在宅ケアの現場では個室でのケアとなり全員がソロプレイヤーとなるため、個々の技量の確認や評価がしづらく、ケアの質の向上と倫理性をどのように担保すればよいかが課題となります。こちらのテーマでは、学研ココファンホールディングス代表取締役社長の小早川氏と、楓の風グループ副代表の野島氏が、ケアの質と倫理の担保に向けてどう取り組んでいるかをそれぞれ発表されました。
【プレゼンテーション】
量と質を両方追求するため、経営理念を共有する ―小早川 仁 氏
大手介護事業所である学研ココファンホールディングスは、現在100棟ほどのサ高住を経営し、2020年までには300棟にまで広げる方針です。代表取締役社長である小早川氏は、量と質の両方を実現させることは非常に難しいながらも、質を追求する、つまりは経営理念を叶え、企業の普遍的な価値観を実現するためには、量の拡大が必要と語りました。そのため、事業拡大の目的にもつながる経営理念を全社員と明確に共有することが重要としています。
「うちの社員は皆、経営理念を空で言えます。量と質の両方を追い求めていくにあたって、私も含めた全社員が商品であり、一人ひとりの役割が経営理念の実現に一番結びつくという風土をつくっておかなければいけません。そのための仕組みや評価制度をつくることも重要です。また閉鎖的な施設で働く環境にある以上、逃げ道をつくっておくこと、そして経営理念のもとに行っているスタッフの行動は、最後まで信じて守り抜くことが必要と考えています。」
在宅の魅力は患者さんの「価値ある今日」を共につくること ―野島 あけみ氏
東京都町田市から神奈川県を中心に訪問看護による在宅ホスピスケアを展開している、楓の風グループ。副代表を務める野島氏は、次の3つのことを質の担保としていると話されました。1つ目は「自分たちは世の中で何をしたいか」ということを旗に上げ、同じ理想を追求できる人材を採用し、事業を共にすること。2つ目は患者ではなく「目的」を中心におくケアをすること。そして3つ目は、安心安全を提供するのではなく、「今日ここで生きている価値」をつくることを共に考えることだと言います。
「医療介護の中では、安心して生活できることが理想像として語られているように思えます。しかし、今ここにいる人たちで、全て何の心配もなく安心して座っているという方はどれほどいらっしゃるでしょうか。『ナースコール一つで医師が来てくれる』という『安全・安心』よりも、在宅の魅力となるのは『価値ある今日を生きられるということ』。そのために、マニュアルやガイドラインの作成や教育を徹底するのではなく、その日現場で見てきたことを話し合うことで、明日の新しいケアにつなげていくことを質の担保としています」と話されました。
「目的を中心におくことで、患者も社長も新人も皆同じ輪の中にいるということを、地域風土・組織風土としていくことが、地域包括ケアの根本であるし、楓の風の根本であると思っています。その輪に乗っている者のルールとして、率直でオープンなコミュニケ―ションが必要になります。メンバーそれぞれが自分がどうしたいのかを自分で言わないと、誰も黙ってやってくれるわけじゃない、というところから始まっていくということを大事にしています」
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【ディスカッション】
ディスカッションに入るにあたり、佐々木先生は「どちらも目的共有がコアとなっているという点が共通と感じた」とコメントし、2015年に大々的に報じられた介護施設での虐待事件について触れながら、医療・介護の現場の厳しさや、在宅ケアの現場の密室性を含め、解決しにくい問題であるとして今回のテーマについて話し合いたいと提言されました。
◆安い賃金で働く介護職。ケアの質をあげるには?
佐々木 今回の虐待事件についてのさまざまな報道を見ていると、「管理者や経営者の責任」「規模拡大を優先しすぎた」などの色んな論調がありますが、私はどれも少ずつ違うのではないかと違和感を感じています。皆さんはいかがでしょうか。
浅川 給料が安いことは最大の問題であると言えると思います。いくら頑張っても対価が少なければ、優秀な人材はどんどん離れていってしまう。いくら施設を増やしても人材が揃わなければ、サービスの質と全体の規模とのギャップが出てくるのは当然のことで、そのような現象をもたらす根源についての議論がもっと交わされるべきだと思います。
小早川 どんなに質や給料を上げても、事故やリスクがゼロになるわけではないと思うんです。事故などを防ぐためにはどのようなことがリスクとなりうるかを関係各所と共有する仕組が大切だと思うのですが、今回の虐待事件については規模が大きくなることでそれがおろそかになってしまったために、対応の仕方に問題が生じてしまったのではないでしょうか。
西村 建物にばかり資金を費やす傾向にあるけれども、もっと人材に費やすべきだと思います。人材に投資するにしても、日本の質の評価は形式的になっている。利用者が本当は何を必要としているのかを捉え、それに応じた質の評価が上手にできるようになればいいと思います。それも、「お客様は神様」に応えるような評価の仕方ではなく、違うことはきちんと違うと患者に伝えられるくらいの専門性を、それぞれの専門職が発揮できる方向性で評価をし、どうしたらいかに人材にお金がまわっていくかを考えるべきと考えます。
下河原 介護士は、給料が安いと嘆いている場合じゃないと思うんです。終末期ケアや認知症ケアなどといった、介護の専門性を発揮できる領域を、もっと広げていくことが必要ではないでしょうか。
◆「ケア」の本質とは何か
「スタッフの給料へ対する評価」から話題は「ケアとは何か」という問いかけへと移っていきました。「自立支援をしようと思ったら『いかによく生きるか、死ぬか』がアウトプットとなるのに、今は『いかに病気を治すか、怪我をしないか』となっている。」と加藤氏は語ります。
加藤 「いい人材が入ってこない」という意味では介護業界は確かに給料は安すぎます。しかし、きちんとした生活ができて、互いの志を認め合える仲間がいるという状況をつくれれば、ある程度の人材は集まります。そういう意味で、「シーツの折り目はこうじゃなきゃいけない」というように介護の仕事を掘り下げていくような話をするよりも、施設や病院で手足を縛られ薬物治療されている認知症のお年寄りについてなどの議論ができる土台をつくることが、非常に大事なのではないかと思います。
野島 介護というものがそもそも「負担となるものだから軽減しなければ」というように、「あってはならないもの」として捉えられていることが、介護職や介護する家族の損益につながっているように感じます。介護をすることで生じる効力や価値というものをもっと色んなところで論じられるようになればいいのに。
加藤 「介護職だとどんな仕事ができますか」とたずねると、「○時になったらお茶出して、△時になったら食事を出して、◎時になったらトイレ誘導して…」という答えが返ってきます。しかし、これらのことは介護職でなくてはできない仕事ではないと思う。時間に合わせたことが仕事なのではなく、一人ひとりのストレングス(強み)とアイデンティティに合わせた環境を提供することが本来の介護の仕事ではないでしょうか。
平井 私は下河原さんのサ高住の話を聞いて、おばあちゃんたちがドラムサークルですごい演奏をして、「私はここで看取っていただきます」っておっしゃっていたのには本当に衝撃を受けました。こちらの介護職の方々が指揮をとってされていることはまさにエンターテイメントで、今後はこのように生き生きと最期まで過ごそうとされる介護を広げていくのがいいのではないかなと思います。
西村 どうして介護の現場が決められた時間に決められた介助をすればいいということになったのか。その一番の弊害は医療にあると思います。医療は安全で決められたことをきちんとしていきます。しかし100人いれば100人違う生活をするのが当たり前で、100通りのケアがある。死期が近い高齢者に対しても型にはまった治療を推し進めてくる医療者に、日々の生活を支える介護者が負けてしまっている。下河原さんや加藤さんは医療の余計な介入を阻んだ方がいいことに気づいているから、「その人のやりたいことを受け入れる」という介護の基本的な世界を築き、あれだけのことができているのだと思う。
川島 佐々木先生もおっしゃっていたとおり、在宅で医師ができることは少なくて、診断書を書くことくらいじゃないかと思うほどです。排泄物の状態や、入浴介助時に感じた肌つやの違いなどというような、介護職の方が普段患者さんと接する中で持っている情報が実は大事なのですが、そのような情報はなかなか医師まであがってこないのが実情です。その情報共有ができるようになれたらいい。
木村 医療と介護を翻訳するということが看護の非常に大事な役割であると感じています。現場では、経鼻経管栄養だった方が口から食事できるようになっても、それが評価されることはありません。現場スタッフのモチベーションをあげるためにも、「生活の質を支える」という点で評価されることが非常に大切だと思います。
西村 私は90歳で肺炎になっても救急車を呼ぶようなことはしたくないが、家で肺炎にならないためのさまざまな処置というのは大事だと思います。老衰で死にたいと思っていますが、認知症になったとしても、自分の役割や居場所があるところで最期を迎えたい。そいういう色々な方の人生の最期の絵を描く権利はほしいです。
白熱した議論が交わされた後、佐々木先生からは「自立支援が大切だと机上では言われながらも、現場ではいくら自立支援とはいえ万一利用者がけがをするようなことがあると、事故や虐待だと利用者家族に捉えられて、トラブルになることもあります。その怪我が虐待なのか支援なのかは、家族がどう判断するかで見方も変わってくると思う」と、患者とその家族を目的共有の中に入れたコミュニケーションをとることの重要性を語られました。
また、介護職員の給料に関しても、「給料が低いと言われていますが、決められた時間に食事を提供したりトイレに誘導したりといった、単純作業だけを業務として給料を上げるのはなかなか難しい。結果を意識した介護をいかに自分でアセスメントできるかといった、専門職としての評価がされるようになれば、緩和ケアや認知症ケアなどのさまざまなケアに対応できるようになります。それによって社会的コストが下がり、給料体系も違ったものになるかもしれません。」とまとめられました。
地域包括ケア時代に求められる、医療・介護の役割とは[3] 持続可能性
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