2015年12月10日、東京国際フォーラムにて「在宅医療カレッジ特別公演」というイベントが開催されました。「地域包括ケア時代に求められる医療と介護の役割」という題名のもと、医療と介護、そして政策の最前線で活躍されている10名のパネリストによるディスカッションが繰り広げられました。超高齢社会を迎えるにあたり、日本の医療と介護は今後どうあるべきか、あらゆる視点からその糸口を探ります。今回の議題となった3つのテーマについて、3回に渡りお伝えしていきます。
「在宅医療カレッジ」は、医療法人社団悠翔会が定期的に開催している、在宅医療に関する勉強会です。悠翔会は東京近郊で24時間対応の在宅医療クリニックを東京近郊にて展開しています。毎回さまざまな分野のスペシャリストを講師に迎え、職種や領域を超える学びが得られる場となっています。
特別公演となる今回は、「患者中心のケア」「ケアの質と倫理」「持続可能性」の3つのテーマが議題として取り上げられました。まず、これらの3つのテーマに関わるパネリストたちが問題提起のプレゼンテーションを行い、その後主催の医療法人社団悠翔会理事長である佐々木淳先生が司会進行を務める中でディスカッションがすすめられていきました。
今回参加されたパネリストは以下の10名です。
・浅川 澄一 元日本経済新聞編集委員/ジャーナリスト
・加藤 忠相 株式会社あおいけあ代表取締役・慶應義塾大学客員講師
・亀山 大介 厚生労働省医政局地域医療計画課 救急医療対策専門官/医師
・川島 実 前元吉病院院長/医師
・木村 弥生 前日本看護協会 政策秘書室長/衆議院議員
・小早川 仁 学研ココファンホールディングス代表取締役社長
・下河原 忠道 株式会社シルバーウッド代表取締役社長
・西村 周三 医療経済研究機構所長(前国立社会保障・人口問題研究所所長)
・野島 あけみ 楓の風グループ副代表/保健師
・平井 みどり 神戸大学医学部教授・神戸大学医学部附属病院薬剤部長/医師・薬剤師
(敬称略、50音順)
最初のテーマは「患者中心のケア」。病気や治療に対する考え方や、年齢層の比率などが時代とともに変化している中で、医療や介護に求められるものも変化してきています。時代に求められる多職種のあるべき姿とは何か、まず5名のパネリストがそれぞれの活動を基として考えることを語られました。
次ページ >> 5名のパネリストによるプレゼンテーション
【プレゼンテーション】
地域医療のキーパーソンである看護師の力を活かす「カンタキ」とは ―木村 弥生氏
看護師は「いたわる・癒す・寄り添うこと」を得意とし、地域の「患者様やご家族の生活の場を支え、尊厳を守ること」が役割であり、その看護師の力を地域で活かす場として、看護小規模多機能型居宅介護(略称:カンタキ)を紹介されました。
「カンタキ」は、最期まで住み慣れた家で過ごしたいという人のため、「通い・泊まり・訪問介護」のサービスを一元化して24時間365日提供する小規模多機能の機能に訪問看護が加わったシステムです。医療依存度の高い方でも長時間継続的に利用者の生活を支えることができるのが特徴であるカンタキのような小回りの効くサービスが、今後ケアする側の人口が減少していく中でも地域密着型で看取りに対応できるとして、カンタキの認知を広め、より多くの看護師が在宅での生活を支えていけるようにしたいと話されました。
介護を『お世話するもの』から『自立支援』へ ―加藤 忠相 氏
加藤氏が代表取締役を務める株式会社あおいけあは、湘南藤沢地域で小規模多機能型居宅介護「おたがいさん」を運営しています。そこで働く介護スタッフは、食事の準備や掃除などではなく自立支援を業務としているため、「利用者の方の生活に寄り添いできることをやってもらう」という考えを重視しています。例えば、元自動車整備士の方にタイヤを交換してもらったり、元庭師の方に植木の手入れをしてもらったりなど、認知症であっても残っている手続き記憶やプライミング記憶に働きかけることでできることをやってもらっています。そのため、施設では「世話になっている」という顔をしている人はいないと言います。
加藤氏は介護に携わる人の問題点について指摘されました。「2000年の介護保険法制定以降は介護職の仕事は『悪化の防止と維持』となりました。2003年からは『尊厳を支える』、2010年からは『地域包括ケア』という言葉が掲げられ、自立支援が求められているにもかかわらず、いまだに『お年寄りのお世話』が仕事になっています。介護の仕事はいまや地域のデザインをする仕事でなければならないと考えます」
『残りの人生をどう生きたいか』という視点でのケアを ―下河原 忠道 氏
下河原氏の運営するサービス付き高齢者住宅(以下:サ高住)「銀木犀(ぎんもくせい)」は、さまざまな取り組みが他の高齢者住宅とは一線を画する存在として、海外からも注目を集めています。「安心して生ききる住宅」をテーマとしており、最期まで施設で過ごす入居者も多く、亡くなった方のお別れ会を施設で開催して最期は皆で見送ります。また、自立支援と地域交流に積極的に取り組まれ、入居者が地域住民に向けたお祭りを定期的に開催するなどしています。
もともと異業種からサ高住やグループホームの運営に携わるようになった下河原氏。患者中心のケアとは「高齢者の足りない部分を見て何とかすること」ではなく、「残りの人生をどう生きたいかという視点に基づいて設定するべき」と語りました。
「銀木犀では入居者も職員も一緒に生活を楽しもうという視点でやっています。加藤さんの言葉を借りると、高齢者たちを元気にして、地域で輝けるステージをデザインすることが高齢者住宅事業者の役割だと思います。本人中心のケアによって、高齢者が最後まで生きる意欲を失わないように支援するのが僕らの役割じゃないでしょうか」
医師と患者の関係性を逆転させる在宅医療 ―川島 実 先生
元プロボクサーという異色の経歴を持つ川島先生。ボクシング引退後、奈良、京都、沖縄、山形と各地で医療経験を積まれ、東日本大震災当時は院長不在となってしまった宮城県の気仙沼市立本吉病院の院長に就任し、地域が立ち直っていく姿を見守りました。病院で10年、在宅医療で5年医療に携わる中で感じたという、医師と患者の関係性について語りました。
「これまでの経験から、いくら『患者中心の』と言いながらも、病院には医者を頂点にしたヒエラルキーが存在していると感じます。そのため、医師が先生で患者さんが生徒になってしまう。一方、在宅医療では、患者さんの家に『ごめんください』と言って入っていくため、患者さんが主で医師が客となります。患者中心のケアを厳密な意味で実現しようとするという意味でも、在宅医療を充実させることは大事なのかなと思います」
医療介護チームでの薬剤師の役割とは ―平井 みどり 先生
平井先生は医師と薬剤師というダブルライセンスを持ち、両方の目線から高齢者の在宅ケアのなどにも積極的に関わられています。現在は大学で、医学生、看護学生、PT、OT、検査技師、薬学生などが一緒に症例検討して発表するという教育を実施しているとのことです。
薬剤師は介護・医療のチームにおいても世間一般的にもしばしば存在感が薄いため、薬剤師をより活用することで在宅医療の質は向上し医師も楽になると、平井先生は提言されました。
「医師が患者さんの要望に一つひとつ対応していこうとすると、どうしても薬が増える傾向にある。薬を減らすだけがいいわけではないが、不必要な薬を減らしていかに無駄を省き、ケアの質をあげるかというのが、薬の相互作用や副作用を得意とする薬剤師の役割」
その中で、他職種が得意とすることの視点に基づきながら効果的な薬物療法をしていきたいと話されました。
次ページ >> ディスカッション:現状の医療と高齢者が求める医療の違い
【ディスカッション】
◆多剤服用問題における、連携の課題
「高齢者を診療する中で、今の働く世代(20~50代)が求める医療と高齢者が求める医療が全く違うと感じる。若い人向けの医療を高齢者に当てはめていることで、色々な不適合が起こっているのではないか」という佐々木先生の問いかけにより、平井先生のプレゼンテーションの流れから、議論はポリファーマシー(多病に基づく多剤服用)の話題から始まりました。そこから、多機関・多職種連携の課題が垣間見えてきました。
川島 目がかすんで、目まいがして、胸焼けがすることがあって、腰も痛くて……と高齢の方はさまざまな症状が出るので、あちこちの専門医の先生から色々な薬をもらってきてしまう。
佐々木 僕自身も診療の現場でポリファーマシーの方に出会いますけど、患者さんかご家族が薬を減らすことに不安を感じて抵抗されることも多いです。そう言われると医者としても飲んでてもいいかな、となってしまったり。また、他の先生が処方している薬には手を出しにくいという実情があります。
実際に処方薬を数えてみて、40粒も飲んでいるという方は珍しくはありません。そのような方が主治医が変わることで薬を整理して減らしたところ、元気になったという例もあります。
西村 私自身も高血圧薬を服用していますが、薬を服用し忘れた時にそのことを薬剤師さんに伝えても、「困ります」と言われておしまいでした。現状の薬剤師の関わり方はこれくらいです。患者は何か症状が出たり、きちんと服用していなかったりしても、薬の知識がないためそれを短い診療時間内で医師に的確に伝える事ができません。そこに専門知識を持つ薬剤師さんに間に入ってもらうことで、一人ひとりに合わせた診療をするためのコミュニケーションが図れるのではないでしょうか。
浅川 薬による被害は認知症の方が多いです。そもそも何を決めるにしても、本人の意志がないのが問題ではないでしょうか。厚労省が掲げている地域包括ケアのモデルの図では、「本人と家族の選択と心構え」と書かれているように、本人と家族の意志は同じものとして書かれています。そのような定義をしていると、本人は「よく分からないから」と家族に任せ、家族も「よく分からないから」とお医者さんに任せて、延命処置が始まってしまったりするのです。そのようなことにならないように、まず本人と家族の意志をわけることが重要だと思います。
家族や専門職の意見に頼るのではなく、本人の希望になるべく沿う形で周りがケアやキュアをすることが大事なのではないでしょうか。しかし現実には、「ケアマネージャーのケアプランに沿ってやればいい」という風に、自分で判断する機会がなくなってしまっているように思います。
◆高齢者との交流を通じて子どものうちから学べること
その後、患者本人があらゆる決定に関して意志を持てるようになるためには教育が必要であるとして、高齢者と子どもの交流の場づくりについて、意見が続きました。
平井 浅川先生が「患者本人の考えや意思決定が重要」とおっしゃっていましたが、「自分の体は自分で守る」ということをしていけば、「先生にお任せします」ということが減っていくのではないでしょうか。日本全体にある「高齢患者は弱者だからお世話をしなければいけない」という考え方や、体をモノのように扱い「壊れたら修理工場に放り込めばいい」という感覚を変えていくべきで、子どもの頃からの健康に関する教育をもっとしっかりやっておかなければならないと思います。
西村 昔はお医者さんに診てもらうことがどんなにすごいことか、という時代でしたから、そのような経験をしてきた高齢者には「医療について何も分からないから、お医者さんにつまらない質問をしてはいけない」と思っている方が多い。そこへ、加藤さんや下河原さんのようなところでは、「普通に思う疑問は堂々と投げかけてみたらいい」というように「あなたの生き方は間違っていない」という励ましをしてくれます。だから認知症になっても元気で自信を持った高齢者の方々がいっぱいる。その様な方々と触れ合っていれば、子どもにとっても自然と教育になるという印象があります。
小早川 弊社でも多世代交流をテーマとした活動をしているのですが、子どもたちと入居者の交流は、入居者の方々のみでなく子どもたちにとっても効果があると感じています。そこで、高齢者と接することで子どもにとってもどれほどの効果があるのか、現在エビデンスを作成中です。地域の中で他世代が普通に交流でき、お互いに効果がある仕組について、今後も研究してく必要があると思っています。
下河原 私が運営するサ高住「銀木犀」では、入居者が番頭として切り盛りする駄菓子屋を併設しているところもあります。1日2時間だけオープンするんですけど、多いときは50人位子どもたちが入ってきて宿題をやったりして。子どもが高齢者に「うるせえ!」って怒られたりしてるんですけど、ああいう形が一番自然じゃないかと思うんですよ。よくあるような名ばかりの地域交流スペースでは、そのような交流は生まれにくい。本人の意志決定が大切というのなら、排泄の時間まで管理されるような施設を増やすのではなく、自分で選択して生活するための場を増やすべきではないでしょうか。
川島 老々介護をしている高齢者世帯が多いながらも、すぐ近くでは若い世代も多く住んでいるという地区があります。今日ここに来る前にしてきた講演で、そのようなところでどうやって若い人たちの力を介護に向けたらいいかという話題が出たのですが、「学校の授業で『あなたたちも将来歳をとったらぼけるんだ』と伝えたらいい」という話をしてきたばかりでした。
浅川 学校の授業で教えるという前に、そもそも少子化によって廃校になった校舎や、学級が減ったことで生じている空きスペースがたくさんあるので、そこをデイサービスやサ高住などに利用すればいいと思う。子どもたちが減って高齢者が増えているだけで人口は変わらないのなら、高齢者がかつて使っていた建物をそのまま使えばいいのではないでしょうか。そうすれば施設が足りないということにはならないはず。
木村 小学校の空きスペースの活用については、日本看護協会でもカンタキに使用できないかと考案していたようですが、さまざまな規定によってうまく進んでいないようです。多世代の共存に関しては、内閣府でも諸外国に倣ったCCRC(高齢者地域共同体)構想というものを進めています。石川県金沢市に「Share金沢」という高齢者と障碍者と学生が住まうコミュニティがあると聞きましたが、そこでは住民たちが自分たちができる範囲で自分たちなりに就労するという形を整えているそうです。今後はそのような取り組みや発想が求められているのではないかと思います。
議論の締めとして、佐々木先生は「『患者中心のケア』というネーミング自体も上から目線で、患者をどうにかしようという意図を感じる」と意見しました。「主体は患者さんなんだという視点で物事を考え直すと、日ごろのケアが変わってみえてくるのではないかというヒントをいただいた気がします。」と話されていました。
地域包括ケア時代に求められる、医療・介護の役割とは[2] ケアの質と倫理