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自分が認知症当事者になる!? VRでの認知症体験の可能性

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家庭医の田中公孝先生が運営メンバーとして関わっている「HEISEI KAIGO LEADERS」の主催するイベント「PRESENT」。記念すべき10回目のゲストは、株式会社シルバーウッド代表取締役社長・下河原忠道さん。建設会社の社長でありながら、現在はVR(バーチャルリアリティー)による認知症体験を全国各地で主催しています。そんな下河原さんから「認知症を“未知のもの”にしない!VR×介護で創る 認知症にやさしい社会」をテーマにお話しいただき、その社会を実現するために自分たちができることを考えました。

◆サービス付き高齢者住宅「銀木犀」の運営で気付いた認知症のこと

下河原さんは2011年からサービス付き高齢者向け住宅「銀木犀」を運営しています。きっかけは国内に高齢者施設はたくさんあるにもかかわらず、高齢者向け住宅は少ないことに疑問を感じたから。今までにない全く新しいサービス付き高齢者向け住宅を作ろうと、ぬくもりのある温かい雰囲気を実現しました。結果として銀木犀では、認知症の行動心理症状が穏やかになる入居者が多数いるそうです。また昨年、アジア太平洋高齢者ケア・イノベーション・アワードで最優秀賞を受賞されました。

日々、認知症のある入居者と接し、認知症の行動心理症状の変化を見てきた下河原さんは、症状を悪化させないためには一定のメソッドがあることに気付きました。同時にそのことが世の中に広く認知されていないことにも気づいたのです。

多く人たちが、認知症の人が置かれている状況を当事者として経験したことがないために、どのような声かけやサポートが必要なのか想起できないのではないか―。そう考え辿り着いたのが、VRを活用することでした。VRで認知症を体験することで、認知症の方は普段どのようなことで困っているのか、どういうところに生きづらさを感じているのか、体験を持って相手に感情移入してもらおうという試みです。2016年5月から「VR認知症」プロジェクトを始め、全国で体験会を実施しています。

VRについて下河原さんはこう語っていました。

「VRはエンターテイメント業界だけでなく、飲酒運転や人種差別の撲滅など、社会課題解決のためにも利用され始めています。バーチャルリアリティーの本来の意味は『仮想現実』ではなく、『実質的な』です。つまり物理的には存在しないものが、機器を装着するだけで実質的には本物と同等、むしろそれ以上に本質を感じさせる技術であり、強い没入感があります。テクノロジーこそ、社会課題の解決のために使うべきだと考えています。その1つがこのVR認知症です」

また、VR認知症にかける想いをこう語っていました。

「認知症になる前は誰だってなんらかのリスクを負っていたのに、認知症になったからといって突然リスクのない暮らしをしなくてはならない社会はおかしい。まさに認知症が問題ではなく、認知症のある人やその家族が生きづらい社会そのものが問題なんです」

図1-(1)

◆VRでの認知症体験

現在、下河原さんが提供しているVR認知症では、4つの物語を体験できます。今回のイベントでは2グループに分かれ、それぞれ2話ずつを体験しました。そして、VR体験前後で行われたワークショップでは、「VR認知症に期待すること」をおのおの考え、3,4名のグループに分かれて意見交換をしました。ディスカッションでは、次のような意見が出ていました。

  • 家族が認知症になったときにどう接したらいいか知れるツールとして広まること
  • 相手の立場を極限まで想像してケアしていく看護師が、より現実的に相手を理解することに役立つこと
  • 脳科学などの研究開発に関わる研究者たちが、自分事として認知症を理解できるようにすること

◆専門家でさえ想像することが難しい

イベントの後半には、「VR認知症レビー小体病~幻視編~」の物語監修者であり、レビー小体病のある樋口直美さんと、下河原さんの特別対談でした。

この物語が完成した時に、レビー小体型認知症を発見した小阪憲司先生に体験してもらったところ、小阪先生は「僕が今まで聞いていたレビー小体型認知症とちょっと違う」とおっしゃったそうです。つまり、認知症のある人が見ている世界は専門家ですら、十分に理解することが難しいということです。

この経験によって下河原さんと樋口さんは、VR認知症によって認知症の方がどういう体験をしていて、どのように感じているのかをリアルに知ってもらえる確信が持てたそうです。

全ての講演後、再びグループワークを行い、「明日から自分は何ができるか」を考え、共有しました。出された意見の一部を紹介します。

  • 体験したことを発信し続けることで少しでも認知症への認識を変えていきたい
  • 医療者や介護者は実際に認知症のある方と接する中で「支配」と紙一重の部分があるので、認知症を「体験」した自分が現場で当事者の代弁者となりたい

図2

下河原さんは最後に、こう締めくくりました。

「1人称で見ることで、認知症の概念が変わります。そうして家族に対してや仕事場の認知症のある方への接し方が変わります。それが社会に広まることで、社会が変わっていく。最終的には認知症のある方が変わっていくということを目的に、事業化を目指して取り組んでいます」

ただ話を聞くのと、実際に一人称として体験することの間には、大きな違いがあることを、今回身をもって体験しました。この体験者が増えていくことで、認知症にやさしい社会の実現が近づくことを願います。

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医師プロフィール

田中 公孝 家庭医

2009年滋賀医科大学医学部卒業。2011年滋賀医科大学医学部附属病院にて初期臨床研修修了。2015年医療福祉生協連家庭医療学開発センター (CFMD)の家庭医療後期研修修了後、引き続き家庭医として診療に従事。医療介護業界のソーシャルデザインを目指し、「HEISEI KAIGO LEARDERS」運営メンバーに参加。イベント企画、ファシリテーターとして活躍中。

田中 公孝
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