同じ職場環境で働いていても、メンタルヘルス不調になる人とならない人がいるのは、なぜなのでしょうか。前向きなストレス対策ができれば、メンタルヘルス不調者は減っていきます。1万人を超える産業医面談から導き出されたその答えとは――。
ストレスチェック制度が始まると、年に1度は誰もが「ストレスとは何か」と意識するようになります。その時に、ストレス要因を「会社だ!」「上司だ!」などと追求すれば、労使の対立になりかねません。この対立の構造をそのままにすれば、会社は制度の不備だけでなく、社員との感情的なわだかまりなど、いろいろなリスクを背負うことになるでしょう。
労使の問題は多くの場合、制度に不備があるから突かれるのではありません。会社に対する感情的なわだかまりや怒りを抱えた社員が、制度の不備を探して突くのです。ですからリスクを減らすのに最も効果があるのは、社員の感情的なわだかまりや誤解を解くこと、会社と社員の対立の構造を解消することなのです。
日本ストレスチェック協会では、労使が一緒に、明るく、楽しく、前向き、オープンに、こころの健康に責任を持ち、メンタルヘルス不調者を減らしましょうという企業文化育成のお手伝いをしています。そのために、ストレスを新しく定義し直し、対策とともに普及する活動をしています。
◆厚生労働省の考えるストレスとは?
厚生労働省は、ストレス要因、ストレス耐性、ストレス反応という3つの言葉を使ってストレスを説明しています。
[図:厚生労働省の考えるストレス]
ストレス要因とは、ボールを押さえつけてへこませる力のことをいいます。その圧に対して、ボールがへこまないようにはね返す弾力をストレス耐性といいます。ボールは、圧がかかった時に割れてしまわないようにある程度の弾性をもってへこむわけですが、そのゆがみがストレス反応です。
この説明はとても丁寧ですし、分かりやすいと思います。しかし、この説明を元に、実際の職場におけるストレスを考えると、「ストレス要因」という言葉から即座に、「あの部長が!」とか「会社がストレス!」などと原因探しの方向に注意が向いてしまうのではないでしょうか。これでは前向きなストレス対処ができず、あまり実用的ではないと私は考えます。
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◆日本ストレスチェック協会の考えるストレスとは?
同じ環境で働いていても、メンタルヘルス不調になる人とならない人がいます。メンタル不調にならない人たちは、なってしまう人たちと何が違うのでしょうか。1万人を超える産業医面談から導き出した答えが、ストレスに対する考え方と対処の違いです。
ストレスに悩まない人たち、つまりメンタル不調にならない人たちは、ストレスを「強度」×「持続期間」と捉えています。
[図:日本ストレスチェック協会の考えるストレス]
ストレスの「強度」とは、ショックの大きさです。これは、インパクトの強さとも言い換えられます。予想していなかったことにいきなりガツンと見舞われたら、誰でもダメージが大きいでしょう。予期していない大地震や事故が起きたときのストレスを考えれば、おわかりいただけると思います。
一方、予想していたことに関しては、ストレス強度は低くなります。気分よく出社して、いきなり上司に怒鳴られたら大きなストレスでしょうが、「最近結果を出していないから、そろそろ怒鳴られるかな」と思っていたとしたら、ストレスも比較的小さいのではないでしょうか。
ストレスの「持続期間」というのは、そのような刺激や状況・環境が、いつから続いてきたのか、いつまで続くのかということです。これもストレスをどれくらい大きく感じるかの重要な因子になります。
ストレスを抱えている人に、「いつからこの状況が続いているの?」とたずねたときに、「去年の10月にみんなの前で叱られた時から」とか「3月に失敗してから」とか、始まりがわかっている人は、「いつからかわかりません」と答える人よりは、まだ大丈夫です。
未来に関しても「いつまでこの状況が続くの?」と聞いて、「今月いっぱいでこの仕事が終わります」と答えられる人と、「いつまで続くかわかりません」としか言えない人だったら、どちらが大きなストレスを感じているかは明らかです。
ストレスは精神的・肉体的に負荷となる刺激です。あくまで刺激であり、そこには良いも悪いもありません。しかし、多くの人はストレスをネガティブに捉えています。例として、筋肉痛を考えてみましょう。筋肉痛が好きな人はあまりいないと思いますが、ボディビルをやっている人の中には筋肉痛があると「昨日のトレーニングは効いたな」とうれしく感じる人もいます。同じ筋肉痛という状況(=ストレス)でも、感じ方は人によって違うのです。
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◆年に1度、ストレスについて考える機会を生かして…
ストレスの原因を探すよりも、ストレスというのはそういうものなのだと捉えて、前向きに対策を考えることができれば、ストレス対策は、もっと話しやすく、親しみやすいものになるのではないでしょうか。
ストレスチェック制度が始まり、年に1度誰もがストレスについて考えることになるこの機会に、上手にストレスを理解し、対処していく方法を学べるよう、問いかけていきたいと思っています。
◆上司が自分のコミュニケーション技術を振り返る機会に
個人がいくらセルフケアを頑張っていても、上司にガツンとやられたり、心ない一言に傷ついたりして、メンタルに不調をきたしてしまうこともあります。
私は、産業医としての経験から、同じ部署で年に2人以上のメンタル不調者が出た場合は、たいてい2つの原因があると感じています。1つ目は、その部署に業務の負荷がかかり過ぎていること。2つ目は、その部署の責任者にクセがあって、メンタルに関する理解に乏しいことです。そして、そのような上司に限って、人事の言うことに聞く耳を持たないことが多いのです。
今後、ストレスチェックテストの導入に伴い集団的分析を行うのであれば、その結果を返すときが、管理職研修に最も効果的なタイミングだと思います。この時であれば、どのような上司も普段よりは真摯に自分のコミュニケーション技術について考え、メンタルヘルス対策の具体的方法に耳を傾けてくれるのではないでしょうか。