遺伝子を変えて若返ることは可能なのか?
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遺伝子にアプローチするアンチエンジングの可能性は広がりつつありますが、老いの原因となる遺伝子「テロメア」の短縮や長寿遺伝子の活性化は、現段階では難しい状況です。では、遺伝子から若返ることは本当に不可能なのでしょうか?
ご存じの通り、遺伝子は母方と父方の両方から受け継ぐものであり、DNA(デオキシリボ核酸)という「文字」を使って記された辞典のようなものです。DNAには生物が誕生・生存するために必要な身体構造や生理機能が記録されています。
生まれもった顔立ちや性格、体質はすべてヒトの設計図たる遺伝子の情報をもとにつくられるわけですから、そう簡単に変えることはできません。幼い/大人びた顔立ちも、やせた/太りやすい体質も、あなたらしい声色も素敵な笑顔も、すべては遺伝子によって支配されているのです。もちろんどのように歳をとっていくのかも遺伝子のままです。
このように決められたヒトの運命を変えることはできないのでしょうか? 少し難しい話になりますが、DNAはアデニン、グアニン、シトシン、チミンと呼ばれる4種類の基本単位で構成されています。この4つの基本単位が3つ1組でひとつのアミノ酸となり、その様々な組み合わせは暗号のような意味を持ちます。さらにアミノ酸がたくさんつながってタンパク質を構成し、ヒトの身体ができあがるわけです。
このDNAからタンパク質に至る読み解きの流れはセントラルドグマと呼ばれています。精密機械のように正確に読み取られ、エラーを起こすとそれを修正する仕組みまで存在します。ところが! もし本当に遺伝子という辞典を正確に読み解くことで生物がつくられるのだとすると、双子はまったく同じ見た目、性格になるはずです。植木の挿し木やクローン動物も同様です。
しかし実際はどうでしょう? どんなに似ていても、必ず「個性」というものがあります。すなわち遺伝子に書かれている情報がまったく同じだとしても、それを読み解く段階で、多少の違いが生まれる可能性があるわけです。
この読み解きの違いにはいくつもの機序が考えられていて、代表的なものに「遺伝子のメチル化」というものがあります。DNAに「メチル化」という化学反応が起こり、余計な枝がつくことで遺伝子が鎖につながれたような状態となり、その遺伝子が読み解かれなくなるのです。逆に今までつながれていた鎖が解ければ、その遺伝子は読み解かれるようになります。
さて、もうおわかりのように、同じ遺伝子を持っていても、その遺伝子が周囲の環境でどう修飾されどう読み解かれるかによって、できあがる「ヒト」は異なるわけです。これを専門用語では「エピジェネティクス」と呼びます。
このような考え方はすでに70年以上前から提唱されていましたが、2003年の「ヒトゲノム計画」の完遂とともに、病気や老化の分野で再び脚光を集めています。実際、加齢とともに遺伝子全体の鎖は減る方向にあり、また、一部の遺伝子は逆に加齢とともに鎖が増えることが発見されています。がんや生活習慣病などの一部の病気は、その病気を抑える遺伝子が鎖につながれ効果を発揮できなくなるために発症することが確認されています。
そしてなにより興味深いのは、「メチル化」のようなエピジェネティクスは、食べ物や薬で変化させることが可能なことです! つまり、私たちがふだん何を食べ、どういう環境に身を置くかで遺伝子が変化する可能性があるわけです。
たとえば、老いや病気を進める遺伝子のはたらきを抑えたり、老いや病気を食い止める遺伝子を活性化したりする食べ物や薬を積極的に摂取すれば、アンチエイジングや予防医学を実現できる可能性があるのです。さらに、このようにして変化した遺伝子は「遺伝」するといわれています。すなわち、みなさんが生まれた後に変えた遺伝子の性質は、みなさんの子どもにも引き継がれるということです。
ただし、加齢に伴う老化現象や病気の発症には、多くの遺伝子変化が複雑に関連しており、都合よく特定のDNAの鎖をつけたり外したりする仕組みはいまだ謎で、解明すべき課題が多いのも事実です。
しかし、少なくとも、古来より健康的とされてきた野菜食や理想的な体重の維持がなぜ身体にいいのかというメカニズムには、この「エピジェネティクス」が一部関与しているのかもしれません。遺伝や生まれつきのものは変えられない、とあきらめずに、アンチエイジングにいい生活習慣を積極的に取り入れて、遺伝子を「変え」ていきましょう!
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医師プロフィール
宮山 友明 循環器内科
千葉大学医学部附属病院循環器内科
2004年 千葉大学医学部卒業後、国立国際医療研究センター、榊原記念病院で内科系研修と循環器専門研修を修了。2012年 千葉大学大学院で博士号取得。研究テーマは冠動脈疾患とカテーテル治療。患者に優しい細小カテーテルによる狭心症、心筋梗塞の低侵襲治療の施行をはじめ、高度救命救急センターで救命医として研鑽している。そのかたわら、未病への対処(予防医学)の重要性を感じ、アンチエイジング医学への挑戦やスポーツ医学の普及も行う。大学生や一般社会人への各種セミナーの催行、タレントやプロアスリートの健康管理も実践している。