東北大学病院集中治療部講師として、臨床の最前線で活躍されている志賀卓弥先生。彼の持つもう1つの顔は、株式会社エピグノの取締役最高医療責任者(CMO)です。「全ては、未来の患者と家族のために。」をミッションとし、臨床と経営を両立させています。株式会社エピグノのサービスと、どのようなキャリアを歩んできたのかお話しいただきました。
◆現場の温度感を活かし、AIを活用した医療DXの開発
―株式会社エピグノのサービス内容を教えてください。
病院・施設のマネジメントに関連するサービスを提供しています。私は2015年3月に慶應義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)を修了したのですが、学ぶうちに、病院という組織がいかに非効率であるか気付きました。「医療者が患者さんにより時間を使えるようにするために、病院をマネジメントするサービスを作りたい」と思って起業したのが株式会社エピグノです。
―具体的にはどういった内容のサービスなのでしょうか。
1つは「エピオペ」という手術室のマネジメントを中心としたサービスを提供しています。「エピオペ」では手術室を見える化し、リアルタイムで状況を見えるようにしています。収益データを見ることも可能で、1時間当たりの収益や1部屋当たりの収益がいくらか、というところまでデータを出すことができます。医師個人の手術件数や収益、時間当たりのパフォーマンスが可視化されることで、医師個人の評価にもつながります。
また、手術室看護師のスキルを積算し、この機械出しはどの看護師ができるのか、といったスキル管理ができます。この情報を用いて、バランスよくシフトを作成することが可能になります。手術室の滞在時間の予測には、患者さんの状態や執刀医のスキル、曜日といった条件も加味されます。月曜日は重症患者が多く、金曜日は合併症が少ない患者の手術が多い傾向がありますね。予測した手術室滞在時間と手術予定から、毎日リーダー看護師が数時間かけて作成している手術看護師割付表を、自動で手術予定に看護師を割り付けることが可能です。
約3年分のデータがあれば、実績とのズレは数分程度の範囲で手術時間を予測できます。大病院向けのサービスで、現在2つの大学病院で採用されているほか、導入を検討している病院が複数あります。
―エピグノには他のサービスはありますか?
シフトや人材管理の機能だけを切り出した医療人材マネジメントソフトも提供しています。病院向けの「エピタルHR」、訪問施設向けの「エピタク」の2種類で、メイン機能はスキルの可視です。
新人看護師1人に対して先輩看護師1人がついて指導するプリセプター制度のペアや、急な欠勤時は各人の経験やスキルを考慮して応援に適した候補者の提案までしてくれます。医療人材のスキルと評価を統合し、それらの情報をもとにバランスよく医療人材のシフトを組むことで、効率的な運営をサポートするだけではなく、公平性を保ち、教育、人事にも活用していただけます。
このソフトの一番の特徴は、長年大学病院などで看護師のシフトを作成してきたベテラン看護師が開発している点。看護師配置による診療報酬の加算に基づいてシフトを自動作成するので、研修の時間を勤務時間から減算したり、複雑な計算をしたりして病院が毎月提出しなくてはならない「様式9」という書類も、勤務実績から自動作成が可能。事務作業も軽減できます。
さらにスタッフのモチベーション測定し、スタッフをケアしなければならないタイミングも分かります。これにより、毎年10~30%が退職するといわれる医療介護人材の退職リスクを下げられます。医療スタッフのマネジメントは病院、施設にとって非常に重要ですが、師長さんへの負荷が大きい。「エピタルHR」「エピタク」の導入はそれを助けてくれます。
◆大学院進学を機に、ビジネスの道へ
―ところで、なぜ医師を目指したのですか?
私の父は医師で、整形外科・形成外科で開業していました。そんな父親の背中を見て育ちましたし、私の名前は父の恩師である形成外科の先生からいただいたものだと聞いていたので、自然と自分も形成外科医になりたいと思うようになりました。
―ではどうして、集中治療領域に進むことにしたのですか?
私は新医師臨床研修制度が始まって2年目の学年。自由に研修先が選べるのだから、せっかくなら研修内容の優れた病院で学びたいと思っていました。沖縄県立中部病院や聖路加国際病院などに見学へ行きましたね。
ところが選考が始まった頃、父が脳梗塞になってしまって——。重篤な症状ではなかったのですが、やはり両親がいる仙台市に帰ろうと思い、仙台市内で研修プログラムが充実していた仙台市立病院で初期研修を受けることにしました。初期研修が終わる頃には「形成外科に進むなら、熱傷治療や皮膚移植の患者さんの全身管理ができないといけない」と思うように。そこで集中治療の現場を経験するため、一時的なつもりで麻酔科レジデントになりました。
ところが麻酔科としての呼吸や循環管理、集中治療を学ぶうちに、全身管理の面白さに引き込まれてしまいました。そして重症患者管理では、切っても切れない感染症の重要性にも気づき、縁あって亀田総合病院感染症科のエクスターンシップを経験させてもらいました。
仙台市立病院へ戻ってからは、救急、集中治療領域をより深く学びたいと思うように。当時データが出始めていた、蘇生後低体温療法に積極的に取り組んでいました。ここで、VA-ECMOの体外循環と出会ったのです。当時、心停止後症候群で歩いて帰れる人は数%もいなかったのに、この治療によって何割かが歩いて帰れるようになったんです。これはすごい結果だと感じました。
しかし、自分が行なっている治療が本当に効果的なのかどうか、疑問を持つようになりました。集中治療領域は良さそうなことはなんでもやる雰囲気が残っていて、特に十分なエビデンスがない治療法や管理が多くあります。低体温療法や体外循環についてきちんと研究がしたいと思い、東北大学大学院へ進学。そこで、植込み型補助人口心臓を使用し、体外循環の造詣を深めることができました。
―なぜ慶應義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)に通うことにしたのですか?
東北大学大学院時代に使用していた人工心臓は、大学発ベンチャー企業が開発したものでした。大学には「これが世に出たらすごい未来が待っている」というものがたくさんあるんです。そういった大学の知財が社会に出るためには、ベンチャー企業があり、そこに投資する人がいる。ビジネスでは当たり前のことですが、投資されたお金で開発し、人を雇い営業して、売れない期間を何とか乗り越え、売っていく——。「どうやって売り切るか考える人」つまり大学にビジネスができる人が必要だと思ったのです。
このような思いから、国内で国際承認を取得している慶應義塾大学のビジネススクールに通うことにしたんです。
◆「全ては、未来の患者と家族のために。」患者のアウトカムにつなげたい
―臨床医として、そして起業家として目指していることを教えてください。
現在も集中治療室に入室している患者さんたちの1日も早い回復のお手伝いをしています。COVID-19の重症化し挿管された患者さんや、VV-ECMO管理の患者さんの管理も行なっています。臨床医としては、臨床に従事している時間は、全力で目の前の患者さんのために最善を尽くしたいと考えています。
一方、起業家としては、患者さんに直接関係のないペインを見ています。しかし、私たちエピグノのミッションは「全ては、未来の患者と家族のために。」です。患者さんのアウトカムにつながるサービスでないと、ヘルスケア領域では売れません。治療に関するビッグデータも集まってきていますので、今後飛躍的に治療領域は発展するでしょう。しかし、医療現場をマネジメントするデータは、いまだに遅れていると感じています。治療以外のところで、患者さんのためになっていないことは改善させて、患者さんのアウトカムにもつなげていきたいですね。
また私の会社は、投資家の方たちから期待され、投資を受けています。そのためまずは、その方たちに投資分のリターンを出すことが責務だと思っています。その他には、先程も言いましたが、大学には「これが世に出たらすごい未来がまっている」というものがたくさんあります。そういった大学の知財を社会に出して日の目を見させたいと思っています。そういった応援する仕事ができたらな、と思っています。
―若手医師が新しい一歩を踏み出すために、大切にしてほしいと思うことはありますか?
「どんな医師になりたいか」を考えていた方がいいですね。もちろんそれは、年齢やタイミングごとに変わっていいと思いますが、常に「自分が本当にやりたいことはなにか」、「自分はどうなりたいのか」という理想像を自問自答しながら進んでほしいと思います。
もう少し私と年代の近い医師には、自分のスペシャリティ「+何か」を持ってほしいと思います。AIの進化により、専門科によっては機械が専門医の精度を超える領域も増えていくかもしれません。不確実な時代に突入し、自分が社会にどのような価値を提供できるかを常に考えていくことが必要になっていくと思います。変化の中を生き残っていくには、その変化に柔軟に迅速に対応することが必要。そのためには、個人の中にも多様性を持つことが必要になるのではないでしょうか。
そして医学生には「どんなに時代や技術が進んでも、医療は社会のインフラであり、我々医療者はサービスを提供する側。だからサービスの受け手、つまり患者中心に物事を考えなければいけないよ」と伝えたいですね。
(インタビュー・文/coFFeedoctors編集部)※掲載日:2021年7月6日