シニア世代を味方につけるコミュニケーション能力とは?
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80年代にウォークマンがブレイクし、90年代もエリクソン携帯電話やVAIOで世界中を席巻したSONYはここ10年ヒット製品がありません。高度成長期にはヒット商品を打ち出せた抜群の感性集団が、いまや残念な“感性”集団に変わってしまったのはなぜでしょう。見渡してみるとSONYに限ったことではなく日本の元気を代表した企業の多くがこうした問題に直面しています。
わたしは、そうした企業の元気さの衰退の背景に55歳、60歳、65歳と定年を延長してきたことがあると考えています。組織の構成員の「シニア化=耳の不調=軽度難聴」が意思決定の上での齟齬を生む原因になっていると考えます。
加齢に伴う生理学的な変化「耳の不調(難聴)」は誰にでもやってくる変化ですが、そうした不調が、活力や感性という領域にまで影響することに対してみなさんはあまりに無頓着のように思うのです。
JapanTrack2012という補聴器市場に関するマーケティングリサーチがあります。この調査によると日本国民の10人に1人は日常の聞き取りに不安を抱えているようです。もちろんメガネをかけるように補聴器を活用すれば耳の不調に日常でこまることはありませんが、補聴器ユーザーは難聴者の約5%にすぎません。
想像してみてください、聞き取りに不自由を感じているのに何も対処していないそんなシニアが職場の中に一定数いるという状況を。ことばのキャッチボールをいくら一所懸命おこなっても、良い返事など返ってくるわけがありません。クリエイティブなものは生まれようもありませんし、へたすると齟齬(エラー)ばかり重ねることになりかねません。
「耳の不調=軽度難聴」になってもほとんどの人はそうした自身の問題を自覚しません。
こうしたサインのうち3つ以上にあてはまるようなら要注意です。もう耳の不調が始まっていること濃厚だからです。
あなた自身はどうでしたか?
「若いから大丈夫!(*^_^*)」 いえいえ、若くても耳の不調とは隣り合わせなのです。1日1時間以上ヘッドホンやイヤホンで音楽を聞くような習慣の人はすでに耳を痛めている可能性大なのです。
特に、「嬉しさや共感を表すときに大きな声になってしまう」があてはまった人は要注意です。聴覚コミュニケーションの要となる感情や感動を処理する大脳皮質(角回や縁上回)が機能していない、つまりKYな人になってしまっている可能性があるからです。脳科学的視点からみると、KYは「脳そのものの機能低下」あるいは「難聴によって角回や縁上回に情報が届かなくなった」ことを意味します。
軽度な難聴では、ことばの字面通りの意味を理解することはできますが、言外のニュアンス「隠喩」を理解する力が損なわれます。そんな耳の不調を抱えた人たちといくら議論してもイノベーティブなものの斬新さやクリエイティブなすばらしさは伝わりようもありません。しかしシニアは非情です。自身の聴く力の不足は棚に上げて、「言っている意味がよくわからんな」とだめ出ししてくるわけです。
コミュニケーションの基本は音声を使った聴覚コミュニケーションです。音声には文意どおりの言語情報と感情たっぷりの非言語情報があふれています。しかし相手がシニアとなった場合には音声だけでは非言語情報の伝達が不足する可能性が大なのです。プレゼンで思わぬところでエラーが起こってしまうのは、音声情報と視覚情報のバランスや分担の詰めが甘く相手に伝わらないからかもしれないのです。
「直属の上司は面白いと言ってくれたのに、最終プレゼンでは重役はNOを突きつけられた(>_<)」なんていう事態を回避するには、アニメーションや動画を駆使したパワポ・プレゼンに外人ばりなジェスチャーで全身全霊で感情を訴えないとシニア世代には伝わりがたい、そんな状況になっているのです。もちろんシニア世代がメガネをかけるように補聴器を使ってくれればそうした問題は容易に解決する話なのですが……(-_-;)。
あなたのすばらしいアイディアを具現化しこの国にふたたび光を当てるためには、だからこそまず(組織に所属する若者は)すべての世代を味方につけることのできるプレゼンスキルを身につけなければならないのです。
もちろん「だからシニアはダメなんだな」と起業するのもありですが……。
医師プロフィール
中川 雅文 耳鼻咽喉科
1986年 順天堂大学医学部卒業。医学博士
順天堂大学医学部講師、私学事業団東京臨海病院耳鼻咽喉科部長、順天堂大学医学部客員准教授、みつわ台総合病院副院長などを経て、国際医療福祉大学病院 耳鼻咽喉科 教授
著書に『「耳の不調」が脳までダメにする』(講談社)『耳トレ!-こちら難聴・耳鳴り外来です』(エクスナレッジ)ほか