変化に気づく子ども、結果にこだわる大人~子どものやる気を伸ばすには?~
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子どもを育てていくうえで大切なことの1つが、子どもの「やる気」を育てることです。何事もやる気、つまり「情熱」がなければ絶対に良い結果は出せません。子どもが人生を生き抜いていくために大切な力である「やる気」は、どこからやってくるのでしょうか。今回は、子どものやる気の伸ばし方を考えることに加え、改めて私たち大人の考え方についても考え直してみましょう。
◆自分で作り出させない「やる気」=外圧的動機
まず、やる気には大きく分けて2つあります。1つは心理学的に「外発的動機」と呼ぶもの。私はあえてこれを「外圧的動機」と呼びたいと思います。そしてもう1つは「内発的動機」です。
外圧的動機には、大きく分けて4つの事柄があると考えられます。
1.環境
人間というのは、環境次第で自分のやる気を決定します。例えば単なる事務仕事でも、もし超一流ホテルのスイートルームで仕事をすることになれば、私たちはがぜん、やる気が出てしまうものです。逆に、真夏にクーラーがない部屋で事務仕事をしろと言われたら、すぐにやる気をなくしてしまうでしょう。
2.状況
ある状況が私たちに圧力をかけてくると、やる気を出さざるをえなくなります。たとえば、仕事の締め切りが迫ると、私たちはやる気を出します。もっと前々からやっておけばよかったのに、締め切り前にならないとどうもやる気が出ない、という経験をしたことがある方も多いのではないでしょうか。
3.人
例えば子どもなら、お父さんが見にくるとやる気が出るとか、お母さんが見ていると怒られるのではないかという外圧がかかってやる気が出るというようなことです。
4.結果
私たちは良い結果が出ていると、やる気が出る傾向があります。勉強して結果が出ると、また次のテストも頑張ろうという気持ちになったり、営業成績が上がると、また次の仕事も頑張りたくなったりするものです。
さて、これまでに挙げた4つの外圧的動機によるやる気は、自分自身でつくり出すのが困難です。また、このようなやる気の出し方に依存し、自分のやる気が決定されている人は、やる気の出具合にアップダウンがあります。そして、自分のやる気を棚に上げていつも環境や状況や人や結果のせいにするという「悪い頭の癖」が生じるのです。
◆自分でつくっていく「やる気」=内発的動機
反対に、自分自身のなかでつくっていく「やる気」を内発的動機といいます。これこそ、「良い頭の習慣」の一つです。
人間の内発的動機の一番手は、「変化・発見・学び・成長」を喜びや楽しみとして感じることです。このように感じることは、人間の持つ重要な能力の一つと考えていいでしょう。
ところがこの内発的動機は、じっくりと着実に実を結んでいきます。そのため即効性の面で考えると、外圧的動機のほうがより有効です。なぜならば、外圧的動機は脅したり怒ったりして無理やりやる気を出させることが可能なわけですから、短期的には効果があるように見えてしまうからです。脅されたり怒られたりせず、自らやる気が起きる内発的動機は、どのようなときに生まれてくるのでしょうか。
例えば会社の命令により仕方なく講習会に参加することになった場合、最初に足を運んだのは外圧によるものです。しかしその講習会で面白い話を聞けたり、役に立ちそうなこと、自分を成長させてくれそうな話が開けたりした人は、次回以降外圧がなくても、自らすすんで同じような講習会に出席するはずです。これはまさに何かを発見した喜びが、やる気=情熱につながった例と言えるでしょう。
◆変化に気づける子ども、結果にこだわる大人
子どもは基本的に、私たち大人よりもはるかにやる気に満ちています。子どもは、自分の変化に気づき、それを喜びとして行動することができるのです。例えば子どもが「お母さん、ひらがな書けるようになって嬉しいよ」と言った場合、書けなかった文字が書けるようになったという変化を喜んでいるのです。
しかし大人になると、変化よりも結果を重視する傾向があります。先程のように子どもが言った場合、多くのお母さんは「○○ちゃんは、もっとキレイに書いてるわよ」「お姉ちゃんはあなたの歳にはカタカナを書いていたわよ」といった言葉を発しています。
自分が結果ばかりにこだわってしまっているために、子どもが自分の変化に喜んでいることが分からず、結果のみを見た答えしか返せないのです。結果にばかりこだわると、そのことに対して価値を見出そうとしますから、つい誰かと比較してみたくなってしまうものです。
人間の内発的動機の一番手は、「変化・発見・学び・成長」を喜びや楽しみとして感じることです。しかしお母さんのこのような返答によって子どもは、「頑張って変化することは、実はちっとも嬉しいことではないんだ」「お母さんは、自分が20点から40点に上がるよりも、100点をとるほうがずっと嬉しいんだ」と思ってしまい、変化の喜びを感じられずに育ってしまうことになります。
このような悪い「頭の癖」ができてしまうと、もう大変です。この子どもは、「成長や発見を目指して頑張れば、達成感や喜びがあるから頑張ろう」と考えられず、自らの力でやる気を起こすことができない人間になってしまいかねません。そして、常に結果依存性、または、外圧依存性の人間になってしまうでしょう。つまり「生き抜く力」のない大人になってしまうのです。
◆子どものやる気を育てるために大人がやるべき唯一のこと
私たち大人は子どもたちに、「変化・発見・学び・成長」の先に喜びがあることを体験させてあげなければいけません。この経験を子ども時代に多くできたか否かが、人生の成功のカギともいえるわけです。
では、子どもたちにその「変化・発見・学び・成長」による喜びを教えるにはどうしたらいいでしょうか。
それは「褒める」ことです。変化を指摘し、喜びを経験させて内発的動機という「生き抜く力」を育てるのです。褒めることは、できていないのにちやほやする「おだて」とは異なります。
例えば学校の勉強で、100点という結果を見るのではなく、前回80点だったのが100点になった、前回20点だったのが50点になったという、前よりもできるようになったこと、一生懸命やったという変化を指摘するのです。ところが日本では、結果のみで全てを決めてしまう傾向にあります。
一方、海外のスポーツ現場の多くは、変化を指摘し成長に対する喜びを教えていけることばかりを行っています。アメリカの子どもバスケットボールチームのキャンプでも、ニュージーランドの子どものラグビーチームのキャンプでも、ドイツの子どもサッカーチームのキャンプでも、指導者たちはいかに子どもの頃にこういった経験をたくさんさせてあげられるかを重視しているのです。人間は経験依存性の動物でもありますから、変化にともなう「快」の経験が多ければ多いほど、それを追求するようになるのです。
そういった経験を多く積んでいれば、大人になって苦しいことに直面したとしても、誰かに「やれよ」と言われなくても「自分が頑張って変われば必ずそこに喜びがあるはずだ」と考えることができ、やる気が出るわけです。海外の子どもたちは、そういったことを幼いころにたくさん経験しています。日本はこの点で大きな遅れをとっていると言わざるを得ません。ジュニア時代には世界で通用する選手でも、大人になると逆転されてしまう理由が、こんなところにあるのではないでしょうか。
医師プロフィール
辻 秀一 スポーツドクター
エミネクロスメディカルクリニック
1961年東京都生まれ。北海道大学医学部卒業後、慶應義塾大学で内科研修を積む。同大スポーツ医学研究センターでスポーツ医学を学び、1986年、QOL向上のための活動実践の場としてエミネクロスメディカルセンター(現:(株)エミネクロス)を設立。1991年NPO法人エミネクロス・スポ-ツワールドを設立、代表理事に就任。2012年一般社団法人カルティベイティブ・スポーツクラブを設立。2013年より日本バスケットボール協会が立ち上げた新リーグNBDLのチーム、東京エクセレンスの代表をつとめる。日本体育協