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INTERVIEW

産婦人科医

執筆家

富坂 美織

ハーバード、マッキンゼーの経験を医療の現場へ!

「500人以上の赤ちゃんの誕生に立ち会って、この神秘的な生命誕生の場を安全なものにしなければという思いで、より広い視野から医療を学ぶことを選んだ私。毎日の患者さんとの一対一の臨床の現場を大切にするとともに、有効な医療プロジェクトによって、何千、何万という人を助ける医師になりたい。日本の医療の良さを守り、子宮頸がんを始めとした防げるがんを減らすと共に、世界の妊産婦死亡率を下げたい、これがわたしの希望です。」(http://mioritomisaka.com/ より引用)

 

産婦人科医として働きだして、日本の医療システムの問題点を目の当たりにした富坂 美織先生。医療政策を学び、このシステムを変えたい!と思い、ハーバード大学大学院へ留学されました。その後、学んだ知識を実践する為に、すぐに医師には戻らず、コンサルティング会社、マッキンゼー・アンド・カンパニーに就職。医師というキャリアからあえて外れてみることで見えた課題点、解決方法とは。また、現在の女性医療の現状を教えていただきました。

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多様なキャリアを歩む

医師としてのキャリアから一旦外れ、ハーバード大学公衆衛生大学院に留学をし、更にそこからコンサルタントとして働かれた経緯を教えてください。

留学を決める前は、都内の総合周産期母子医療センターで常勤医として働いていました。そこでは、積極的に救急搬送を受け入れていたので、出産の際に起こるトラブルによって運ばれてくる患者さんを多く見てきました。出産の際のトラブルは時間との勝負です。一分一秒を争って処置をしなければ、患者さんの命に関わります。

しかし、まず病院に運ばれる段階で、ベッドに空きが無かったり、手術室が空いていなかったりして、受け入れ先がなかなか見つからない場合が多くありました。これはもはや医師の力だけではどうしようもない状態です。
こうした現実を目の当たりにして、「医療全体のシステムを変えたい」と強く思うようになりましたが、当時の日本では医療をシステムで捉えて学ぶ場所がまだ十分にありませんでした。
そこで、特に医療政策に力を入れていたハーバード大学に留学することを決意したんです。

ハーバード大学では医療政策を学ぶ他、中国の農村部へ視察に行き、医療改革の提案をまとめる活動にも参加しました。また、他大学院の単位を取ることも出来たので、ケネディスクールやロースクールで行われていた医療関係の授業を取って、医療を様々な観点から勉強しました。同級生にはチベット亡命政府の首相になった人や、中国の共産党政府から派遣されてきた人々もいて、とても刺激的な環境でした。

また、アフリカで母子保健プロジェクトを立ち上げ何万人ものお母さんと赤ちゃんの命を救うキャンペーンに参加するなど、マクロの視点で医療政策を学んだことで、それを実践する場が欲しいと強く思うようになっていた時に、マッキンゼーの活動を耳にしたんです。

医療とコンサルタントとは一見何の共通点もなさそうですが、マッキンゼーでは開発途上国の医療制度改革に携わっていると聞き、ぜひそのプロジェクトに参加したいと思いました。

また企業コンサルタントとして、木の枝の部分を見るのではなく、森全体を見て問題を改善するプロセスを学べば、医療の現場において応用できるのではないかと考え、マッキンゼーで働くことを決意しました。

※富坂先生とは異なるケースですが、医師からで外資金融、コンサルトにキャリア転出。
東洋経済オンライン記事(http://toyokeizai.net/articles/-/13882

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PROFILE

富坂 美織

産婦人科医

富坂 美織

1980年生まれ。順天堂大学医学部卒業。医学部卒業後は東京大学医学部附属病院研修医、愛育病院産婦人科医を経て、ハーバード大学大学院にて母子医療を学び、公衆衛生学修士号取得。同大学卒業後、マッキンゼーでコンサルタントして1年間勤務。現在は、不妊治療・産科救急携わる傍ら、講演活動、本の執筆、テレビのコメンテーター、さまざまな活動に参加。
著書:「『2人』で知っておきたい妊娠・出産・不妊のリアル」、「自信加乗 ハーバードの論理力 マッキンゼーの楽観力 ドクターの人間力」、「ハーバード、マッキンゼーで知った一流に見せる仕事術」

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