coFFee doctors – 記事記事

社会事業の立ち上げに行政を巻き込む力とは?

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 1

記事

休日・夜間でも受診できる応急クリニックの開設は、増加する救急出動件数の対応策としても期待されます。このようなクリニックは立ち上げや運営が難しいことで知られていますが、この11月、救急医療体制の崩壊に悩む三重県松阪市に、休日・夜間の急病に特化した個人クリニックが開業されました。市の事業委託としてこの応急クリニックを立ち上げた良雪雅先生に、どのようにして市との協力体制を築き上げたのかを伺いました。

―休日・夜間対応のクリニックは、通常のクリニックと比べて経営が難しいそうですね。

患者さんの数が安定しないため、とにかく採算が取りにくいことがその理由です。また、休日や夜間に勤務してもらう人件費など、通常より運転資金もかかります。さらに、開業時にCTやMRIなどの設備を整えるとなると3~4億もの資金が必要です。

そこで、応急クリニックの開設にあたって松阪市と協力体制を築き、市の委託事業として運営することにしました。委託料は運営費となりますが、それだけでは初期費用をまかないきれなかったため、設備は一次医療に対応できる最低限度のものに絞りました。クリニックで対応できない疾患は二次救急で診てもらえるよう地域の病院との連携体制を敷いています。

多くの病院は、休日・夜間対応のクリニックと連携することに抵抗を感じています。いつどのような患者さんが来るかも分かりませんし、朝まで我慢していた患者さんが夜間に受診するようになり、対応しきれなくなるのではないかという不安があるためです。私たちは、市で行う事業として市長と一緒に各病院へ挨拶周りに行くことで、スムーズに連携できる仕組みを整えることができました。

―行政の協力はどのようにして得たのですか?

市長が応援してくれたことが大きいですね。松阪市の救急出動件数は、中規模都市では全国1位といわれています。そのため救急医療の危機については、市でも深刻な問題として捉えられていたようです。軽症者の救急車利用が多く病院で対応しきれない、市内唯一の応急診療所が医師不足で休日の半分以上は閉鎖しているなど、危機的な状況を何とかしてほしいと行政の方からも相談を受けていました。

その対応策として市と検討したのが応急クリニックの立ち上げです。市内でどの施設も対応してこなかった深夜から朝の時間帯にも受診できる体制とすることを提案したところ、市も市民に必要な事業として受け止めてくださいました。さらに、市長が私たちの活動を支援するための書面を発行してくださり、この一筆で行政が動き始めました。

ただ、ここで一歩間違えると、行政のお金を使って金儲けしようとしているのではないかと疑われてしまう可能性もあります。また、市長が応援してくれているからといって、必ずしも議会で予算が通るとは限りません。そのような時には、市民から声を上げてもらうことが大事だと思います。

―市民の皆さんとはどのような関わりを持っていたのですか?

地域のお母さんたちと一緒に救急時の受診に関する勉強会を開いていました。その時に「夜間、子どもが急に発熱した時に受診できる病院がない」という声をよく聞いていたのです。その皆さんに休日・夜間でも対応できるクリニックの立ち上げについてお話したところ、「是非つくってほしい」との意見を多くいただきました。その声を議員さんに届けてくれたこともあり、予算が通ったのだと思います。

行政の支援を受けて社会の役に立つ活動をしていく秘訣は、いかに多くの住民を味方につけ、応援してもらうかというところに尽きるのではないかと思います。そこで大事なことは、自分の思いやコンセプトを深く考え、言葉にして伝えていくことなのだと感じています。

(聞き手 / 左舘梨江)

  • 1

医師プロフィール

良雪 雅 総合診療医

三重大学卒業後、東京都、山梨県などで一般内科医、総合診療医として勤務。医師不足によって救急体制が崩壊し、一部の休日に一次救急に対応する医師が不在になった三重県松阪市で、山中光茂市長の呼びかけを受け、平成26年4月「一般社団法人 i-oh-j(いおうじ)」を設立、代表理事に就任。若手医師を中心とした26名のチームにより、地域での休日救急体制を確保するとともに、救急車の使い方など市民への啓発活動も行っている。

↑