福島県喜多方市で、地域に根差したプライマリ・ケアに邁進している、家庭医の豊田喜弘先生。臨床医としてだけでなく、医学生の育成や「若手総合診療医が繋がり、成長する場づくり」にも力を入れています。豊田先生の歩んできた道のり、そして今後の展望についてお話いただきました。
◆「医学生を医療者へ」意識変容を働きかける
―現在、どのようなことに取り組まれているのですか?
家庭医として福島県喜多方市で地域医療に携わりながら、医学生の臨床実習の指導をしています。また、日本プライマリ・ケア連合学会の専門医部会の中で若手医師の交流・成長の場づくりをしています。
私のいる診療所には、医学生が各1週間、地域医療実習に来ます。医学生にとって、プライマリ・ケアを初めて体感する場であり、患者さんとの実践的なコミュニケーションをトレーニングできる貴重な場でもあります。この実習を通して、医学生が医療者へと成長できるような働きかけを心がけています。特に、診断・治療といった臨床の知識や経験以前に、患者さんの気持ちや立場を汲み取り、人間的な関わりを持つことの大切さを実感してもらえるように、熱意を注いでいます。
◆若手総合診療医が繋がり、成長する場づくり
―「若手総合診療医のための場づくり」の具体的な活動を教えてください。
2018年から、日本プライマリ・ケア連合学会の専門医部会 若手医師部門に所属して活動しています。当初は勉強会や懇親会の企画・運営に携わってきましたが、現在は、若手専門医がFaculty Development; FDを目指すコミュニティの立ち上げと運営に関わっています。
FDとは、平たく言えば、指導医として求められる教育スキルやマネジメント能力を高めていくことです。総合診療医・家庭医は、若手のうちから管理業務や臨床教育を主体的に担うことが多いため、FDが求められます。「FDのトレーニングを1~2年で集中的に受けるプログラムは敷居が高く、かといって、単発の指導医講習会では物足りない」「忙しい中でも学び合い、励まし合って、FDしていく仲間とつながりたい」などのニーズを汲んで、若手FDコミュニティをつくり始めました。まだ試行錯誤の段階ですが、さまざまな立場で臨床・教育に携わる全国各地の総合診療医・家庭医がオンラインで集まって交流を始めています。楽しく、有意義な仕掛けづくりにやりがいを感じています。
◆社会・文化にまで関わる医師を志す
―ところで、なぜ家庭医を目指したのですか?
きっかけは、小学生の頃にマンガ「ブラック・ジャック」を読んだことです。ブラック・ジャックが手術で病気を治す以上に、患者の人生を救ったり、戦争や貧困といった社会の問題にメスを入れていったりする姿に魅了されました。特に、社会・文化の根深さに打ちひしがれ、医師1人の力ではどうすることもできない壁にぶつかり苦悩するシーンが印象的でした。子ども心に「ブラックジャックが目指したような、病気から社会・文化までよくできる医師になりたい」と思うようになり、それが「地域医療」「プライマリ・ケア」への興味へとつながっていきました。
そして医学部1年生の時、講義で家庭医療学という専門領域を知りました。講義中「自分が夢見ていたものは、まさに家庭医だ!」と興奮が走ったのを、今でも忘れません。社会や文化の問題から人間や地域をケアするためには、家庭医やその仲間たちとの連携が必要だと理解を深めていきました。自分が家庭医として能力を高めるばかりでなく、家庭医が増えていくための働きかけをしたいという気持ちもこの頃から抱いていました。大学卒業時には、家庭医を志すことを決心していましたね。
―初期臨床研修では、その家庭医を志す気持ちも揺らいだことがあったようですね。
家庭医を志し、総合性を養いたいと考えていた私にとって、初期研修中の各専門科での経験はどれも貴重に感じられました。一方で、専門科で過ごし家庭医療について考える機会が少ない日々でした。総合診療・家庭医療を志す人たちの多くが経験することですが、指導医からは「専門科へ進むべきだ」と助言を受けることもしばしばありました。初期研修を進める中で決心が揺らぎ、家庭医の道に少し不安や迷いを感じるようになっていました。
そんな時、日本プライマリ・ケア連合学会 若手医師部会(専門医部会 若手医師部門の前身)の勉強会に参加。そこで出会った先輩の家庭医に進路について相談したところ、対話の中で改めて自分の思いを確認できました。先輩から「自分の中に答えがありそうだね」と背中を押していただいたことで、家庭医へ進む気持ちが再び固まりました。この時の経験が、若手医師部会の活動へ加わった動機となっています。
◆地域を超えて家庭医が増える・成長する働きかけを続けたい
―今後の展望はどのように思い描いていますか?
日本のプライマリ・ケアが、もっと身近で頼もしいケアへと発展することを夢見ています。そのためにはさらに家庭医が増え、それぞれが成長していくことが大きなポイントだと思っています。ですから今後も、地域で家庭医療の実践や教育に軸足を置きながら、地域を超えて家庭医が増える・成長する働きかけを続けたいと考えています。
そして純粋に「プライマリ・ケアの楽しさ」を語る場が増えてほしいですね。今の総合診療医・家庭医たちが楽しんでいる姿に惹かれて、次世代がプライマリ・ケアを志してくれたら嬉しいです。
―最後に、未来を担う若手医師へのメッセージをお願いいたします。
「患者さんとの人間的な触れ合いが好きだなぁ」「地域ぐるみの健康を考えたい」と思う方は、ぜひプライマリ・ケアの道に進んでほしいです。現在、プライマリ・ケアを充実させる機運も高まっているので、総合診療・家庭医療の仲間が1人でも増えてくれることを願っています。より多くの総合診療医・家庭医が有機的なネットワークでつながったとき、プライマリ・ケアの本領が発揮されるはずです。
また、目まぐるしく進歩する技術と複雑化する社会の中で、プライマリ・ケアも姿を大きく変えていくかもしれません。若手医師たちには、より新しい価値観、より若い柔軟性をもってより良いプライマリ・ケアを考え、私たちを変革に巻き込んでいってくれることを期待しています。
(インタビュー・文/coFFeedoctors編集部)※掲載日: 2021年8月17日