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感染症問題〈1〉 HIV、ウイルス性肝炎に感染した人に対しての誤った認識

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感染症の患者に対する誤った認識や偏見は、歴史を見ても絶えません。21世紀になった日本においても根深く存在しています。感染者への差別や偏見の予防に取り組んでいる和田耕治先生に、働く場所に潜在的に横たわる偏見と、それが生まれる背景を伺いました。

 

-働く人の間での感染リスクの不安について課題に感じることはどのようなことですか?

表にはあまり現れませんが、感染症の患者に対して、一般の人の間では感染リスクの不安がいまだにあります。例えば、B型肝炎やHIV感染者が同じ職場で働いていた場合には、約30%の方が「自分も感染するのではないかと不安」と思っているという調査があります(1)。職場で普段は話題にもなりませんが、心の中ではそのような不安を持っている方が3割ほどいるということを私たち医療従事者は知っておかなければなりません。私たち医療従事者は、一般の職場でこうした感染症がうつるはずがないことを良く知っていますので、3割の人が職場での感染という極めて小さいリスクを大きくみていることに驚くかもしれません(1)。しかし、それが現実です。

また、医療従事者の中でもHIVやウイルス性肝炎の診療における感染リスクに対する不安はあります。約半数の看護師がB型肝炎やHIV感染者の患者さんを担当する時、「もしかしたら感染するのでは」と思っているのです(2)。医療従事者は一般の人と違って針刺しなどによって感染するリスクがありますからそう感じるのはある意味当然です。逆に、医療従事者は、知識があるはずだから不安に思うのはおかしいというのは誤りです。針刺しなどは特に若い人に起こりやすいことはすでに明らかですのできちんとした教育により不安を取り除くことが管理者に求められます。

こういった誤った認識によって、感染した方が不利益を被ることは少なくありません。実際にあった事例として、豆腐などの食品を製造するメーカーの工場で、定期健康診断の際にB型肝炎の抗体検査を任意でしたが希望して行ったところ、陽性であったということがわかり、その方は解雇されてしまったということがあります。また、HIV感染者を障害者雇用の枠で採用がほぼ決まっていたところ、念のため部長クラスにだけ極秘で伝えたところ、感染リスクは安全配慮義務の観点から守れないという過剰なリスク認識により採用が取り消されたという事例まで様々です。

 

-誤った認識や差別が生まれるのはどうしてでしょうか?

大きな原因としては、知識不足があります。知識不足というのは、その病気がどのような病気であるのかということと、どうやって自分を感染から守るのかという2つの点においてです。要するに、自分を感染から守れるということが分かっていれば誤った認識には至らないのです。しかし、十分に知らない人は不安を持ってしまうのです。

そして、病気に関するイメージが先行しているところがあります。HIVに感染している方への誤った認識を持っている人で一番多かったのは60代でした。これは1980年代初頭にあったエイズパニックに影響されていると考えています(3)。一方で60代の方たちにとってウイルス性肝炎と言えば、薬害事件などで話題になったことを覚えている方が多く、実際に60代の1から2%の方は感染者ですのでさほど偏見につながらないのかもしれません。むしろB型肝炎に関しては、近年は性感染症の予防として取り上げられることが多いことが関連しているのかもしれませんが、20代が一番不安を感じていました。

このように、イメージが先行してしまったり、知識が十分でなかったりするために、小さなリスクを大きくとらえてしまう傾向があります。例えば職場にB型肝炎やHIVの感染症患者がいる場合、「万が一感染者が鼻血を出して、それに触れしまい感染したらどうしよう」と心配してしまうのです。鼻血の場合、きちんとティッシュで拭けば触ってしまう可能性は限りなく少ないのですが、「万が一」という部分を過大に捉えてしまうのです。このように、小さなリスクを大きくとらえてしまう現状を変えていく必要があると感じています。

小さな誤った認識が大きな偏見や差別につながらないように、医療従事者は当たり前と思うことについてきちんと様々な場で説明をしていく必要があります。

(聞き手/北森 悦)

 

参考文献

1. Eguchi H, Wada K. Knowledge of HBV and HCV and individuals’ attitudes toward HBV- and HCV-infected colleagues: a national cross-sectional study among a working population in Japan. PloS One 2013;8:e76921

2. Wada K, Smith DR, Ishimaru T. Reluctance to Care for Patients with HIV or Hepatitis B / C in Japan. BMC Pregnancy and Childbirth (in press)

3. Eguchi H, Wada K,Smith DR. Sociodemographic factors and prejudice toward HIV and Hepatitis B/C status in a working-age population: Results from a national, cross-sectional study in Japan. PLoS One 2014;9(5): e96645

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医師プロフィール

和田 耕治 産業保健修士

医師 医学博士
国立国際医療研究センター国際医療協力局の医師。2000年に産業医科大学医学部卒業、臨床研修を経て、企業での専属産業医を務める。2006年にMcGill(マギル)大学産業保健修士修了、2007年に北里大学大学院労働衛生学医学博士号を取得、同年4月、北里大学医学部衛生学公衆衛生学助教に就任。2009年9月より同大学講師、WHOコンサルタントを務め、2012年より北里大学医学部公衆衛生学准教授 2013年8月より現職。

和田 耕治
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