名活動もされました。その背景には何があったのでしょうか?
あの頃は、新制度に関していろいろと不明瞭なことが多く、専攻医の立場から見ても釈然としないものがありました。例えば、ポートフォリオ(経験省察研修録)の様式が何度も変更されて評価の項目が減ったり、専門医試験の情報がなかなか共有されなかったり――。医師の質を担保するために始まった制度でしたが、当事者である専攻医や指導医が置き去りにされている印象がありました。そこでよりよい制度になるよう、同じ考えを持つ指導医の先生方と一緒に署名活動を行って、問題提起をした経緯があります。
その後、検討委員会の先生方とオンラインで対話する機会が得られ、私たちの意見を伝えることができました。多少なりとも声は届いたと思いますし、徐々に歩み寄れてきたと感じています。
―医療機関の垣根を越えて、医師や看護師と一緒に活動もされています。
「チームSAIL」という、健康の社会的決定要因(SDH)の考え方を日常診療に応用する手法の開発・実践・普及を行っている多職種チームでの活動を、初期研修医時代から続けています。 初期研修のなかで生活困窮世帯の方々を診療する機会が多く、SDHが健康に大きく影響しているのだということを知りました。
健康状態は、遺伝子や生活習慣などの生物学的要因だけで決まるのではありません。生活環境、地域や社会とのつながり、教育、医療体制など、個人ではコントロールできない社会的要因が複雑に関わり合っています。それがSDHです。
チームSAILでは、社会的バイタルサイン(Social Vital Signs:SVS)という考え方の普及活動を行っています(詳細はこちら:https://sites.google.com/view/teamsail/social-vital-signs)。臨床の現場では、呼吸数や脈拍、血圧などのバイタルサイン(生命徴候)を測って健康状態を把握します。それと同様に、その人の人間関係や労働環境、趣味、生活環境といったSVSをチェックすることで、健康状態に影響を及ぼす社会的要因を拾い上げ、その人の価値観や健康観を踏まえた上で、適切なケアやサポートにつなげていくことができます。医療従事者向けに、SVSに関するセミナーを開いたりしています。
◆総合診療・家庭医療へ進んだ決め手
―学生時代は何科に進みたいと思っていたのですか?
子どもの頃から、地域の人のために働く「町医者」への憧れがありましたが、将来の進路に関してはかなりあいまいで「何となく内科系かな〜」くらいの気持ちでした。
将来のことが少し明確になったのは、勉強会で岡山協立病院を訪ねてからです。患者さんを臓器別に診ずに、どんな疾患であれ、その人の困り事を丁寧に聞いてアプローチする。そして外来診療も病棟診療、訪問診療も担っている。大学病院で見た医師とは異なる仕事ぶりに興味を持ったのです。思い返せば、あの時見た医師の姿は、総合診療医の姿そのものでした。
岡山協立病院は、岡山医療生活協同組合が運営する病院。経済的な理由で必要な医療が受けられない人に無料や低額の診療を実施し、医療以外の面でもサポートしています。この病院なら、他では学べないことが学べるのではないか。そんな期待もあり、岡山協立病院で初期研修を受けようと決めました。
その頃から、臓器に関係なく、全般的に患者さんを診られる総合診療や家庭医療という分野に興味を持ち始めたのだと思います。でも、その頃はまだ総合診療や家庭医療という言葉すら知りませんでした。
―総合診療へ進むことになった決め手は、何だったのですか?
指導医が家庭医療学の研修を受けた医師で、家庭医療の知識に触れる機会がしだいに増えていきました。そんな折、2018年度に総合診療専門医制度が新設されることを知ったのです。しかし当時は、そもそも総合診療がどんな分野なのか、内科専門医研修と総合診療専門医研修は何がどう違うのか、自分の中で整理できていませんでした。総合診療に興味はあるものの、本当に自分は進みたいのか、それとも総合内科に進みたいのか、判断できずにいました。初期研修を始めて半年ほど経った頃のことだと思います。
そこで総合診療について調べていくと、家庭医療の考え方が根底にあることや、岡山に家庭医療センターという歴史のある研修施設があることが分かりました。センターを見学して「総合診療の専門医制度は新設で不安もありそうだけど、ここなら家庭医・総合診療医としての研修を十分積める」と感じて、総合診療の方面へ進むことを決めました。
◆「健康の社会的決定要因」を軸に地域の中へ
―先生が目指す医師像について教えてください。
地域の人々の生活に溶けこんだ家庭医が理想です。病気はもちろん、人々がどんな考え方や価値観を持って家庭や職場、地域で生活しているのか、そういったことにまで目を向けられる医師でありたい。そうなると、医療のスペシャリストであっても、おごることなく、人々が健康で幸せな生活を送れるようサポートしていく謙虚な気持ちと、医学以外の様々な分野や学問にも興味関心を持ち続けていかなければと思います。
将来的には、診療所やクリニックの医師として医療の視点からまちづくりなどに関わっていけたら、と考えています。具体的には、先ほどお話した「健康の社会的決定要因」を軸に、地域に働きかけていきたいですね。
一度完治した患者さんが、生活環境などの社会的要因が改善されなかったために、再び来院するケースを何度も見てきました。病気を治すだけでは真の健康の回復はないこともよく分かっています。患者さんの後ろにどんな社会的要因が隠されているのか、地域にどんな社会的要因があって、どんな健康問題を抱えている人がいるのか、そこまで考えながら関わっていきたいと思います。
―最後に、総合診療医や総合内科医など、ジェネラリストを目指す読者にアドバイスをお願いします。
ジェネラルな方向に進もうと思ったとき、膨大な知識やスキルを身に付けて華々しく活躍する医師の存在ばかりが目に留まるかもしれません。私が普段接する学生の中にも、「自分はあんなふうになれない」と思って、総合診療に進むのを躊躇する人もいます。
しかし、すべてのジェネラリストが何か特別なもの、スーパードクターになることを求められるわけではありません。ジェネラリストに求められるものは、自分が置かれた場所で求められていることに柔軟に対応しようとする姿勢と、そのために必要な知識と技術を学び、身につけていくことです。構えることなく、良い意味で「普通のジェネラリスト」を目指してほしいと思います。その上で、自分がやりたいことを一生懸命続けていけば、総合診療医や総合内科医としての技量は十分備わっていくと思います。
(インタビュー・文/coFFee doctors編集部)※掲載日:2022年5月10日