アメリカと日本の医療の違い
アメリカで、日本との違いを感じたのはどのようなところですか?
大きく違う点の一つは、患者さん一人に使える時間です。日本の病院にいた時は、午前中の3時間で60人ぐらいの患者さんを診なければならないこともありました。時間内に全ての患者さんを診ようとすれば、「3分診療」でこなす必要があります。医師としてもフラストレーションがたまりましたし、患者さんも長く待った上に3分しか診てもらえず、不満だったと思います。
一方、アメリカでは患者さんと話す時間が十分にあります。私の外来では、新しい患者さんで30分、以前来たことのある患者さんでも15分は時間を取っています。話を聞いて、診察をして、説明をして、患者さんとしっかりコミュニケーションを取れるので、医療者の立場としても日本にいた時のようなフラストレーションはありません。
けれども一人一人に時間をかけている分、一日に診療できる患者さんの数は限られます。また、アメリカでは予約診療が基本ですので、日本のようにアポイントなしでその日のうちに診てもらうというのは難しいのが現状です。緊急の場合は、融通のきく医師であれば診てもらえることもありますが、それでも2~3日は待たなければならないことがほとんどです。悪い場合は、医師に診てもらえるのが何カ月も先になることもあります。
そこまで長く待てないという患者さんはエマージェンシールーム(ER)に行くのですが、ERはそういった患者さんで溢れかえっており、本当に緊急の患者さんが後回しにされてしまう可能性があるため問題となっています。ERで何時間も待っているうちに、患者さんが心筋梗塞で亡くなってしまったという話もよく聞きます。
アメリカと日本の医療レベルに差はありますか?
実際に行われている治療や使われている薬剤に関していえば、それほど差はないのではないでしょうか。ただ、日本では医師がどこの病院のどの先生について研修したかによって、手術の技術や治療方針などにバラつきがあるように感じます。アメリカでは、医師の研修のシステムがACGME(Accreditation Council for Graduate Medical Education)という第三者機関によって厳格にコントロールされているので、どこの病院に行っても医療レベルが均一に保たれています。
アメリカでは、入院総括などのフォーマットも全ての病院で同じものを使用しています。ですから、私のようにニューヨークで研修を受けてカリフォルニアの病院に移った場合でも、違和感なく、同じように診療を行うことができます。
研究から臨床へ
アメリカに行ったきっかけを教えてください。
私は新潟大学の医学部を卒業した後、心臓の専門家を目指して大学の医局に入りました。しかし、医局の空気が合わなかったのです……。なんとかして医局を出たいと考え、国内留学で千葉大学に行かせてもらいました。そこで脂質や動脈硬化の研究を2年ほど行い、そろそろ戻らないと、というタイミングで今度は国外の留学に行かせてもらえることになりました。
留学先はシアトルにあるワシントン大学の付属施設でした。張り切って研究をスタートしたものの周りの研究者たちは意欲が低く、朝から晩までコーヒー片手にお茶菓子を食べ、あまり仕事をしていません。このままここにいては腐ってしまうと思い始めた時、ロサンゼルスの小児病院にいた同窓の医師がシアトルに遊びに来ました。そして、そんな私の様子を見てこう言ったのです。「研究でそんなふうに腐っていても面白くないだろう。アメリカの臨床は素晴らしいぞ。臨床をやってみたらどうだ?」と。その助言をきっかけに、私は実験の待ち時間にアメリカで臨床医となるための勉強を始めました。
今思えば、何かを目指してアメリカに来たというよりも、何かから遠ざかろうとしているうちに、ここまで来たのかもしれません。現在は、カリフォルニアで心臓病を診る開業医グループに所属し、7名の医師でオフィスを共有して、共同で診療所を運営しています。アメリカではこれが開業医の一般的なスタイルです。
アメリカで苦労したことは何ですか?
一番苦労したのは英語です。アメリカに来てもう17年になりますが、英語は娘のほうが得意ですね。発音についてはとうの昔に諦め、今では通じればそれでいいと思うようになりました。初めのころは電話が怖かったこともありました。電話では身振り手振りを使ったり、紙に書いたりといったことができません。看護師さんが言っている英語が分からないときは、間違えていないか、いちいち病棟まで走っていって確認していました。
もし日本からアメリカにきて臨床をやりたいという先生がいたら、最初から英語がペラペラである必要はなく、面接にパスできる程度の英語力があれば十分だと思います。やっているうちにだんだん慣れてきますし、病院で使う英語は、「今日はどうされましたか?」「どれくらい痛みますか?」「いつから痛いですか?」など、決まったフレーズばかりなので意外と簡単です。近所の人に昨日のテレビドラマの話をされるほうがよっぽど難しく、病院の外で使う英語には、今でも苦労しています。
安心できるのは日本の社会保障制度
医療システムにおいて、アメリカと日本で似ている点はありますか?
私がアメリカに来たばかりのころは、患者さんが病院に入院すると、かかりつけの開業医の先生が入院後もその患者さんを担当し、開業医での診療の前後に患者さんが入院している病院へ行ってケアをする、というのが普通でした。しかし20年ほど前からは、病院に雇用されて入院患者さんを専門に診る「ホスピタリスト」と呼ばれる医師が出てきて、現在では、患者さんが入院したときはホスピタリストの先生が担当し、退院すればまた開業医の先生が担当するというパターンが主流になっています。日本ではこれが当たり前のスタイルですが、アメリカも今後は、このように日本の病院のシステムに似てくるのではないかと思っています。
アメリカは医療費が高いと言われていますが、実際のところどうなのでしょうか?
先日ベトナムから来た患者さんの診療をしました。カリフォルニアに住んでいる娘さんを訪ねて来られたのですが、保険がないので医療費は自費です。事務に行って請求を見てみると、初診料が3万8000円、心臓の超音波検査が5万円、ホルター心電図検査が2万円、心臓核医学検査が21万円でした。アメリカでかかる医療費は、患者さんが入っている保険によって異なりますが、保険に入っていなければこれらが全て自費になるのです。
オバマケアによって、アメリカも日本のような国民皆保険制度になるのではないかと期待していましたが、蓋を開けてみるとその内容は、民間の健康保険プランの購入を全国民に義務付けるというものでした。これまでお金がなくて保険に入れなかった人にとっては、国から補助金が出るようになったことで救われる面もありますが、保険に入らなければ罰金のペナルティが課せられます。
別の問題点もあります。オバマケアの保険は医師への支払いが悪いため、オバマケアの保険に入っている患者さんは診療しない、という医師もいるのです。実際にカリフォルニアでオバマケアの保険に入っている患者さんを受け入れているのは、全医師の5パーセント程度です。そのため、診てもらえる病院まで2~3時間かけて行かなければならない患者さんもいます。
アメリカはお金がある人にとっては良い国ですが、そうでない人にとっては厳しいところもあります。病気になったときに安心して医療を受けられるのは、やはり日本のほうだと思います。
取材協力:あめいろぐ(http://ameilog.com/)