原点はアメリカで感じた医師のありがたさ
銀行を辞めてまで、アメリカで医師を目指したのはなぜですか?
医師になる前に銀行員としてアメリカに駐在していたころ、私自身や家族が病気で困ったことがありました。その時に診てくれた医師がとてもよくしてくれたことが、医師を目指した原点です。言葉も不自由なアメリカで、きちんと症状を伝えられるだろうか、適切な治療をしてもらえるだろうかという大きな不安の中、日本語で親切に対応してくださった日系の先生がものすごくかっこよく見えました。
銀行員としての駐在期間が終わりに近づいたとき、先のことを考えました。そして、このまま会社に居続けるよりも、技術や知識を身につけてアメリカでやっていきたいと思ったのです。アメリカでは医療の一部としてステイタスのあるカイロプラクティックに魅力を感じ、最初は自然科学の基礎などを勉強していました。学校で解剖なども学ぶうちに医学そのものに興味を持ちはじめ、かつて自分を助けてくれたような医師になりたいという思いが湧いてきました。
アメリカはその気があれば、いつでもチャンスを手にできる国です。当時の私は30歳を超えており家族もいましたが、年に3回入学の機会があるカリブのメディカルスクールを選び、入学を果たしました。朝から晩まで授業や実験に明け暮れながら、春休みも夏休みもない毎日を18カ月続け、アメリカに戻って臨床の現場を経験しながら無事に卒業し、医師免許を取得しました。
イリノイ大学でプライマリ・ケアや産業医のトレーニングを受け、シカゴの大学病院と郡の病院に勤めた後、ニューヨークにある日系のクリニックから声をかけていただき、今に至っています。現在はニューヨークの日系企業に勤務する日本人やその家族の健康診断をしたり、急病で運ばれてくる日本人観光客を診察したりする毎日です。
アメリカの病院で起こっていること
アメリカで医療に携わって、日本との違いを感じるのはどんなところでしょうか?
日本と大きく違うと感じるのは、「自分の命は自分のもの」という考えが強いところです。アメリカには、死に対しても個人の尊厳を認めるべき、という考えが根底にあります。意識がなくなった場合に、人工呼吸器をつけるかどうか、蘇生のための心臓マッサージはするのかしないのかといったことを、あらかじめ患者さんに聞いて書類に残しておくのですが、その手順がプロトコールとして定まっており、徹底されていることには驚きました。蘇生や延命治療を望まない意思表示として、蘇生措置拒否(do not resuscitate:DNR)という言葉がありますが、こちらではDNRにサインした患者さんが静かにお亡くなりになるという場面に立ち会うことも多くあります。
日本では患者さん本人に代わって家族が蘇生や延命治療を決断しますが、アメリカでは個人の意思を確認し、尊重することを重視しています。本人の意思がわからない場合は、ご家族など患者さんの意思を汲んだ判断ができる人の意見を聞く、そういう人がいない場合は医師たちで話し合う、というように、システムがしっかりしています。家族の判断で患者さん本人の意思に反した延命治療を行うこともありますが、日本と比べるとそのようなケースは少ないように思います。
その他で日本と違うところといえば、やはり医療費の高さですね。アメリカには日本のような皆保険制度がありませんから、負担する医療費も高額になります。驚いたのは、郵便番号ごとに医療費が異なることです。アメリカでは医療費にも市場原理が働いており、同じ症状の患者さんに同じ治療を行ったとしても、地方より都心部のほうが、医療費が高くなるのです。
先生のご専門の一つである予防医学は、アメリカでも注目されているのでしょうか?
予防医学は西洋医学の中では苦手な分野でしたが、最近は病気を確定して治療を行うだけでなく、そこへ至るまでの過程でできることも注目されています。高くなりつつある全体的な医療費を抑えるためにも、予防的な観点が重要視されているのです。
病気にならないようにどのようなものを食べ、どのような運動をすればいいかといったことは、そもそも東洋医学のほうが得意です。このような「統合医学」と呼ばれる分野は今後も伸びていくと思われますが、私自身も日本人の予防医学専門医として、できることが多くあるのではないかと考えています。
治療の前後で「安心」を提供する
患者さんの気持ちがわかるからこそ意識していることは何ですか?
アメリカに来たばかりの患者さんは不安も多いので、治療の前後で安心させてあげることを大切にしています。「この国にいるというのは、こういうことなんだよ」と日本との違いを説明して、自分がしてもらったら助かっただろうなと思うことを提供するようにしています。
例えば日本でBCG(結核を予防するワクチン)を接種した子は、アメリカの健康診断を受けると「結核」と診断されてしまうことがよく起こります。それに驚いてパニックになってしまうお母さんもいるのですが、日本で受けた予防接種によるものであることを説明すれば、安心してもらえます。
他にも薬のもらい方だったり、学校に提出する書類の書き方だったり、日米の医療に対する考え方の違いなどを話すこともあります。自分が患者の立場を経験したので、アメリカに来たばかりの人がどのようなことで困り、どのような不安を持っているかがわかるんです。だからこそ、かゆいところに手が届く医療を提供したいと思っています。
「かつて助けてくれた医師のようになりたい」と飛び込んだ医療の世界は、期待通りでした。患者さんとじっくり話をして、治療そのものだけでなくその周辺の部分も提供できている今の仕事は、やりがいと充実感があります。
私は医学に関することは全てアメリカで学び、メディカルスクールに通ったり現場で研修医をしたりと、10年以上かかってアメリカで医師になりました。日本では一切医学の勉強をしてきませんでしたが、日本の医療もアメリカの医療も今後さらに勉強して、日本人がアメリカ、ひいては世界で能力を発揮できるように、医療面で支えていきたいですね。
取材協力:あめいろぐ(http://ameilog.com/)