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「患者力」を誰もが当たり前に持つ世の中にする

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福島県立医科大学白河総合診療アカデミー准教授の東光久先生は現在、「患者力」という概念の啓発・普及に力を入れて取り組んでいます。「患者力」とはどのようなことを指すのか、そしてその普及によってどのような世の中を目指しているのでしょうか?

◆「患者力」の普及・啓発を進める

現在、取り組まれていることを教えてください。

2015年、福島県立医科大学白河総合診療アカデミー准教授、並びに白河厚生総合病院総合診療科部長に着任し、総合診療の実践、総合診療医を目指す若手医師の教育、多職種によるチーム活動を中心に活動しています。

一方で近年、「患者力」という概念の啓発・普及にも力を入れるようになりました。私のミッションは「ベストな医療を、医師が患者にどのようにして手渡し(主治医力)、患者は医師からどのようにして受け取るか(患者力)について、医療学を通じて学び実践し、信頼と共感で紡がれた人間関係を構築する」こと。中でも「患者力」については新しい概念であり、ワークショップや学会のシンポジウムなどで広めていきたいと考えています。

「患者力」とは、具体的にどのようなことを指すのでしょうか?

「患者力」とは、自分の病気を医療者任せにせず、自分事として受け止め、さまざまな知識を習得したり、医療者側と十分なコミュニケーションを通して信頼関係を築き、病気であっても自分の人生を生き切る能力です。

この言葉を初めて聞いたのは、2回がんを経験した上野直人先生(米国テキサス大学MDアンダーソンがんセンター乳腺腫瘍内科教授)からでした。上野先生ご自身は医師であるにもかかわらず、がんを発症した時、簡単にエビデンスの低い情報に飛びついてしまいそうになったそうです。その経験から、患者側に自分の病気のことを理解したり、確かな情報を適切に入手できる能力がないとダメだと気付いたそうです。

そのお話に共感。しかし、「患者力」を患者さん自身が個人で養うのは難しく、そこには患者さんに寄り添いサポートする医療者が必要になります。そのため上野先生と一緒に「ペイシェント・エンパワーメント・プログラム(PEP)」という啓発活動を立ち上げるとともに、私自身も自分のフィールドで啓発活動を進めるようになりました。

ちなみに「主治医力」は、病気のみならず患者さんの人生全体をみていくことと定義しています。総合診療やプライマリ・ケアを専門としている医師にとっては基本的なことかもしれません。

また「医療学」とは、「病をもつ人の診療にあたっては、医学を基礎としたうえに、1人ひとりの心の状態や社会的要因を知り、人生という視点から現在の問題を考え、一生にわたり支援していく」という理念の浸透・実践知の集積をしていく領域のこと。前職の天理よろづ相談所病院で、糖尿病を専門にされていた石井均先生が提唱されたものです。

啓発活動を進める中で現在、課題に感じていることはありますか?

福島県立医科大学卒の研修医や専攻医は、大学への帰属意識が強いように感じています。福島県には大学病院が1つしかなく、福島医大を卒業した医師の多くは、そのまま県内の病院で研修を受けています。当院も、多くは福島医大出身です。そうすると、大学入学時から同じ仲間と過ごし、他大学出身者と切磋琢磨する機会が乏しく、新しい考えや価値観に触れる経験は得られません。結果として、視野や選択肢が広がりにくくなるのです

奨学金制度などやむを得ない事情によるところもあると思います。しかしこれからの時代を担い、変えていくはずの研修医や専攻医が、新しい考えや価値観に触れ、自身の可能性を広げる機会を得られないまま時間が過ぎてしまうのは、非常にもったいない。

「主治医力」「患者力」「医療学」は、医療者にとってなくてはならない概念だと思いますが、それらも私がさまざまな人と出会い、議論する中でたどり着いた概念です。若い医師にも、新しい価値に触れる喜び、そしてそこから得られる気づきを大切にしてほしいと考え、2019年に1つの試みを始めました。

―1つの試みとは?

研修医1年次の希望者に2年次に上がる直前の2日間、沖縄県立中部病院や麻生飯塚病院、私の前任地である天理よろづ相談所病院など、有名研修病院に見学に行ってもらうようにしたのです。

1日目は先方の同期生と1日行動を共にして、どのような研修を受けているのかを見て、自分たちが受けている研修の良し悪しを客観的に考えてもらいます。2日目は研修医が将来専攻しようと考えている診療科に配属してもらい、その診療を体験したり、専攻医から話を聞くなどして、自分のキャリアパスとしてイメージしてもらうようにしました。研修医に好評だったのはもちろん、私たち指導側も研修内容のブラッシュアップに役立てることができました。

慣れた環境の外に出ることを一度でも経験すると「こんな選択肢もあるのか」と視野が広がります。結果的にどの専門科に進んだとしても、広い選択肢の中から選ぶことができ、そのように広い視野を持っていること自体が、「患者力」や「主治医力」といった新しい概念を、受け止め吟味した上で取り入れるかどうかを判断できる素地になるのではと思っています。

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医師プロフィール

東 光久 総合診療科

福島県立医科大学白河総合診療アカデミー准教授 兼 白河厚生総合病院総合診療科部長
兵庫県出身。1996年京都大学医学部を卒業。天理よろづ相談所病院ジュニア・シニアレジデント、同病院総合診療教育部・血液内科に勤務。2007年より国立がんセンター中央病院にて、がん専門修練医としてトレーニングを受ける。2009年に天理よろづ相談所病院総合診療教育部に戻り、2015年4月より現職。

東 光久
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