医師15年目の目時弘仁先生は現在、自ら調査研究を立ち上げ取り組む傍ら、東北地方で病院に根ざした疫学研究を担える人材の育成に力を注いでいます。「それが自分の役割」と話す目時先生には、研究に携わり始めた当初から、ある一貫した想いがありました。
◆東北地方の疫学研究と医学教育に携わる
―現在、取り組んでいる研究について教えてください。
主なものはエコチル調査と三世代コホート調査です。エコチル調査とは、環境化学物質などが子どもの発育発達に及ぼす影響を、母親の胎内にいる時から13歳になるまで定期的に確認する環境省の調査です。2010年度から全国一斉に、宮城県では2011年1月より14の市町でスタート。これまで9000組の親子に参加いただきました。
エコチル調査では、子どもの環境化学物質への暴露と、子どもの発育発達だけしか見ません。両親や祖父母の健康状態は含まれていないんですね。しかし健康状態には遺伝や食事をはじめとした生活スタイル、趣味、考え方なども影響します。そのため「エコチル調査では不十分ではないか」という意見が出てきて始まったのが、三世代コホート調査です。2014年から東北メディカル・メガバンク機構の事業としてスタートしました。こちらは宮城県の全市町村を巻き込み、2万2千組の母子を中心に、その子の父親や兄弟姉妹、祖父母、計7万人以上の方に協力いただいています。
これらのような疫学研究では準備に2~3年、スタートしてから調査参加時の結果が集まるまでに2~3年かかり、そこから追跡が始まります。現在、ようやくエコチル調査の結果が出てきていて、三世代コホート調査も少しずつ結果が出始めていますね。
―ところで目時先生は、医学生教育にも携わっています。学生への教育では、どのようなことを意識していますか?
東北医科薬科大学医学部には、「臨床家を育てる大学では研究は関係ない」という気持ちで入学する学生が多いので、臨床と研究はつながっていることに気付いてもらえるよう心がけています。学生には「日々、臨床現場で生じた疑問を記録するように」と話しています。そうして残しておいた疑問を、ある時「これをまとめると、今まで知られていなかったことが明らかになるかもしれない」と気付いて、研究に結びつけてもらえることを期待しています。
―学生の反応はいかがですか?
本学では臨床学よりも先に社会学の講義があります。地域医療と研究を高度に結び付けた研究事例を数多く紹介することによって、「そういうやり方があるのか」と納得してくれる学生が多いですね。
◆「根っこは、人が健康でいられる方法を明らかにしたい」
―もともとは、どのような医師を目指していたのでしょうか?
医学部へ進学した時点で、「患者さんの治療を行うことと、ヒトを対象とした観察研究の両立をしたい」と思っていたんです。そのため、当時はまだ卒後臨床研が必修化されていませんでしたが、大学院進学と同時に古川市立病院(現・大崎市民病院)で3年間研修を受けました。
―これまで臨床薬学から遺伝病学、婦人科学と、これまで多様な分野の研究に取り組まれています。どのような経緯で現在までのキャリアを歩まれたのでしょうか?
私の専門は高血圧で、最初に取り組んだ対象は高齢者でした。大学院3年次に次はどんなテーマをやろうかなと思っていたところ、教授から「妊婦さんの血圧について調べてみたらどうだろうか」と提案いただいて、指導をいただきつつ研究計画書を作成し、アプライしました。それが通り、岩沼市にあるスズキ記念病院の約1500名の妊婦さんから協力を得て、BOSHI研究を始めました。これが遺伝病学分野時代です。
BOSHI研究が軌道に乗った頃、東北大学医学部産婦人科教授で現在は医学部長でもある八重樫先生から、「仙台を中心とした地域でエコチル調査を行いたいので参加しないか?」とお声がけをいただきました。当時、エコチルの部署はなかったのですが、驚くべきことに婦人科の助教として採用していただきました。産婦人科学の医局にも入り現在も続いているエコチル調査に携わり、三世代コホート調査にもつながっていきます。
確かに多様な経歴に思えるかもしれませんが、根っこは1つ。人の集団の中でどのような人が健康に過ごせるのか、何が予防につながっているのか、逆にどういう人が残念ながら病気になってしまうのかを明らかにしたいという点です。この思いを軸に仕事があるところに移っているので、研究のベースは一貫しています。
―東北医科薬科大学医学部の教授に就任した経緯を教えてください。
三世代コホート調査の参加者を募る仕事に一区切りのめどがついた時期と、学部設立時期タイミングがたまたま合致していたというのもあると思います。地域の医療や公衆衛生に直接つながる疫学研究を立ち上げ、実績を残してきたことを認めていただいたのだと思っています。そして、それらの経験を医学生にも教えられるのではないかという理由で、採用いただいたのだと思います。
◆病院に根ざした研究に取り組む人材を増やす
―今後はどういったことに取り組んでいかれる予定ですか?
病院に根ざし患者さんから受け取った医療情報に基づいた研究も地域医療の1つと考えています。しかし東北地方には、このような研究に取り組む医師がまだ少ないです。そこで、研修医や大学院レベルの医師とのコネクションを増やし、ネットワークをつくり、このような研究に携われる医師を増やしていきたいと考えています。また、臨床研究の最大の資源は患者さんとの信頼関係です。ですから、患者さんから受け取ったデータを大切に預かる体制も構築していかなければなりません。そして、これまでお世話になった地域や同じような環境の地域に広げていく。これは私の役割だと思っています。
さらに最終的には各地の医師と有機的に繋がり、各地域の問題に合った研究計画をコーディネートしていきたいです。去年までは実現不可能だと思っていましたが、新型コロナウイルス感染症の影響で、オンライン会議が急速に広がってきました。今ではそれぞれの地域にいながら、物理的にも心理的にも気軽に会議ができるように。ですから、オンライン会議ツールを活かして、各地の地域医療の臨床研究を組み立てていきたいですね。
―先生にとって「地域医療」とはなんでしょうか?
「地域医療」という言葉の定義が難しいですよね。 たとえ東京のど真ん中でも、患者さんが生活しているエリアで行う医療は「地域医療」。その地域で生活している患者さんの集団に対して、「みんなが幸せになれる医療とは何か」と想いを馳せながら行うのが、私にとっての「地域医療」と考えています。
―これまでのご経験やキャリアから、学生や若手医師に伝えたいことはありますか?
1つ目は、もらった機会を活かし、与えられた場所でベストを尽くすこと。その積み重ねが10年後の基礎になります。もちろんその機会に乗っかるべきか悩むこともあるかもしれませんが、私の経験上、上手く乗った方が良いと思います。
2つ目は、資格試験は先延ばしにしないこと。私は研究の忙しさから専門医受験を後回しにし、一昨年、勉強し直して取得しました。先延ばしにしても結局はやらなければいけなくなるので、早めに取り組んでおいた方がいいです。また、留学なども「来年でいいや」と思っていると、今回のコロナのようなことが起こり、機会を逃すかもしれないですから。
3つ目は、多職種の方と交流の機会を持つこと。大学院では薬学部から進学してきた方たちと同じ研究員として共に研究を行っていました。今の多職種連携の走りですね。医師になりたての自分にとって、薬剤師の方たちの視点は大変参考になりました。
―チャンスをチャンスと捉えて飛び込むことができる人は、あまり多くないかもしれません。
いつも学生さんには言っているのですが、「出来上がったキャリアパスがある時点で、それはもう古い」。すでにあるものを目指してしまうと、成功したとしても、そこへしか行けません。勇気もいるし、へこたれることもたくさんあると思いますが、自分なりのアプローチで、1つひとつやり方を見つけながら取り組めば、先は広がり、進むべき道が見つかるのではないかと思います。
(取材・文/coFFee doctors編集部) 掲載日:2020年9月29日